宮崎駿の<世界>

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切通理作 著
装幀 間村俊一
ちくま新書
ISBN4-480-05908-3 \940(税別)

 今や日本屈指の信用銘柄になった"宮崎アニメ"。それらの作品と節目節目における宮崎駿本人、周囲の人々の証言、様々な評論を丹念にあたって、宮崎駿的世界とはなんなのかに迫る切通理作氏のかなり大がかりな労作。「カリオストロの城」以降の劇場公開作品、TVシリーズ「未来少年コナン」などのストーリィ・ダイジェストまでも含め、新書としては非常識なくらい(^^;)のボリュームの本に仕上がっている。

 三角塔から飛び降りても足がしびれてしまうだけなのに、その直後に後頭部をぶん殴られただけで手もなく気絶してしまうコナンや、超人的なジャンプでクラリスの塔にたどり着きながら、案外あっさりと落とし穴に落とされてしまうルパンなどの例を引いて、アニメーターとしての宮崎駿がもっとも重視するものとは、「今」を突破する事の快感の表現に他ならない、とか、その作品に登場する魅力ある女性たちがみな、少女の次にくるのがいきなり熟女と老婆になっていて(それゆえクラリスは今に続くロリコンの盛況ぶりの嚆矢となったわけだけど)、そこになぜ「母性」を持った存在が希薄なのか、とか、アニメ版「ナウシカ」、その後完結したマンガ版の「ナウシカ」、そしておそらく宮崎なりの「ナウシカ」への回答であろう「もののけ姫」から、宮崎駿が、人間と自然環境との関わりをどうとらえているのか、その捉え方がどう変化してきたのか、などなどきわめて興味深い考察が随所にあって、読んでる間はまことに楽しい。

 ただなんていうか、策士策におぼれまくったというか、いつもの切通理作の悪いところも同時に出てしまったなあ、という感じもあって、どうも手放しで「すげー」とも思えないんだなあ。一つはその膨大なサンプリングの数。そのリサーチの努力には素直に脱帽するが、全てを引用する必要が果たしてあったのか?おかげで読んでる方は、しばしば切通氏の意見を見失ってしまうのだが。それともう一つは、先にも挙げた、代表作のストーリーダイジェスト。これがためにこの本はここまで巨大化したと言ってもいい。しかもこれは逆効果ではないのか?作品を見た人間にとっては説明不足気味に感じ(て不満が募る)し、作品を見ていない人にとっては、ここで紹介されるのは、ごくシンプルなお話の一種でしかない。だってそうだろう、宮崎アニメの魅力は、「今この瞬間」を突破するビジュアルの持つパワーにあると言ったのは切通氏自身なんだもん。なんのためにこの、ストーリーダイジェストが必要だったのかオレにはさっぱり解らん。

 前にも書いたけど、どうも切通理作氏の文章を読むのは苦手で、うまく説明できないのだが、読み終えた時に結局切通氏は何を言いたかったのだろう、と思った時に、心に残るものが案外希薄なものであることに気づき、結構楽しく読み進んできた今の文章(読み応えは、常にあるのだよ)が、実はなんだったのかがよくわからん事になっている、という感覚に陥ることが非常に多いのだった。本書もその傾向は顕著、というかこれまでの切通評論中最高にその傾向が強いモノになっていると感じる。かなり「ふむふむ」とうなずける部分が多いにもかかわらず、だ。

 宮崎駿の作品を知る、という意味では一級品の資料になっているとはオレも思う。すばらしくよく調べられた本だ。でも、それゆえ、こんどは切通理作の顔が見えてこない。それでは「切通理作による宮崎駿論」にはなっていないと思うのだが。

01/10/3

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