復讐の女艦長

紅の勇者オナー・ハリントン (4)

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デイヴィッド・ウェーバー 著/矢口悟 訳
カバーイラスト 渡邉アキラ
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-011362-9 \680(税別)
ISBN4-15-011363-7 \680(税別)

 ハンコック星系での激戦の末、ようやくヘイヴン人民帝国の猛攻を退けることに成功したマンティコア王国巡洋戦艦『ナイキ』とその艦長、オナー。だがその激戦の最中、彼女にとってはのちのちに禍根を残すことになる小さいが重要な事件が起きていた。士官学校時代から事あるごとにオナーに敵愾心を燃やす名家の息子、パヴェル・ヤング宙佐の戦場離脱。当然軍法会議で糾弾されるべき重大な軍記違犯だったのだが、ヤングの父がマンティコア議会に隠然たる勢力を持つ実力者だったことから、事態は軍内部にとどまらず、マンティコア政界まで巻き込ん混乱の度合いを深めて行く。その中でオナーにとって、悲劇的な事件が………

 巡洋戦艦<ナイキ>出撃!に続く形で語られる、"オナー・ハリントン"シリーズ第四弾。ここまではほぼ、"ホーンブロワー"や"ボライソー"モノなど、英国海洋冒険小説のフォーマットを上手に取り込んだお話づくりがされていたのに比べて、今回のお話はぐっと趣をかえ、マンティコア国内における、オナー個人の復讐に焦点を当てたエピソード。

 言ってみれば、普通の海洋モノでは、一冊の本のなかの一つのエピソードを、思いっきり伸ばして上下巻に仕立て上げたような感じ。それでちゃんと読ませてくれる作者の力量は大したもんだと思うし、面白い話なんだけれども、このお話の背景というか、舞台設定を考えるとなかなかどうして意味深なものを感じてしまう。

 かなりの部分、英国の海洋冒険小説をそのベースにおいてる以上、当然マンティコア=英国なんだけどこの英国、政権党が連立内閣で、しかも必ずしも一枚岩というわけではなく、キャスチングボートを握る保守勢力が、しばしば政権離脱というカードをちらつかせて党利を得ている、しかもこの保守勢力がやることといったら、党利をむさぼるだけで国際情勢がどうなろうとその変化について頭を切り替えようとしない老害政治家の寄せ集まり、ってなあたり、なかなかどうしてどこかの国を髣髴とさせるじゃありませんか(^^;)

 んで、このヤバい状況の国家にあって、一部の(ノヴリス・オヴリジェの意味を理解し、具現する)貴族と軍だけが正しく国難を認識し、それにあたって行こうと(もちろんイイものなんだから)涙が出るほどかっこいい活躍を繰り広げるわけだ。いやもうお話としては抜群にかっこいい。でもな。

 この本から読み取れるのは、祖国が他国に侵略されようとしているときに、愛国心に満ちた軍人たちこそが国家の危機を救えるのだ、という図式を描くうえで、SFってのは便利なジャンルだよなあって思えてしまうところんだよな。とにかく理解不能な敵、てのを全く合法的に用意できるわけでしょう。そこを割り引いて読める人ばかりならこれは楽しいエンタティンメントで終わるのだけど、そうじゃない読者(ありていにいうなら子供)がこれを読んだときに、「そうかー、やっぱり敵には武力で対抗するしかないんだ」と思いこんでしまうようなことになったら、そりゃ少々マズイのではないだろうか。この手のミリタリーSFがどうもむこうでは復権しているようだし、たぶんこのシリーズ、日本でもヒットすると思うんだけど、どうもなあ、この手のお話を若い人が大喜びして読むって状況には、一抹の不安を感じちゃうなあ。って既に読者のレベルを徹底的に低く見積もった仮想戦記シリーズがはびこるニッポン、もう手遅れかも知れませんな(^^;)

01/7/31

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