王者のゲーム

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ネルソン・デミル 著/白石朗 訳
カバーイラスト 久保周史
アートディレクション&デザイン 岩郷重力
講談社文庫
ISBN4-06-273308-0 \1219(税別)
ISBN4-06-273309-9 \1219(税別)

 パリで確保されたリビア人テロリスト、ライオンを意味する「アサド」の名を持つ彼をアメリカに護送中のパリ発ニューヨーク行のジャンボジェット。だがそのコクピットからは、再三の呼びかけにもかかわらず二時間にわたって何の応答も返っては来なかった。あらゆる可能性を考慮して、緊張の面もちで待ちかまえる空港関係者の面前で無事に着陸を終えたジャンボジェット機。だがその機内には300以上の乗員乗客全員の死体があるばかりだった。いや、正確には一人を除く全員の死体が………。護送されてくるアサドを引き取るべくケネディ国際空港に待機していた、連邦テロリスト対策チームの面々をあざ笑うかのように、アサドは警戒網を突破して広大な合衆国の人混みの中に姿を隠す。いったい彼の目的とは?ニューヨーク市警の刑事から対策チームのメンバーとなったジョン・コーリーの追跡がはじまる。

 「スペンサーヴィル」以来久々の、ネルソン・デミルの文庫版最新刊。今回は講談社文庫からの刊行になっている(これまでは文春文庫)。ついでに言うとこれ以前の文春サイドの最新刊(まだ文庫にはなっていないけど)、「プラムアイランド」の主人公も、本作と同じジョン・コーリー。本作もそのまま文春側から出そうなものなのだが、何か事情でもあったのかな。それはともかく上下巻あわせて1400ページを超える超大作。期待を裏切らないおもしろさ。

 超絶的な技量と意識を備えたテロリストと、経験と勘の冴えで敵を追いつめていく捜査陣、ってわけでこれ、お話の構造的にはフォーサイスの名作、「ジャッカルの日」を連想させるタイプの作品(実際、作品中で登場人物が『ジャッカルの次はライオンかい』などとうそぶいてみせるシーンがある)。主人公が冷徹なマシンであればあるほど、主人公側がどちらかといえば勘とか直感とか、そんなあやふやなものに頼って行動する(が故に味方からも煙たがられる)存在であるほど、敵味方のキャラクタの対比が際だって、読む方の「これからどうなる」的興味を盛り上げてくれるわけだけれど、さすがはデミル、この辺のさじ加減はうまいなあ。その他、腹に一物ありげなCIA、くそまじめを絵に描いたようなFBI、といったキャラクタの描き分けも楽しいし、なかなか意味ありげな結末のつけ方も、さらなる興味がそそられて二重マル。

 これだけ面白い物語に、ケチをつける余地なんかあるのか、ってなぐらい面白いのだけれども、ううむ、オレとしてはネルソン・デミルといえば「誓約」だと今でも思ってて、それ以降に出た「チャーム・スクール」だの「将軍の娘」だのも、それなりに(いやかなり)面白く読ませてもらいつつも、やはり心のどこかで「でも『誓約』を超えるところまでは行ってないなあ」と思ってしまったのだけれど、今回もその思いを新たにした。すばらしく面白い。でも「誓約」はこの作品より(オレの中では)はるかに上にある。

 デミルを一躍スターにしたのは、「誓約」の次に発表された「ゴールド・コースト」で、それ以降安定してベストセラーを連発しているわけだけど、どうもデミルは、「誓約」の重く厳しい作品のタッチでは読者に受けないらしい、というような判断をし、そこで大きくエンタティンメント系の方法論を持ち込んだ方針転換をした結果、その後のベストセラー作家への転身を果たすことができた、ってことなんだろうか。それはそれでめでたい話なんだけど、オレはあの、誠実であることがたとえようもなく重く、辛い。それを知っていてなお誠実であろうとする男の物語を描いた「誓約」の、あの溜め息つきたくなるような世界でデミルのファンになっただけに、その後の作品、どれも面白いのだけど「さすがはデミルだ」としみじみ感じ入ることができないんだよなぁ。面白い。すごく面白い。でも………、って感じなんですな。

01/11/28

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