泌尿器科医・木村明の日記


泌尿器科医のTUR-Pはなぜ華麗でないのか


昨日は珍しく7時45分頃まで残業。8時ちょうど発の304系統江田駅行きのバスで帰宅。

久々に乗った304系統で流れる車内放送にちょっと刺激されてしまいましたが、でも、いろんな広告手段があって、すべてに付き合ってはいられません。

遅くなって仕込みの時間がなかったので、ストックしてあった原稿をアップします。

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なぜ泌尿器科入局希望者が現れないかの続編です。

膀胱の中には尿がたまっています。空気は生理的な条件下では存在しません。

なので膀胱手術は伝統的に水(液体)の中で行われてきました。

空気を入れてはならないのは、静脈から空気が入ると空気塞栓(泡で血管が詰まる)を起こすから。

TUR-Pの時、静脈から結構な水が入るのは、手術後低ナトリウム血症が起こることからも、実証済みです。

水の代わりに炭酸ガス(空気よりも泡を作りにくい)で膀胱を膨らませながら手術をしようという試みもありましたが、定着しませんでした。

一方、胃袋は生理的な条件下で空気が存在します。なので、空気で胃袋を膨らませながら手術が行われます。


水の中での手術の難しさは、出血し始めたとき、すぐに止血しないと、水がにごって見えなくなります。

空気の中での手術では血液は低いほうに流れ、空気と混ざることはありません。

空気中での手術にはさらに大きなメリットがあります。

空気中での手術を見たことがなかった私は、消化器勉強会での、

見えざる神の手 = 重力

という話を聞いて、感動してしまいました。

水中での手術は無重力です。削った標本は水中を泳ぎます。

空気中では、削った胃粘膜は低いほうにお辞儀するんですね。

上から削ると勝手に胃粘膜が剥がれて垂れ下がってくるんですね。

上と言っても、地球から離れているのが上で、モニター画面の上ではありません。

軟性鏡ですから、どっちからどこを見ているかは、機械を操っていて、しかも目印になる解剖構造を熟知している術者にしか分りません。

あるときは画面の右が地球、数秒後には画面の上が地球です。

「見えざる神の手 = 重力」をフルに利用しながら胃粘膜を剥いでいく消化器内科の先生の手術はゴッドハンド(神の手)のようで、

残念ながら、泌尿器科医のやるTUR-Pより華麗なのです。

両方見学した前期研修医は、泌尿器科医ではなく、消化器内科医になりたいと思うでしょうね。

私が消化器勉強会に参加したきっかけは、北部病院の消化器センターの先生達と懇意になりたいから。

でも参加すると面白いんです。困ったことに皮膚科の勉強会よりも。

皮膚科は突き詰めていくと免疫学

Tリンパ球(非常事態宣言を出す細胞)ぐらいならまだしも、細胞間同士の伝達物資サイトカイン(警視庁と所轄とのファックスみたいなもの)が登場するスライドは2~3枚が限度です。

それに比べ、消化器の内視鏡手術や開腹手術の話は、私が30年近くやってきたことと共通点が多いんです。

なぜ、泌尿器科医が、空気中(炭酸ガス中)での手術とか、軟性鏡を用いた手術にチャレンジしないかについては、またいつか続編を用意します。

膀胱がんの症例数が少ないので、機械を作っても売れない、医者が上手になるほどの症例数が1つの教育施設に集まらない、というだけの話ですが。
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