(01/06/02改訂)
明細書作成にあたっては、特許要件を満たすように記載しなければなりません。このため、明細書作成者は特許要件に精通している必要があります。
特許要件を全てクリアし、特許を取得しうるように記載することが重要ですが、時には、特許戦略の一貫として、特許要件を無視して記載することもあります。
いずれにせよ、特許要件を知っているということが重要となります。
以下、明細書作成のために知っておきたい特許要件(実体的要件、形式的要件)について説明して行きたいと思います。
■実体的要件
産業上利用性のある発明であること(発明の定義、発明の種類)
(産業上利用性は発明の成立性に関わる特許要件です。とりわけ、コンピュータ利用発明、ビジネスモデル発明では、発明の成立性が問題となりやすいので、発明の成立性が否定されないような発明の特定が明細書作成者に要求されます。)
新規性のある発明であること
(新規性の有無は発明自体の問題であり、本来明細書作成の問題ではありませんが、発明特定事項をどこまで限定するかにより新規性がなくなったりもしますので、その限りにおいて作成側の問題でもあります。)
進歩性のある発明であること
(同じ構成要件で特定しても明細書の書き方で進歩性が出たり、当業者が容易に発明できるような印象を与えてしまったりする場合があります。進歩性を明細書作成の問題としてとらえ、進歩性が出るような工夫をしてみましょう。)
■形式的要件
発明の単一性と多項制
明細書の書式
開示要件
■実体的要件と明細書
(1)産業上利用可能性のある発明であること(29条1項柱書)
特許法第29条には「産業上利用することができる発明をした者は、・・略・・その発明について特許を受けることができる。」とあります。そこで、産業上利用できない発明すなわち実施不可能な発明は特許をうけることができません。
このような産業上利用可能性のない発明としては、以下のようなものがあります。
(1−1)手術・治療・診断方法など人体を必須の構成要件とする発明
但し、医療機器自体、医薬自体は産業上利用性ありとされます。
人体から採取したもの、例えば血液、尿等を対象とする発明は人体を必須の構成要件とするものではありません。
医療行為以外の目的、例えば美容、服の仕立て、指輪の作成等のため、人体を検査・計測する行為は「人間を診断する方法」に該当しません。
人体の各データを処理するコンピュータ診断方法は計測したデータの意義を機械的に判定するだけなので「人間の診断方法」にあたりません。
(1ー2)業として利用できないもの、例えば喫煙方法等個人的にのみ利用される発明、学術的、実験的にのみ利用される発明です。
また、実際上実施できない発明、例えば、日本の全周を防波堤で囲んで津波を防ぐ方法なども、産業上利用することができない発明に該当します。
(1−3)特許法上の発明でないものも「産業上利用できない発明」として拒絶されます。
その類型としては、以下のものが例示されます。
■単なる発見
■自然法則に反するもの
■自然法則を利用していないもの
(1−4)
特許法上の「発明」であること
(1−5)
特許法上のカテゴリー(発明の種類)に含まれる発明であること
搬送波媒体は、単なる情報の提示であり、特許の対象とされません。
この特許要件については、「産業上利用することができる発明」の審査基準(2000/12/28改訂:特許庁HP)を参照されたい。
(2)新規性
特許法第29条第1項では、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一h特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(公知)
二h特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明(公用)
三h特許出願前に日本国内又は外国において、領布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(刊行物記載)」と規定しております。
これら公知・公用・刊行物記載の意義については、専門書にゆだねますが、明細書を作成する上で注意すべきことは、特許されるためには、従来例にない、新規な構成を必ず開示する必要があるということです。
なお、これから明細書を書いて出願するとき、発明者、出願人にとって気をつけなければならない点に言及しておきます。
まず、出願前に発明の新規性を失ってはならないという点です。新規性喪失の典型な例として、以下のような場合があります。
●新規開発品を特許部での処理(出願)をする前に営業部員が顧客に提示してしまう、あるいはカタログ等に載せてしまう。
●未出願であり秘密保持の必要があることを徹底せずに、社内で公開してしまった結果、社員が第3者に開示してしまう。
●試作を社外に依頼し、その結果、公知となってしまう。さらには、依頼先に特許出願されてしまう(このようなことを避けるため、秘密保持契約を結んだり、権利の帰属関係を明確に取り決めておくことが重要です)。
これらを防ぐためには、特許部と開発部、営業部等社内での連絡を密にしておく必要があるでしょう。
(3)特許法第29条の2(拡大された新規性喪失の範囲)
特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であって当該特許出願後に特許掲載公報(実用新案掲載公報)の発行若しくは出願公開されたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明又は考案と同一であるときは、その発明については、特許を受けることができません。後願である当該発明は、何ら新規な技術を開示しないこととなるので、特許を受けることができないのです。
但し、出願人または発明者が同一であるときはこの限りではありません。なお、出願人または発明者が複数である場合、先願と後願でその複数のすべてが同一である必要があります。
29条の2に該当するような出願は、一つの開発テーマの下に、複数の発明が連続して創案されるとき、往々にして生じます。同一社内での、関連発明に注意して明細書を書く必要があります。
(4)新規性喪失の例外
特許法30条によれば、新規性を喪失してしまった場合でも、発明の保護のため、所定の要件の下で新規性を喪失しなかったものとみなされます。
但し、この規定はあくまでも例外規定であり、この規定の対象となるような環境におかれることは、発明の保護の上で危険です。
特に、本規定は日本国内でのみ有効ですので、同様の保護のないイギリスなどに出願の予定があった場合、30条の規定の対象となった発明は、たとえ優先権の保護を受けたとしても、新規性を喪失してしまい保護されないこととなります。
よって、このような例外規定の保護を受けなくともよいように、できるだけ早い時期での特許出願をおすすめします。
この規定の適用を受けるためには、学会発表等の内容と、特許出願の内容とが一致している必要があるということに注意すべきです。
(5)進歩性
特許法第29条第2項では、「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない」と規定しています。
明細書においては、従来技術を掲げ、その問題点をどのように克服したか、前記新規性、進歩性を考慮しつつ記載することが必要です。
より具体的には、課題認識の新規性、課題解決の困難性、構成の新規性・進歩性、新たな効果の主張等を考慮する必要があります。
ソフトウェア関連発明が特許されるために新規性だけでなく進歩性を有しなければならないのは他の発明の場合と同様で、これら判断は、機能・作用の異同を中心に行われます。特に進歩性の判断については、ソフトウェア特有の特徴があります。この点は別途説明いたします。
「進歩性」の審査基準(2000/12/28改訂:特許庁HPより)
(6)不特許事由
第32条(特許を受けることができない発明)
公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明は特許を受けることができません。
公序良俗等に反するような表現は避け、32条の適用を回避する工夫は必要となるでしょう。
(7)先願主義
同一の発明について出願が2以上あった場合、最先の出願の発明について特許が付与されます。これを先願主義といいます。この例外として、優先権制度(パリ条約による場合、国内優先制度の場合)があります。
先願主義が明細書作成内容に直接関係するようなことはないと思いますが、先願主義である以上、明細書を速やかに作成し、競業者より早く出願する必要があるという点では、大いに関係してきます。