「神々の座を越えて」

表紙

谷甲州 著
カバーイラスト 生頼範義
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワJA文庫
ISBN4-15-030626-5 \660(税別)
ISBN4-15-030627-3 \660(税別)

 技術は一流だがなぜか運に恵まれないクライマー、滝沢。ヒマラヤでのトラブル、その後に続くチベット解放勢力とともにする戦いながらの逃避行に疲れ果て、アルプスに流れ着いた滝沢だったが、そこで知り合った日本人登山家とともにアイガー北壁に挑戦したとき、その時が滝沢をヒマラヤの峰につれ戻す発端となったのだった………

 ごく近未来を舞台にしたハードSF、「航空宇宙軍」シリーズとともに、「天を越える旅人」「遥かなる神々の座」など、ヒマラヤを舞台にした山岳冒険小説でも質の高い物語を書きつづける、谷甲州さんの文庫版最新刊。「遥かなる神々の座」と人物や時代背景が部分的に重複する作品なのだそうですが、残念ながらそちらのほうは読んでいません。これは近いうちに読んでみなくては、と思わせてくれるだけの力を持った力作です。

 その一切の甘えを許さない自然の猛威と、それに挑戦する人々の極限の苦闘と勝利(時には敗北)の姿が人の心を打つせいか、山をテーマにした物語には、古今東西傑作が多いですよね。バグリイの「高い砦」、村上もとかさんの「岳人列伝」、最近じゃあ真保裕一さんの「ホワイトアウト」もそうか。「天を越える旅人」なんかでもそうだったのですが、谷さん自身がネパール滞在の経験もあるってことで、ネパール、さらにはチベットといった、普段我々の目があまり向けられない地域、そこに暮らす人々への谷さんの視線は深い共感に満ちたものになっていて、そこが本書の魅力の一つになっていると思います。

 チベットといえば、中国との間でずっとトラブルが続いています。前に紹介した「NOと言える中国」では、若い中国人ライターたちがみな口をそろえて「何も知らないくせに外部の人間が中国の国内問題に口を挟まないでくれ」みたいな論調の主張が目立ちましたが、本書ではそういった人達にとっては遺憾ではあるでしょうが中国は悪役。どちらの主張が正しいのかは、まだしばらくははっきりしないのかもしれません。ただ、徒手空拳に近い主人公を追い詰める相手としては、世界屈指の大国、中国ってのは確かに相手にとって不足はないといえるか。冒険小説の仇役なんですから(^^;)。

 本書も、基本的に負け犬であった主人公が、期せずして巻き込まれたトラブルのなかで、戦うことを思い出し、自らの極限に挑戦する、ってフォーマットを取ってるってことで正しく冒険小説の王道を行く作品。過去の名作の数々にも一歩も引けを取らない作品なのですが、せっかく豊かなSFマインドも併せて持っている谷さんなのだから、できたら「天を越える旅人」みたいに、どこかにSFマインドを忍び込ませて欲しかったような気がしないでもありません。いつでもハードSF作家、と見られるのがご本人には楽しくないときもあるのかもしれないですけど、やっぱSFファンとしては、ね。迷惑なリクエストなんだろうとは思うんですけれども(苦笑)。

99/10/20

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