スペンサーヴィル

表紙

ネルソン・デミル 著/上田公子 訳
装画 野中昇
デザイン 坂田政則
文春文庫
ISBN4-16-721862-3 \667(税別)
ISBN4-16-721863-1 \667(税別)

 アメリカ、オハイオ州の小さな町、スペンサーヴィル。若き日にこの町を出て兵士となり、ベトナムの過酷な戦場を生き延び、その後も国家のために危険な任務につき、最後は国家安全保障会議のスタッフという、国の政策決定の中枢に近い地位まで上りつめた男、キース。だが冷戦の終結により国家はその防衛政策を大きく転換し、それまで第一線にあった人々の多くがリストラの憂き目に遭う過程で、彼もまたその要職を辞し、生まれ故郷への帰途にあった。ベトナムへの出征から数えて25年。両親もフロリダに隠居し、無人の我が家に戻るキースの心の中に、かつてこの町で、青春時代に愛を交わしたアニーとの思い出がよみがえる………。

 「将軍の娘」の映画化で話題になったネルソン・デミルの文庫版最新刊。デミルといえば「誓約」(これは傑作です)以降、しばしばベトナム戦争の影を引きずる主人公を据えた良質の作品を読ませてくれる作家さんなんですが、本作の主人公、キースもまた地獄のような戦場を生き延び、その後も国家に忠誠を尽くしてきた、言ってみれば硬派の優等生的人物。そんな彼も時代の変化でお払い箱になり、大した感慨もないまま帰郷し、かつての恋人と再会したところから物語は始まります。かつての恋人、アニーは、今は町の警察署長クリフの妻となっており、そのクリフは警官であることを利用して兵役を逃れ、次々と住民たちの弱みを握り、町の実力者となった男なのですが、キースとはかつて浅からぬ因縁のあった男。妻アニーを彼なりに愛してはいるのですが、その愛情はどこか歪んだものであり、アニーもまたその事を気付いていて、心のなかでは今もキースを愛している。東野キースもまたかつて別れたアニーが忘れられず、その後も独身を貫いてきた人物。この三人が同じ町に存在することになってしまったら、起こりうることは一つしかない訳で、おわかりですね、これは壮大な恋の鞘当てバトルな訳です(笑)

 警察署長としての権限に加えて、自らが集めた町民たちのさまざまな弱みを行使して町の権力を一手に握る男と、世界を股にかけた諜報活動で自らを鍛え上げた男が一人の女をめぐって壮絶な戦いを繰り広げる、という実にこの、悪いいい方するならセコいというかはた迷惑な(^^;)お話なわけですが、これがまたおもしろいのは困ったもんだ(苦笑)。ストーリィ・テラーとしてのデミルさんの面目躍如って感じでしょうか。もちろんただの痴話喧嘩の裏にはデミル作品ならではの、ベトナム戦争をめぐるいきさつが複雑に絡み合い、お話に奥行きを持たせている訳です。本書ではキースたちの下クラスメートでキースの戦友でもあり、クリフによって家庭をメチャクチャにされた男、ビリーが、キース同様にベトナム戦争の影を引きずった脇役としてなかなかいい味を見せてくれます。

 お話の基本がラブ・ストーリィなので、もしかしたら「将軍の娘」などよりも映画向きかもしれませんね。恋あり、アクションあり、エッチも豊富(●^o^●)ってことで(^^;)。そうそう、今回の解説で初めて知ったんですが、トマス・ブロックの「超音速漂流」という傑作航空パニック小説があるんですけど(僕も好きです)、この作品も実はブロックとデミルの共作なのだそうで。うーむ、そうだったのかぁ。

00/4/14

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