企業診断を読む(2001年8月号) |
作成日:2001-08-02 最終更新日: |
今月のテーマは、安全は身体に覚えよう(その1)である。「安全は身体で覚えよう」か、 「安全は身体に身につけさせよう」というのではないかと思うが、それはいい。
あるコマで、 「薄暮、雨の高速でライトをつけない車」を危ない例として挙げたマンガ上のある人物に、 「ライトは自分の存在を他に知らせるためなのに人のことだとおもっている」 と別の人物があいづちを打っている。 この例そのものは実感がないが、 薄暮どころか真っ暗やみでもライトをつけない自転車と置き換えればよくわかる。 まさにこいつらは「ライトを点灯するのは自転車の存在を他人に知らせるため」 ということを知らない。 つれあいは毎日100回はこの話を言っている。
また、別のコマでは、携帯電話をかけながら自転車を走らせるおかあさん、 携帯メールを打ちながら自転車を走らせている女子高生を出していた。 これらに対して、先生役の人は「馬鹿野郎!! と声をかけるのが一番のアドバイスかな」 といっている。しかし、私は気が弱いからそれができない。
最後の駅のホームの行列の考察もおもしろい。これについては説明を略すが、 まさに私の日頃の思いと一致する。
さて、話は少しずれる。安全の話である。
人身事故は問題である。こちらへの対策は進んでいると思うが、それでもなくならないのは 困ったことである。
もう一つは、精神的なものからくる過労死である。こちらへの対策はあまり進んでいないのでは ないか。
あることがきっかけで、職場の人と話していた。「過労死はこわいね」と誰かがいうと、 私はそれに答えて「仕事には過労死をさせてしまうほどの魔力があるのではないですか」 といった。そして付け加えて、次のある経営者のことばを紹介した。 「人は過労で死ぬのではない。過労と感じた瞬間に死ぬ」
私はソフト開発者でありながら、「デスマーチ」をほとんど経験しなかった (あるいはそうと感じなかった)幸福者(あるいは 不幸者)である。今まで避けてきたぶん、何かがありそうでこわい。