テニス・ウェアハウス
1999年8月
サンプラスの専属ストリンガー、ネイト・ファーガソンとの一問一答


ネイト・ファーガソンはピート・サンプラスの専属ストリンガー、およびラケット技術者である。彼はピートのラケット全てについて「仕上げ」―――ウェイトとバランスのカスタム仕様、ハンドルの成形、ストリングスの張り替えまで、責任を担っている。

カスタム・ラケットの仕事に10年以上も従事し、多くの ATP / WTA ツアー・トップ選手にサービスを提供してきた後、ネイトは現在ピートと共に一年じゅう大会を巡っている。そしてピートが記録である7つ目のウィンブルドン・タイトル(13回目のグランドスラム優勝)を獲得する間、共に過ごしてきた。我々は ATP ツアーの最中に何回か、ホテルの部屋でネイトと静かな会話の機会を持った。
訳注:1999年の時点では、ウィンブルドン・タイトルは6つ、スラム優勝は12回の筈だが、原文どおりに訳した。

TW:どんな経緯でこの仕事に就いたのですか?

NF:
1990年の夏、ピートがグランドスラムで初優勝する数カ月前から、彼のラケットについて責任を負ってきた。何年もの間、我々はほぼ電話でのやり取りで、信頼し尊敬し合う関係を築いてきた。この間、幾つかの大会では、ピートは彼が要求する高いレベルの専門技術でラケット の張り替えをしてもらう事が不可能だったと、僕には分かった。

彼は1年に多くの「大会ストリンガー」と勇敢に立ち向かっていたが、ストリングスが緩すぎたりウェイトが合っていない事が敗戦に結びつき、フルタイムのラケット専門家をチームに加えるべく検討する時期に来ていた。僕はピートの代理人、ジェフ・シュワルツと契約を結んだ。それにより、ピートはフルタイムの専属ストリンガーを得られただけでなく、問題を最小限に抑えてラケットを上手く作り上げ、カスタム仕様にする人間を得られたんだ。

TW:ピート・サンプラスは唯一のクライアントなのですか?

NF:
ツアーを回っている間は、ピートは僕が共に働く唯一の選手だ。自宅にいる間は、僕がラケットを作り上げる何人かのプロ・クライアントがいる。サンプラス氏のフレームと同様に、誇りを持って、細部まで注意して彼らのラケットを作り上げているよ。

TW:素晴らしいですね。それでは、あなたは多くのメジャー大会に同行して、専らピートのストリングスを張り替え、サービスを提供しているのですね。どのように旅するのですか、また、どんな道具を持ち歩かなければならないのですか?

NF:
ええ、僕はメジャー大会だけでなく、ピートが出場する全ての大会に同行する。ピートがけっこうな大会に出る場合は、彼と一緒にいる。各都市への到着に関しては、僕は概ね独りで行動している。通常は大会が始まる前の金曜夜に到着し、土曜日の練習に備えてセッティングする時間を確保するよう計画している。

現在は、既に我々が大会にいて、別の大会へ直接向かうような特別の場合は、旅客機によるフライトの他にもう1つ方法がある。ピートがプライベート・ジェット機のレンタルを決め、僕と道具のために充分なスペースがある場合は、幸運にも彼と一緒に旅行するよう誘われるんだ。

昨年の秋ヨーロッパにいた時、7週連続で7カ国に旅したんだが、各大会へ「チャンピオン」と一緒に飛んだんだ。実に快適だったよ! 行列もなし。重量オーバーのチェックもなし。早いチェックインもなし………そもそも、チェックイン不要なんだ! お粗末な機内食もなし。入国審査もなし。税関もなし。荷物を待つ事もなし。何も待つ必要がないんだ。プライベート・ジェット機にお誘いの電話を受ける時ほどありがたい事はないよ。僕はたくさんの道具を持って旅行するから、特に快適なんだ。

最も大きい道具は、バボラ・スター4というストリングスの電動張り替えマシンだ。初めてピートと大会に同行する以前の時点で、僕は決めていたんだ。彼のラケット全部を張り替える1台の機械を用意する事で、テンションのばらつきをなくし、彼のストリングス・テンションに関する問題をほぼ解決するとね。最も正確かつ頑丈な電動張り替えマシンで、1人の人間が彼のストリングスに繰り返し携わる事、それが僕の仕事で最重要なパートから、あやふやなものを取り去るんだ。

僕は特注の堅いフライトケースを2つ持っていて、それに自分のマシンと他の道具の大半を詰め込んでいる。彼が使うバボラ・チーム・ガットの何種類かのゲージを含め、必要となりうる全てのストリングスを携えて旅行している。またグリップ、ウェイトとバランスに関わる仕事にも備えている。ツアーを回る間の日常的な、あるいはさほど日常的でないラケットの維持管理と同様にね。

TW:ピートのラケットに関しては、今でも多くの論議があります。彼のオリジナル・ラケット(セント・ヴィンセント)について、および彼のラケット仕様について、ご存じの事を聞かせてください。

NF:
僕がピートと知り合って以降は、彼はウィルソン・プロスタッフ・ミッドを使ってきた。プロスタッフ 6.0 - 85は、ピートのラケットと同一だ。製作工場以外はね。ピートはオリジナルのセント・ヴィンセント・ラケットを気に入っている。それに慣れているからだ。長年かけて生産されてきた3つのバージョンには相違がある。だが最も重要なのは、ピートは何年も上手くやってきたもので継続したがる事だ。この場合、違いは望ましくない。

相違とは、平均的なクラブ・プレーヤーには恐らく感知できないだろうが、ラケットが彼に与える「感触」だ。セント・ヴィンセント製のプロスタッフは最も硬くて、僕が「最も苛酷」と呼ぶものだよ。他のバージョンはもっと快適で柔らかい。パワーレベルの相違は、さほどでもない。ピートが気に入っているのは、得られるコントロールのレベルだ。ラケットの反応が予測可能だからね。彼は疑念を持っていない。普通はプレーヤーがラケットを換える時に浮かぶものだが。彼は一度も「以前のラケットでなら、そのショットは入っていただろう」と言った事がない。

ウィルソン・プロスタッフ85がピートに与える最も重要なものはコントロールだ。僕は彼のラケットを、可能な限りパワーを引き出せるように「カスタム化」する。これは硬いラケットで、ヘッドサイズがとても小さい。重要は400グラム(14オンス)近くあり、ガットは約75ポンドで張られている。彼はそれにパワーを加える。僕はラケットを作り、ピートは打撃を与えるんだ。彼は攪拌棒のようにラケットの「丸太」を振り回す。たいていの男には使いこなす事さえできないであろうラケットで、彼だけが時速130キロものサーブを放つ力を持っている。

TW:ピートはよくストリングスを切るようですが。どんなストリングスをどのくらいのテンションで使っているのですか?

NF:
そうなんだよ、ピートはたくさんのストリングスを切るんだ。神よ、感謝します。さもなくば僕は仕事がなくなるでしょう! 多くの人は彼がストリングスを切るのを見て、僕が何か間違った事をしたのか、あるいはストリングスが悪いのかと考える。実際は、それが彼のゲームの一部なんだ。彼は最も細いナチュラル・ガット―――バボラ・ナチュラル・ガット―――でプレーする。

ナチュラル・ガットの性能や感触は、どんなストリングスよりも良いのだが、長持ちはしない。その事実に加え、彼はバボラの最も細いガットでプレーするのだから、試合中に彼がストリングスを切る事も理解できるだろう。しかも彼はものすごく高いテンションで張っている。ストリングス(とストリンガー)に、さらにストレスがかかるんだよ。最後の要素はこれだ:彼はほぼ誰よりもハードにボールを打つ。

その結果ストリングスは切れる。すり切れてストリング面の真ん中で切れる場合と、ミスヒットやフレームヒットでプツッと切れる場合がある。後者の場合は、寿命より早く切れてしまう訳だ。

TW:ストリングスのテンション等について、プロ選手は非常に繊細な感触を持っていますね。ピートはどうですか? ラケットについて験かつぎなどしますか。あるいは、大会の直前にガットを張るようになど、特別な要求がありますか?

NF:
ピートは験かつぎなどしないが、自分の望むものを分かっている。例えば、彼は大会前にガットを張らせはしない。彼は僕に、各試合の前に張り替えさせる。そのラケットを前日に使おうと使うまいとね。試合の日に張り替えができるよう、僕は使わなかった真新しいストリングスを何本も切るんだ! たいていのプロも、これには驚くよ。真新しいガットを切るのは、普通はトップ選手だって納得しない。

だが、ピート(の感触)は大方のプロよりも精度が高い。彼のラケット全部が試合のために正しく用意されている状態にするため、全てが一貫して試合の日に張り替えられなければならないと、我々は同意している。それで、全ては同じで、恐ろしいほどきつく張られている。まさに彼のお好み風に。

TW:彼のハンドルとグリップは? 市販品、それとも特別あつらえですか?

NF:
グリップの仕事は、特に僕がピートと組んでいる理由だ。彼のラケットを張り替えられる者はたくさんいるだろう。だが、旅先で全てピートが満足のいくように、ハンドルも含めてラケットをカスタム仕様にし、張り替えのできる者は他にいない。

そう、ピートのハンドルに関しては全てカスタム仕様だ。ハンドルの材料から手作りの芯(endocarp)、特別に巻かれた革まで。厄介だが面白いのは、1年に何回か、ピートがハンドルの仕様を変えようと決心する事だ。僕はきりきり舞いしながら、ホテルの部屋で何時間もかけて革を巻いたり手を加えたりするんだ。

TW:ピートがラケットを変える事はあるでしょうか? 他のラケットを試した事はありますか?

NF:
プロになってからずっと、ピートはウィルソン・プロスタッフ・ミッドを使ってきた。これからもそうだと思うよ。彼は壊れていないものを取り替えたがる人間じゃない。

TW:ピートは練習にも新しいストリングスを使うのですか?

NF:
練習では新しいもの、あるいは1日経ったものを使う。概して新しい場所では、我々はいつもの75ポンドのテンションがどう感じられるか試し、必要があれば違ったゲージを試す。我々がストリングスのゲージとテンションを決めても、大会が始まると、彼は前の試合で残ったラケットを使ったりするんだよ。

TW:違うストリングスを試す事はありますか?

NF:
ええ、でもバボラ・ナチュラル・ガットの中でだけね。違うゲージのストリングスを試したり、時には、代わりになりうるものとして、あるいは特別に手を加えたストリングスを彼にテストさせる。

TW :彼には特定のお気に入りラケットがありますか(彼はラケットに関して験かつぎをしますか)?

NF:僕の仕事はピート「モデル」ラケットの複製を作る事だ。概ねそれを成し遂げているが、完全には同じ感触でないグリップのものがあると、フレームを作り直さなければならない。従って、彼には特定の「お気に入りフレーム」はないよ。彼の「モデル」ラケットに可能な限り近い複製を作るのが僕の仕事だ。

TW:ピートは気難しいですか?

NF:
みんな僕にピートが気難しいかどうか尋ねるよ。こんな風に言いたいな。彼は遙かに、僕がこれまで関わった選手の誰よりも、最も繊細な感触を持っていて、完全に適正だと感じるものだけを欲しがる。別な言い方をすると、彼は僕と同じくらい彼のテニスラケットに「打ち込んでいる」地球上で唯一の男だ。そして僕はそれを感謝している。

TW:最近あなたは自分のビジネスを法人登録しましたよね。(あなたの会社)プライオリティ・ワンについて、聞かせてください。

NF:
プライオリティ・ワンは、ピート・サンプラスと、あるいは彼のために始めた会社だと言える 。以前は、最良かつ最速のフェデックス・サービスが担ってくれていたが、本当に重要な時は、我々は荷物を「最優先のもの(プライオリティ・ワン)」として送ったんだ。




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