(01/05/31改訂)
明細書を作成するには出願すべき発明を特定しなければなりませんが、発明の本質を見極め、保護の形態としてどのような種類の発明として特定すべきかを検討する必要があります。
発明の種類については、
■特許法上の発明の種類
■実務上の発明の種類
の2つに大きく分けられます。以下、このそれぞれについて説明していきます。
<特許法上の発明の種類>
発明の種類には、特許法上、3つの種類があります。
■物の発明
■物を生産する方法の発明
■方法の発明
これら発明の種類により、その「発明の実施」の定義が異なり(特許法2条)、このため、「発明を独占排他的に実施する」権利である特許権の効力が異なります(特許法68条、101条)。
物の発明 :見える形で把握できる物の発明は、侵害の立証が容易であり有効
方法の発明:物理的構造に依存しないので、思想の範囲を広くカバーできる。
<方法クレームの活用>
物の発明を客観的構成で捉えて、クレーム化すると、各構成を抽象化して広い概念で捉えたつもりであっても、出願時には気が付かない限定をしてしまっていたり、従来例や実施例に引きずられた限定要素が入ってしまうおそれが、往々にしてあります。
そこで、このような不測の限定を回避するため、一度客観的構成で捉えた物の発明を、方法的要素で捉え直し、方法クレームとして書き直すことで、物の構成でカバーしきれない隙間をパテで埋めるように方法クレームでカバーできる場合があります。
このような観点から、装置や物の発明を再考することが望まれます。
<物と方法の書き分け方>
装置クレーム等を方法に書き直す場合、装置クレーム等の限定要素(構成)をそのまま使って方法にしただけでは、上記のように方法クレームの効用がなくなってしまいます。方法として捉えるのであれば、そのような限定要素は捨象して、純粋に方法的要素のみで捉える工夫が必要です。
例えば、物の発明として、
「容器を搬送する搬送装置と、この搬送装置により搬送されて来る容器内に液体を充填する液体充填装置と、この液体充填装置の下流側に配置され、容器内の液面高さを検出する液面検出装置と、この液面検出装置によって検出した液面高さが所定高さに満たないとき、不良品として当該容器を搬送装置から排除する不良品排出装置とを備えた液体充填ライン。」
があったとします。
これに対応する方法の発明として、
「搬送装置で容器を搬送し、搬送装置により搬送されて来る容器内に液体充填装置で液体を充填し、その後、容器内の液面高さを液面検出装置で検出し、この液面検出装置によって検出した液面高さが所定高さにあるか否かを判断し、液面高さが所定高さに満たないとき、不良品として当該容器を不良品排出装置で搬送装置から排除する液体充填方法。」
と記載した場合どうでしょうか。
このような特定では、方法の発明を特定する意味がありません。(単に、特許権の効力が形式的に方法特許の効力となるという点の意味はありますが・・・・)。物の発明以上の技術思想を特定していないからです。
「容器を搬送しつつ、容器内に液体を充填し、その後、容器内の液面高さを検出して、液面高さが所定高さに満たないとき、不良品として排除する液体充填方法。」
とすれば、装置構成にとらわれない純粋な方法として、保護されます。
<明細書を書く際の「方法の発明」の注意点>
@各工程の順序を逆転しても、方法発明が成立する場合があるので、工程の順序を特定するときは注意する。
A工程に分岐がある場合の注意点。
例えば、「A工程とB工程とを経て得られたCからCaを分離し、得られたCaにDを加えて、Xを得るとともに、Caを分離した残りのCbにEを加えてYを得る方法」というクレームでは、「A工程とB工程とを経て得られたCからCaを分離し、得られたCaにDを加えて、Xを得る」という方法発明と、「A工程とB工程とを経て得られたCからCaを分離し、Caを分離した残りのCbにEを加えてYを得る」という方法発明とが共存し、形式上この2つの発明を同時に実施しない限り権利侵害ではないという不条理な結果を生んでしまう。
<実務上の発明の種類>
ところで、実務上、発明には、以下の形態が見られます。
■システム(方式)発明
■プロダクト・バイ・プロセス発明
■利用発明
■用途発明
■選択発明
■USE(使用)発明
■媒体発明
これらを順次説明します。
☆システム(方式)発明…物の発明とみなされる。
システム発明、特に電気の分野などで慣用的に使用されてきた発明の概念であり、従来、方法として捉えるのか物として捉えるのか疑義がありましたが、審査基準はこの点「物」として捉えることを明確にしました。
先の「液体充填ライン」は「液体充填システム」としてもよいでしょう。
☆プロダクト・バイ・プロセス発明…物の発明(物を製造工程で説明)。
この発明は、物の発明であるにも拘わらず、経時的な製造工程で物を特定した発明です。
例えば、「原料Aを加熱し、原料Bと混合し、常温まで冷却して得た物質X」という特定の仕方です。
その製造方法により製造された物を発明として特定する場合、本来であれば、その物の構成を、動的ではなく静的に特定する必要があります。
一方、表現形式として、製造工程により物を特定できることも確かです。しかし、このような発明の権利解釈に関しては、論議があります。
その権利範囲が製造方法に限定された物なのか、その製造方法に無関係にその生産物自体なのかという点です。もし前者であるとすると、弱い権利となってしまいます。第3者が物質Xを製造したとして、その物質が、どのような工程で製造されたかを侵害品から特定するのは殆ど無理といってよいからです。この点、東京地裁 平成元(ワ)5663「ポリエチレン延伸フィラメント」事件では、「一般に、特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても、対象とされる物が特許を受けることができる物である場合には、特許の対象を、当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然性はなく、これと製造方法は異なるが物としては同一であるものも含まれると解することができる。」と判示しております。
また、プロダクト・バイ・プロセス発明は、形式上「物の発明」ですから、生産方法の推定規定が適用されるかが、実際の訴訟で問題となりましょう。この点、詳しく検討した文献は見られませんが、発明特定事項の本質が「製造工程」であるならば、前記推定規定を適用すべきであると思いますが、いずれにせよ議論となるわけで、このような発明の特定方法は、できるだけ避けた方がよろしいといえましょう。
実務上、ある物の発明がなされた場合で、その製造方法を知っている者にとって、プロダクト・バイ・プロセス形式でその発明を特定するのは、きわめて簡単です。よって、ついこのような表現に頼ってしまいがちです。
実際の明細書を作成するにあたっては、安易にこのような方法的記載で物を特定せず、物を「客観的視野」から冷静に見つめ「静的」な構成で特定する訓練を日頃からしておく必要があります。
但し、現在の特許法では、請求項の表現形式にほとんど制限がなく、また、同じ発明を複数の請求項で重ねて表現してよいことになっているので、物を静的に捉えた請求項を作成してあることを条件に、このようなプロダクト・バイ・プロセスによる請求項を作成しておくことは、発明保護請求の態様を第3者に多面的に訴えるという点から好ましいことでしょう。
☆選択発明
選択発明とは、引用文献において上位概念で表現された発明に対し、その上位概念に包含されている下位概念で表現された発明であって、引用文献に開示されていない事項を発明特定事項としている発明をいいます。
公知文献に記載されているからといって、ある特定の構成に着目し、その構成の公知でない異質な効果、あるいは際立って優れた効果を有することを証明することで進歩性が肯定され特許されることがある(特許法概説)とのことですが、新規性を失った事項をベースに特許性(進歩性)を主張するということであり、通常は特許性はないと扱われるのが一般的であるようです。
☆利用発明は、特許法第72条に規定されているように、他人の先願特許発明、先願登録実用新案、先願登録意匠の構成をそっくりそのまま内包(利用)する構成の発明です。
利用発明を実施すると、他人の権利内容をそっくりそのまま実施することとなるので、利用発明は、被利用発明についての特許権を侵害(あるいは、その実施にのみ使用することとなる場合は間接侵害(注を参照)となる)することとなります。
注:「(侵害とみなす行為)
第百一条 次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
二 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その発明の実施にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為」
☆用途発明は、物の特定の性質(属性)を発見し、この性質をもっぱら利用する発明です。用途発明は、特許になる場合もありますが、発明の実質的な保護の面で問題が生じる場合があります。ある物が特許になっていたとします(これをここでは先願特許といいます)。その物の新規な用途を考えた場合、その用途が特許となる可能性はあります。しかし、その新規用途物は、「用途」自体が新規なのであって、物自体の客観的構成は先願特許の物と同一です。そこで、用途発明の物を販売等するとき、先願特許を侵害することとなります。
機械・電気の分野ではあまり関係ありませんが、用途発明の態様に治療薬と予防薬の関係があります。これについては、利用関係となって全部が侵害となります。これは、厚生省の取決めから、後に、いわゆる「ゾロ品」(臨床試験が不要で、先行する医薬と物理的データにより同一であることを証明すれば販売が許可される薬)として販売される場合には、能書(薬についている効能等を記載した添付書類)は、全て、先行の薬の能書と実質的に同一のものを添付しなければならず、これにより、後の薬は侵害として扱われるからです。
☆USE(使用)発明…方法の発明とみなされる。
機械・電気の分野ではあまり関係ありませんが、USE発明は、物質などの物の使い方を特定した発明で、外国からの化学関連出願に多く見られます。例えば、公知物質の新規用途に関する医薬の製造における前記物質の使用などです。
☆媒体発明
これは、プログラムを記録した機械読み取り可能な媒体(以下単に「プログラムを記録した媒体」という)である。
「プログラムを記録した媒体」は、「物」のカテゴリーの発明として請求項に記載することができる。
例1:「コンピュータに手順A、手順B、手順C、…を実行させるためのプログラムを記録した媒体」
例2:「コンピュータを手段A、手段B、手段C、…として機能させるためのプログラムを記録した媒体」
例3:「コンピュータに機能A、機能B、機能C、…を実現させるためのプログラムを記録した媒体」
☆プログラム発明 特許庁では、2000年12月28日に発表した特定技術分野の発明についての審査基準において、プログラム自体を物の発明として扱うことを宣言しました。適用は2001年1月10日より。
☆伝送媒体
伝送媒体は、単なる情報の提示であって、特許法上の発明対象とはなりません。
所定の情報がいずれかの時間に伝送媒体のどこかにのっていて伝送されている、とするだけでは、「物」としての伝送媒体を技術的に特定したことにはならないからです。
この他にも、改良発明、迂回発明、退歩的発明等の実務的な用語があります。
明細書作成に当たっては、どの種類の発明として特定できるかを考え、最適な発明の保護を図るようにしたいものです。