テニス・ウィーク
2002年9月20日
カスタム・メイド:ネイト・ファーガソンはサンプラスのラケットを調整する
文:Richard Pagliaro


1999年4月1日、ネイト・ファーガソンがフロリダ州ボカラトンの自宅で電話をとった時、サンプラスのシンプルな5つの単語による声明には、控えめな、しかし明らかに切迫した様子が伝わってきた。ファーガソンはただちに、これはエイプリル・フールのジョークではないと分かった。しかしテニス界最高の1人である選手のラケットを再生( reviving )させる事で生計(living )を立てている者にとっては、なんとも皮肉であった。

「ピートは『ネイト、僕はラケットを使い果たした』と言ったんだ」と、ファーガソンは思い出す。「僕は言ったよ。『1990年以降、僕は君が個人的に持っていたラケットを作り上げてきた。そして今日、君はそれがなくなったと言っている。皮肉な事だが真実なんだね』って」

1990年以降、サンプラスがラケットを必要とした時、ファーガソンはいつも応えてきた。サンプラスほどラケットにこだわる者なら、世界でも有数のカスタム・ラケット制作者・ファーガソンを専属に雇うのももっともだ。

コーチのアナコーンやトレーナーのブレット・ステフェンズは、ファンにもなじみの顔だが、ファーガソンに気づく人は少ないだろう。しかし彼はサンプラスのサポートチームの中でも、最も重要な1人である。今回のセンセーショナルなUSオープン優勝までの過程でも、中枢的な役割を担っていた。

サンプラスの試合中、彼は舞台裏でサンプラス仕様にラケット、ハンドル、バランス、グリップを調整し直し、すべてのラケットのストリングスを張り替えている。サンプラスのラケットを完璧な状態に保つため、子供が2人いる既婚者の父親は、あらゆる大会へ彼と一緒に旅している。

「ピートは完全主義者で、己が何を求めているか正確に把握している。僕の仕事はラケットをその要求に合わせる事だ。たとえばUSオープンでは、ピートの練習と試合に間に合わせるよう、午前8時には9本のラケットのストリングスを張り始めていた。すべてのラケットを同じテンションに張り上げるのが僕の仕事だ」

「ストリンギング・マシーンはいろいろあるので、時にはむずかしい事もある。だから自分専用の器械を持って世界じゅうを回る事になる。そうすれば器械の違いによるバラつきを避けられ、同じ人が同じ器械で張る事で、一貫性を得られる」

大会によっては、プライベートのストリンガーが専用の器械を持ち込むのを認めない場合もあるので、彼はしばしばホテルの部屋で張り替えを行う。

「大会にもよるが、おおむね大会の施設でピートのラケットの張り替えを行うよう招かれる。彼のラケットの張り替えは簡単ではない。非常にテンションが高くてストリングスが細いため、しくじって切ってしまうからだ。他の人なら40分くらいかかるところを、僕なら20分で張り上げる。大体どこでも、みんなとても感じがいいので、仕事がやりやすいよ」

彼はヒューイット、ヘンマン、フィリポウシス、パエス、ブパシ、フィッシュ等のためにもラケットのカスタム化を行っている。ファーガソンが組んできた選手のリストは素晴らしいものだ。しかし彼は、ラケットのカスタム化をしない選手の数に懸念を覚えている。

「特別仕様のラケットでプレーしている選手は60名ほどだ。いかに多くの選手が在庫品のラケットでプレーしているか、驚くだろう。ジュニアとか予選のための予選でプレーしなければならない選手は、メーカーから年に6本ほどラケットを支給されるだけだ。340グラムに制限された、たった6本のラケットで毎日プレーしていたら、どうなると思う?」

「マスターズシリーズ・レベルの大会でも、ラケットを投げつけて壊し、足りなくなったからと、店へ在庫品を買いにいく選手がいるが、それはラケットに対する無知の表れだ。ピートはそういう事はしない。彼は自分の仕事に、もっとプロフェッショナルな態度で臨んでいる」

クラシックなウィルソン・プロスタッフのフレームでプレーし、蚤のデンタルフロス並の細さのナチュラル・ガットを使っていれば、サンプラスがストリングスをプツンと切るのは、ギタリストがピックではなく剃刀で弦をかき鳴らすよりも早いだろう。だからこそファーガソンがいるのだ。

「ピートはストリングスをハイテンションに保つのに問題を抱えてきた。それが1998年以降、僕をフルタイムで雇った理由だ。そもそもピートがバッグからラケットを取り出すだけでも、ストリングスは切れる事がある。99年のATPファイナルでそういう事があった。彼はラケットを取り出してコートに向かったんだが、僕が『ピート、ピート、ストリングスが切れてるよ!』と叫んだら彼も気づき、再び戻って新しいラケットを取り出した。観客はピートがあまりにもパワフルで、ラケットを振らずともストリングスを切ってしまったかのように拍手喝采したよ」

サンプラスのスイング・スピードとストリングスの細さが相まって、何本もストリングスを切り、ファーガソンは大会の間とても忙しい思いをする。

「98年に僕がピートと一緒に回るようになってから、少しばかりストリングスを変えた。当時、彼は122ゲージ(1.22ミリ)のものを使っていたが、本来はスカッシュ用で、それを75ポンドで張っていると、1回のミスヒットで切れてしまう。現在は、ポイントの短い芝以外では125ゲージを使っている。彼のキャリアを見続けてきた人は、最近は以前よりストリングスを切る事が減っているのに気づいているだろう」



サンプラスがラケットの専門的技術のためにファーガソンの下に来たのは、プロになって間もない頃だった。当時はまだ何者とも知れないやせっぽっちのサンプラスはファーガソンと連絡を取り、そして90年USオープンでレンドル、マッケンロー、アガシを連続して破って、19歳28日の最年少チャンピオンとなったのだ。

サンプラスが1位になるのはそれから数年後だが、ファーガソンはすでにレンドルやナブラチロワのラケットを調整する一流の技術者だった。穏やかに話すサンプラスとの電話による最初の会話が、その後の両者の人生を変えるものになるとは、ファーガソンもほとんど考えていなかった。

「僕がいたコネチカットの会社はカスタム・ラケットにこだわり、レンドルやナブラチロワを含む一流の顧客を抱えていたが、そこに19歳のピート・サンプラスという名の子供がやって来た。彼は電話でラケットに関する多くの質問をし、僕はお気に入りのラケットを何本も同じように作るプロセスを説明した。彼はとても好奇心が強く、ラケットとそのカスタム化について純粋な興味を抱いていた。僕はハンドル、ヘッド、ラケットの感触は、彼にとってすぐにとても重要なものになると話したよ」

最初の話し合い以降、2人は実りある関係を作り上げてきた。サンプラスはラケットとストリングスに関して積極的に提案し、ファーガソンはそれを実現させていった。

「僕たちは幾晩も遅くまで話し合い、改善のためのアイディアを出し合ってきた。たとえば、彼は以前はトルナ・グリップ(グリップテープ)の下に、革のグリップを巻いてプレーしていた。たくさん試合をこなしていた頃は、彼の掌は硬かったが、スケジュールを減らし、オフシーズンも以前ほどプレーしなくなってからは、1月に灼熱のオーストラリアでシーズンを始めると、掌に大きなタコやマメができるようになった。

それが汗を吸収する合成品のグリップに替えた理由だ。彼はオーバーグリップを1巻きしかしないが、それを試合中に行う。彼は時にラケットを取り替えるが、それはストリングスが切れそうになったり感触が良くないからではなく、汗がグリップに染み込んでしまって、乾いたものを使いたいからだ」

ファーガソンの仕事に要求される緻密さは、驚くべきものがある。というのは、卓越したバイオリン奏者が自分のストラディバリウスの微妙な変化に敏感なのと同じくらい、サンプラスはストリングスとラケットのわずかな変化にも敏感だからだ。

「ピートはほんのわずかな違いも感じ取る。たとえば僕が bat-cap を作る時、彼が求めるのは100分の1ミリ以内の誤差で、少しでもそれを外れると、ピートはそのラケットを指摘できるんだよ。まったく」



クラシックなストロークのフォームから全部白のウェアまで、サンプラスは伝統を重んじる人間だが、用具に関しても同様で、プロになって以来、変更に乗り気でなかった。彼にラケットを変えるよう要求する事は、オールイングランド・クラブに芝を人工芝に変えるよう頼む事、自由の女神のトーチをビックのライターに交換する事、もしくはB.B. キングに彼のお気に入りのギターの代わりにウクレレを持たせる事、あるいはピカソに絵筆を質に入れて歯ブラシを使わせるのと同義に等しい。

「ピートは390グラム超の85平方インチ、75インチ長さのプロスタッフで偉大な成功を収めてきた。彼は長さも重さもバランス、あるいはスイング・ウエイトも全く変えなかった。ラケットのほんのわずかな違い・変化も感じ取る」

捕虫網のように広いフェース面積のパワフルなラケットで、クラブプレイヤーが強打できると感じる時代に、サンプラスが好むプロスタッフのサイズの小ささは、ピンポンのラケットのように見える。

サンプラスのラケットで優れたプレーをするのに求められる技量は、相当なものである。彼のスタイルのルーツはウッドラケットだ。クラシック・ジャック・クレーマー・ウッドモデルはサンプラスが子供時代に使っていたラケットの1つで、テニスを習う子供たちへの最良のアドバイスは、ウッドのラケットでプレーする事だと彼はしばしば口にする。今日のハイテク・ラケットに移行する前に、しっかりしたストロークを身につける事ができるからだ。

「ピートはウッドのウィルソン・ジャック・クレーマーからプロスタッフ6.0に変えた。数年前の誕生日にウッドのジャック・クレーマーを作ってプレゼントしたが、アーサー・アッシュ・キッズ・デーで、ピートがそのラケットでサーブを打ったのを見た人もいるだろう。あり得ない事だが、もしテニスがウッドラケットに戻ったら、ピートを打ち負かすのはほとんど不可能だろう。彼はウッドの重量のラケットでプレーする数少ない1人だ。現在350グラムくらいのラケットを振り回している人たちに、30グラム付け足すとどの程度うまく打てるだろう。ピートがそんな重くて小さいラケットでプレーできるのは、クラシックなストロークとゲームの持ち主だからだ」

それは伝統に培われた、洗練された儀式のようなプレーだ。サービスの時に左足のつま先を上げる事から、ランニング・フォアハンドを打つ事、人差し指で額の汗をぬぐう事、ポイントの間にストリングスを見つめる事まで、サンプラスの様式化された一連の動作は、テニスファンにはなじみの光景だ。

試合中に彼がストリングスを見つめる事を、単に集中しようとしている、勝利のための自己暗示を図っていると決めてかかってはいけない。彼はいま使っているラケットで、後どれくらいストリングスを切る危険を冒さずにプレーできるか調べているのかもしれないのだ。

「ピートはいつも注意を払っている。彼はまさにストリングスが切れると感じるまで、同じラケットを使う。コントロールする方法はいろいろあるが、ピートは感触を好む。より良い感触を得られれば、よりうまくコントロールできる。

張り上げたばかりのラケットは、それまで使っていたものより堅い。プレーしているうちにガットのコーティングは剥げ、ストリングスはザラザラしてきて、よい良い感触を得られる。ストリングスは滑らなくなり、感触・テンション通りのコントロールができる。

多くの人は張りたての感触を好む。理論ではテンションは高く、よりコントロールできるはずだというが、僕は同意しかねる。経験からいって、ガットは切れる寸前が最もいい感触なのだ」

ストリングスが切れる寸前が、サンプラスが最もコントロール感を得られる―――彼は時々そんな綱渡りのような状態にいる。

「ストリングスがだんだん細くなり、ほぐれてくる―――なぜそれが最良の感触なのか? それは線維の芯を感じ取れるからだ。コーティングもない、オイルもない、純粋な感触。ガットでボールを打つ純粋な感触―――ピートはそれが好きで、できる限り長く同じラケットを使うのだ。しかし、ストリングスが切れるリスクを冒す前にラケットを取り替えるよう、僕らは合意している」

ハンドルなしでF-1カーを運転する事を想像してみると、ストリングスが切れた後に、なんとかそのポイントをプレーしようとするサンプラスの気持ちが推し量れるだろう。

「ピートのストリング・パターンはメインが16、クロスが18と非常に密度が高く、ひとたび切れるとラケットは全くコントロールが利かなくなる。彼がプレッシャーのかかったポイントをプレーするのは、ストリングスを切るという高くつく時になり得るのだ」

サンプラスのストイックな集中の仕方は、彼のジャンピング・スマッシュと同じくらい彼のキャリアにとって重要だが、ファーガソンは彼の神経が切れたのを見た事がある。フラストレーションをため、疲労したサンプラスは、一瞬カッとなって、キャリアで唯一ラケットを壊し、観客は静まりかえった。

「僕はその場に居合わせただけでなく、彼が投げつけたラケットをいまでも持っているよ。98年のストックホルムだった。6年連続1位を目指し、7週連続ヨーロッパでプレーしていて、彼は精神的に限界の状態だった。ジェイソン・ストルテンバーグに対して第1セットを失い、プッツン、彼はラケットを投げつけ、角が当たって壊れた。彼がそんな事をするのは二度と見られないだろう。彼はただ疲れ切り、イライラしていた。彼も人間で、それを解放したのだ」



10年以上一緒に仕事をしてきて、サンプラスとファーガソンは仕事の関係を越えた友情を育ててきた。

「聞き飽きているかも知れないが、ピートはとても思いやりがあり、公平・寛大で思慮深い人間だ。これ以上良い男と仕事をするなんて想像できないよ。USオープン期間中、僕らは毎試合プライベートカーで移動していた。彼の滞在していたホテルには、MTVミュージック・アワードに出演するミュージシャンたちが宿泊していて、フロントには何百人もの人がウロウロしていた。

ピートは車を戻して裏に回したものだった―――彼は控え目で、注目を浴びるのを好まないからだ。彼は、落ち着いて静かに自分の仕事をしようというタイプの人間で、僕はそこが好きだ。彼は真のプロフェッショナルで、僕は彼のファンよりも、彼に敬意を抱いているよ。彼がどんなに真剣に自分の仕事を捉え、精一杯準備しているかを知っているからだ」


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