エリコ

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谷 甲州 著
カバーイラスト 藤原コウヨウ
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫JA
ISBN4-15-030686-9 \700(税別)
ISBN4-15-030687-7 \700(税別)

立ち読み危険の近未来バイオSF

 22世紀の南大阪。そこはバイオテクノロジーの発達で自らのからだを改造した人間たちと、様々な国籍の人間たちであふれかえる一種の無国籍都市の様相を呈していた。そんな街で生きる女性、北沢エリコ。「彼女」はかつて性同一傷害に苦しんだ末、男性から女性への性転換処置を受け、今は身も心も女として暮らしていた。だが、違法な性転換処置を受けたことを大阪府警の刑事に掴まれ、中国系マフィア組織、黒幇(フェイバン)が裏で支配していると思われる高級売春組織への潜入捜査を強要されてしまう。だが、彼女が組織の面接に赴いた時から、彼女の運命は大きく変わることになった。大阪府警、警視庁の特務捜査官たち、さらに黒幇たちまでもが、エリコの身柄を執拗に拘束しようと動き始めたのだ………

 ハードな宇宙SF、「航空宇宙軍」シリーズ、骨太な山岳冒険小説、「神々の座を越えて」などの谷甲州氏なんである。どどーんと骨太なハードSFを期待するなと言う方が無理ってもんである。んがしかし、これはハードはハードでもハードコアの方でどどーんと太い逸物、じゃなかった一作になってるなあ。オジサン困っちゃうなあ。

 主人公のエリコ(男性の時の名前は慧人(えひと))は、自分が男性であることに耐えきれず、違法なバイオテクノロジーによって女性に性転換した人物。普通の女性以上に女性としての意識に敏感でありそれ故に"性"の問題もまた避けて通れない。しかも彼女はとある理由から国家レベルの大陰謀に巻き込まれてしまう訳なんだけど、その陰謀の内容というのが遺伝子技術やクローニングに関わるものであるが故に、エリコが窮地に陥るたびに、また、エリコが反撃するために、特定の人物の遺伝子情報をどないかして採取しようという行為がはじまるわけで、ええもう、「必然性があれば脱ぎます」な世界なんですなこれ(笑)。というわけで濃密きわまりないセックスシーンてんこ盛りの一作で、若いキミらは場所気にして読んだ方がいいぞ、などと思ってしまう訳であった。

 とはいえそこは谷甲州で、他の出版社から出した方がいいんじゃないかこれ、などと想いながら読み進んでいくと意外や意外、ストーリーは二転三転、男女の体位も二転三転するうちに、いつしか物語はB級エロチカアクションから、種としての人間とは、人間の進化とは、というようなテーマが浮かび上がってきて来る仕掛けになっている。しかもハードなサスペンス物としてのおもしろさは最後まで持続させながら。この辺はうまいなあ。非常にオーソドックスな、ヒーロー活劇物のフォーマットにSF的なアイデアと、肝心のヒーロー(じゃないや、ヒロイン)が一番腕っ節が弱いという倒錯趣味、ついでに現在ただいまの日本への風刺までも投影させたうえで、エンタティンメントとして充分楽しめる作品になっていると思う。多少悪趣味だけどね。

 ただこの、現在ただいまの社会への批判(を時と所を変えて表現してみせるって言うのもSFの醍醐味のひとつではあるんだけど)の部分が、少々「ナマな」感じでこちらに伝わってしまうのがちょっと惜しいかな、とも思った。このお話では、日本人という種が未来においてどういう方向に進むべきかってテーマに対して、ある狂信的な信念を持った人物が黒幕として登場するのだけれど、この人物のキャラクタライジングとその環境設定みたいな物が(他の設定がそれなりに近未来SFしてるのに)、なんていうか、工夫がなさ過ぎのような気がするのだな。それぐらいこの黒幕氏が身を置く環境というのが強烈なものである、とも言える(し、案外そうかもしれないな、と感じなくもない)のだけれども、やはりここにももうひと味、SFとしてのスパイスを効かせて欲しかったような気がする。この黒幕氏の存在で、なんか最後までSF読んだ気になれなかったのよ。

02/01/17

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