トリガー

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アーサー・C・クラーク&マイクル・P・キュービー=マクダウェル 著/冬木亘 訳
カバーイラスト 加藤直之
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-011383-1 \900(税別)
ISBN4-15-011384-X \900(税別)

 革命的なソリッド・ステート・メモリ技術の開発でノーベル賞に輝く科学者、カール・ブロヒヤが設立したテラバイト複合研究所。そこは企業戦略にとらわれることない、自由な発想での最先端の研究が進められる場所だった。カールのヘッドハンティングでテラバイト研究所の副所長となったジェフリー・ホートンの研究テーマは、量子力学成果を元にした、"牽引ビーム"の研究。ここまで目立った成果を上げることのできないでいたジェフリーのチームが、今度こそ、の意気込みで開始した実験は、しかし全く別の効果を及ぼすことになった。粒子放射器の出力があるレベルに達した瞬間、研究所内の銃弾や火薬類が一斉に発火、爆発したのだ。

 最近精力的に共作を発表しているクラークの今回のお相手はキュービー=マクダウェル。だいぶ前に「悪夢の並行世界」とか「星々へのキャラバン」、なんて作品があった。タイトルは覚えているんだけどそれ以上の印象がないってことは、まあ水準作のSF作家さんだったってことなんだろうか。んでこの作品なんだけど、恐らく基本となる"トリガー"のアイデアとか基本的なプロットにクラークが参加し、お話自体はマクダウェルが書いたんじゃないかな、って気がする。お話として面白いのだ(^^;)。失礼ながらクラークにはこういうふうには書けないんじゃないかな(クラーク先生すいません)。

 タイトルにもなっている"トリガー"っていうのは、ホートンたちの実験で偶然発見された粒子発射装置なんだけど、なぜかこいつが火薬だけに作用し、それを一気に燃焼させてしまう働きを持ってしまったもの。これがあれば、、たとえばミサイルや爆弾をいくらぶち込んでも、トリガーによって防護される地域にはなんの損害も与えられないという究極の防御手段。この装置が普及すれば、トリガーの守備範囲に入っただけで、銃は使い物にならなくなってしまうどころか、逆のその所持者を危険に陥れてしまうし、小型化した装置を車に乗せれば、あらゆる地雷も一瞬にして除去してしまえるという夢のような機械。それ故、銃を持つ自由を声高に主張する一部のアメリカ人や軍人たちにとっては悪夢のような機械でもあるわけで、本書は魔法のような技術が出現したことによって起こる、人間同士の軋轢のような物に重点が置かれていると感じられる。

 実際、アメリカという銃社会の構造のいびつさは、折にふれて述べられているわけで、"身を守る武力を持つことは妨げられてはいけない"という、口当たりよく言うなら"フロンティア・スピリット"の名残みたいなものってのは今でも連綿と受け継がれていて、そういう素地が今度の同時テロなんかでも鮮明に前にできている感じがするんだけれど、本当にそれでいいのか?っていう問いかけをクラークがあえてしたってのは、それなりになかなか重要な出来事なんだろうと思う。マクダウェルの筆を信じて、あえて"クラークらしさ"を控えめにしたのかもしれない。過ぎ去りし日々の光が、バクスターとの共著であったにもかかわらず充分クラークらしいと感じるのとは対照的だな。

 マクダウェルの筆の捌きも達者なもので、近未来テクノスリラーとして大変楽しめる物になっているんだけど、そうなると今度は逆にSFとしてのおもしろさ、ってところでちょっと物足りなさを感じてしまうってのは、仕方がないことなのか読者がわがままにすぎるのか(^^;)。

 だってさ、火薬を使用した武器を遙かにしのぐ破壊力を持つ武器を一番大量に登場させてるのは間違いなくSFなんだよな。今までさんざん超兵器を量産しておきながら、とりあえず火薬が使えない世界を考えてみました、ってのもちょっとなあ、って思っちゃうんだな。それだけこの問題は急を要する問題であるという問題提起の一冊、という見方もできるのだけれど、なんというか、意識が外に拡がる物こそ良いSFだ、と思っているオレみたいなロートルSFファンとしては、こういう、ちょいと立ち止まって深く内省を促すようなタイプのSFに接すると、ちょっと「うーん」と考え込んでしまうな。

 神林長平ばりの"情報"という物に対する考察とか、なかなかいい味出してるサブキャラ(野球選手上がりの合衆国大統領がいい味)の作りとか、オチの効き具合とか、総じて良くできた一冊で大変楽しめるのは確かなんだけど、ううむ。これがマクダウェルがメインで、"協力:クラーク"だったらオレはなーんも文句言わずに大喜びするんだけどな。まあクラークの名前で売り上げは違ってくるだろうから、販売の戦略上致し方ないことなのかもしれないけども。(しばしば小難しく盛り上がりに欠けるけど、つい読んじゃう)クラーク的SFを期待してた身としてはちょっと肩すかし食らった気分かも。面白いんだけどね。

 あ、あと今回の加藤直之さんのカバーイラストは、ちがーと思います、はい。

01/12/27

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