歩く影

<スペンサー・シリーズ>

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ロバート・B・パーカー 著/菊池光 訳
カバー 辰巳四郎
ハヤカワ文庫HM
ISBN4-15-075678-3 \740(税別)

 恋人スーザンが理事を務めるポート・シティ劇団の美術監督、クリストフォラスがここ数日、何者かにつけ回されているという。黒ずくめの身なりと黒い帽子の謎の影。スーザンの頼みで彼の身辺警護に当たるべくポート・シティを訪れたスペンサーだったが、ポートシティ劇団の演劇公演の最中に、俳優の一人が何者かの銃弾に倒れるという事件が発生する。クリストフォラスよりこの事件の調査も依頼されたスペンサーだったが、調査を進めて行くにつれ、この町の暗部を支配する中国人裏社会の実態が徐々に明るみに出て………。

 "スペンサー・シリーズ"、文庫版最新刊。前作が本格推理だったとするなら、今回はシリーズで時折出てくる、ちょいと社会派的な部分を覗かせつつも、ノリはいつものスペンサー、って感じの作品か。アメリカに不法入国する中国人たちを統制する闇組織の存在、闇社会と権力側の癒着、さらに今回は一種のストーカー問題なんかも加わって、いろいろと考えさせられる部分はある。中国人社会の暗部の組織の殺し屋として働くベトナム人青年に対峙したときのスペンサーのモノローグ。

 私はこれまでにこのような先祖返りをした若者を見ている。人生でこの上なくむごい扱いを受けたために怒り以外の感情のないアメリカ生まれの黒人の若者だ。だから彼らはあのように冷酷なのだ。彼らは悪ですらない。彼らにとって善悪は無意味だ。彼らはあらゆるものを奪い取られた。激しい怒りしか残っていない。彼らはその怒りによって支えられ、怒りによって黒い目に生気が生じ、魂があるべき細い空虚な場所に活力が生じている。

 そこまで分かっててなぜ、って、そりゃスペンサーやパーカーに聞いちゃいけないんだろうね。

 基本的にスペンサー(も、その相棒のホークも)って、自分のライフスタイルには確固たる信念を持っているんだけど、その理解の範疇を超える物に対しては、決して自分から無理に歩み寄ろうとはしない人間なんで、社会的な問題が絡んでくると、その部分に対してのオトシマエの付け方って部分で「それでいいのかなあ」とふと思ってしまうことも多いのだけれど、今回もそういう気分に、少しなってしまう。その辺の一抹のほろ苦さが、ハードボイルドの魅力の一つだと言われれば全くその通りなのですけれどもね。

 いくつかの解決しなかった事柄と、いくつかの少々苦い結末を残して幕を閉じるこのエピソード、ここのところ少々低調だったスペンサー物の中では、かなり良い出来の方に入るのじゃないかな。ポートシティの警察署長デスペイン、臨時に中国語の通訳をやってくれるメイ・リンと、ゲストキャラもいい。ついでに暴走する(^^;)菊池光節も楽しい。今回の個人的バカ受けは、"マーロン・ブランドゥ"と"ハーリイ・デイヴィッドスン"。わはは、菊池さん、なんか狙ってるんでしょうか。

01/11/22

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