鷲と虎

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佐々木譲 著
カバーデザイン 多田和博
カバー写真 オリオンプレス
角川文庫
ISBN4-04-199803-4 \838(税別)

 大阪の陣を最後に戦場に恵まれることのなかった武門の男子、麻生哲朗。空にあこがれ、海軍航空隊のパイロットとなった彼に、ようやく武門の誉れを賭けて戦う場が与えられようとしていた。廬溝橋事件に端を発した日中の武力衝突の激化に伴い、麻生の所属する空母"加賀"にも中国方面への出撃命令が下ったのだ。

 それより先、中国に向かう客船の中に、一人のアメリカ人の姿があった。陸軍航空隊を除隊した後、中国義勇航空隊へ参加すべく上海を目指すパイロット、デニス・ワイルド。一機撃墜ごとに500ドルの特別ボーナス、という条件につられて中国の地に立ったデニスと、武士にふさわしい戦場を求める麻生。やがて二人は中国の空でまみえることになる………

 中国義勇航空隊、つーとシャークティースを機首にペイントしたP-40と、"フライング・タイガース"というその部隊名が有名だけれども、クレア・シェンノートの指揮で彼らが零戦と死闘を繰り広げるよりは少し前、ようやく日本海軍に九六艦戦が配備された頃の時代の物語。武士の本懐を遂げようとようやくやってきた戦場が、もはや昔ながらの騎士道精神に則って戦われる場所ではないことを知って幻滅していく麻生、自由に空を飛びたいと願うのに、世の中はどんどん近代的な軍隊の組織的戦闘法に支配されていくのを見てこれまた幻滅していくデニス、というわけで、これは古き良き、騎士道精神が死んでいくその瞬間に生きた男の哀愁の空戦ロマン。狙い所はいいと思う。お話のスジだけならこれも異議なし。でもだめだ。今ひとつ、のめり込んで読めない。

 佐々木譲氏の作品を読むのは初めてなのだけれど、「ベルリン飛行指令」とか「エトロフ発緊急電」などのタイトルは書店で見かけた覚えがある。緻密な取材に基づいたリアルな冒険小説を書く人なんだそうだ。この本もその「緻密な取材」という部分は確かに感じられる。しかしその反面、人の気持ちの揺れとか、全くお互いを知らない二人の主人公が、相手を知り、お互いを倒すべき相手と認識し、相手を倒すために死力を尽くし、そして最後にはなにがしかの、わかりあいに至るまで、という描写があまりに薄っぺらいと思う。

 何度か書いてるけど、冒険小説の主人公というものは、最低一度は挫折しなくちゃいけないんである。得意の絶頂、挫折、そこからの復活、この山と谷の落差が大きいほど、読んでる方は主人公に深く感情移入できるのだが、本書の二人の物語は、なだらかに続く丘陵を、とことこと歩いているだけにしか見えないのだな。なので物語が終わった時に、しばらく最後のページを開いたままぼーっとしたあと、やおら決意して少々勢いよく本をぱん!と閉じる(面白い本を読み終わった時って、そうしません?)事ができないまま終わってしまったのだった。

 物語の時代背景や入り乱れる虚実取り混ぜた多彩な登場人物など、手際よく書き込まれていて、決してつまらない物語ではないのだけれど、その手際の良さ故にずしんとくる物がこっちに伝わってこない作品だと思う。暇つぶしには、良いかもしれませんが。

01/10/1

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