遁げろ家康

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池宮彰一郎 著
装幀・装画 村上豊
朝日文庫
ISBN4-02-264284-X \600(税別)
ISBN4-02-264285-8 \600(税別)

人間、命あっての物種だ

 なんだか知らないけど、何でもかんでも"三部作"にするのが最近の流行りなんだろうかね。大好きな池宮歴史小説、こいつも「島津奔る」、本書、それに続く「本能寺」の歴史小説三部作を成してる物なんだそうだ。いやまあ面白いお話が読めるんなら三部作だろうがなんだろうが構わないんだけどね。

 さて、このお話は池宮版の家康のサクセス・ストーリー。忍耐の人家康とは後世の歴史家や作家のこしらえた虚像に過ぎず、真の家康の姿とは常に強敵に怯え、我が身の保身に汲々とする小人物であり、その強欲な天下取りへの流れの道筋をつけたのは、彼ではなく彼を補弼する三河武士団の面々であった、てのはじつは「島津奔る」でも描かれていて、まあ正直言えば新味って点には欠ける物がある。ついでに件の本の主人公である島津義弘、国を滅ぼしかねない驕ったエリート官僚の石田三成など、主要な登場人物がかなり被ってしまっている分、キャラクタの妙味みたいな物は薄れてしまったかもしれない。同じ時代のお話なのだから仕方がないのだけれども。もし「島津奔る」をまだ読んでないなら、まず「遁げろ家康」を読んでからそちらにかかった方が楽しめるんじゃないかな。

 とはいえ新味に欠けるなどとくさしては見てもそこは池宮歴史小説、その程度でいきなり凡作になってしまったりはしない。本書ではその小心者で、窮地に陥ったら尻尾を巻いて逃げ出すこともいとわない家康の姿と、そんな家康を愛しいと思い、彼の力になろうと必死で働く、のだけどその実ホントは単に自分たちが家康以上に強欲者でしかないという三河武士団の姿、本人にその気はないのに周りが勝手に家康の弱腰と優柔不断を別の意味にとってどんどん彼の評価をあげていく、という冗談みたいな状況が、要所要所に挟まる家康のぼやきを合いの手につづられてて楽しく読んでいける。信長から援軍の要請(といってもほとんど恫喝みたいなものだけど)がきたと言っては「おいおい、またかよ」とぼやき、秀吉の上京要請に接しては「行けば必ず殺される」とおろおろする家康の姿ってのはなかなか愉快だし、新しい。

 模倣することを恥と思わず、斬新なもの、革命的なものを極端にきらい、こじんまりした領土の平穏と少々の欲が満たされればよい、という極めつけの凡人が開いた江戸幕府が、家康の望みを遙かに越える長期にわたって日本を治めてきたことが、今の日本をむしばんでる、自己保身ばかりに汲々とする官僚という生き物を生んでしまった、というあたり、今の日本の官僚政治を史実に投影して鋭く批判する池宮歴史小説"三部作"の真骨頂という感じもする。

 ただまあ、家康という人間を凡人として描いてしまった分、どうしても"軽い"話になっちゃうのも避けられないわけで、「島津奔る」の豪快なおもしろさを先に体験してしまった身としては、この軽さ、楽しいのだけれどやはり少々物足りない。ついでに初出が週刊誌での連載と言うことで、どうしても記述がくどくなる(一度書いたことをしばらくして再確認の意味でまた書く)傾向があって、それもちょっと面白みを削がれる気分になってしまったな。

02/01/22

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