独ソ戦史
パウル・カレル 著/松谷健二 訳/吉本隆昭 監修
カバーイラスト 大西將美
ブックデザイン 中谷匡司+鈴木智巳
学研M文庫
ISBN4-05-901029-4 \730(税別)
ISBN4-05-901030-8 \680(税別)
ISBN4-05-901031-6 \700(税別)
1943年夏、冬将軍とヒトラーの頑迷な命令が引き起こしたスターリングラードにおける大敗の傷もようやく癒えつつあった東部戦線で、ドイツ軍は形勢逆転のため、ソ連南方のクルスク近郊に大兵力を集中、ドイツ側のいう城塞(ツィタデル)作戦、後にいう"クルスク大戦車戦"がはじまったのだ。戦史上初の大規模戦車戦は独ソの戦争において決定的な分水嶺となるものだった………。
パウル・カレルによる巨大な独ソ戦史、「バルバロッサ作戦」に続く第二弾。今回も上中下三分冊の大著でありますが、カレルの語り口がうまいのか、訳者、松谷さんの腕の冴えなのか、まるで講談でも読んでいるかのようなテンポの良さでさくさくと読めます、が、この快調で迫力にみちた壮大な叙事詩の裏には、すさまじい数の人死にもまた秘められているということを考えれば、単純に面白がってばかりもいられない。
下手をすれば10倍になんなんとするソ連軍の進撃を前に、満足な装備もなく、飢えとと寒さに痛めつけられつつも戦友の退却のためにわが身を犠牲にしてまで奮闘する個人としてのドイツ人のエピソードの数々というのは、確かにある意味感動的なんですが、それらの"個"としての人格というものがここまであたりまえのように無いものとされ、コマ扱いされてしまうことを、常に外敵との戦闘に明け暮れてきたヨーロッパの人間たちは普通のことと取ってしまうということなのか。
なんというか、ミクロな視点でのさまざまなエピソードを組み合わせて、極めてマクロな歴史のうねりみたいなものを再現していく本であるが故に、逆にその、ミクロな、個々の人々の運命に思いをはせたときに、「これでええのんかいな?」的な割り切れなさを感じてしまうことではあります。
カレルはこのあと、独ソ戦の最終章であるベルリン攻防戦にいたる流れも同じスタイルで著す予定があったらしいですが、彼の死でその壮途は立ち消えになってしまいました。残念であるという気持ちと相半ばするように、ある意味それはい事だった、という気にもなってしまいますな。この先に待っているドラマは、これまで以上に"個"の命の値段がタダ同然になってしまっている時期のお話になるワケですから。
01/1/16