明細書に記載する「発明」とは

(01/05/31改訂)


 特許明細書に「何」を書くのか、と問われた場合、特許法では、発明の開示の代償として特許を付与するのですから、明細書に書くべきものは、開示の対象である発明であり権利範囲として欲する発明であるということができます。

発明の定義(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの)

 明細書に開示される発明も、特許請求の範囲に権利範囲として特定される発明も、特許法上の「発明」でなければならないことは言うまでもありません。

 特許法上、発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」(第2条)であると定義されています。発明の定義については、特許法概説(有斐閣)に詳しく記載されておりますのでご参照下さい。

 明細書の評価に際し、発明の定義は、発明の成立性(特許法29条柱書きの「産業上利用できる発明」であるか否かという問題として、論議の対象となります。 たとえば、訴訟等で、発明の効果がない、再現可能性がないので発明として成立していないと批判される可能性があります。

<自然法則の利用>

 自然法則とは、自然の領域(自然界)において経験によって見い出される法則を言います。

 人間の推理力その他、純知能的・精神的活動により発見され案出された法則(数学又は論理学上の法則、例えば、計算方法、作図法、暗号作成方法)、金融保険制度、課税方法、遊技方法などの人為的取り決め、経済学上の法則、広告方法などは自然法則でないので発明ではありません。また、人間の心理現象に基づく経験則、すなわち心理法則は一般に自然法則でないと解されています。

 ソフトウェア関連発明、とりわけ最近話題のビジネスモデル発明については、この自然法則の利用性が特に問題となります。この点は、後に言及します。

 自然法則を利用している以上、再現可能性があって、反復実施可能であるといえますし、「明細書を書く」という観点からすると、再現できるように開示するということが重要となります。

 なお、発明の構成と効果の間の因果関係を書いた方がよいが、因果関係が分からない場合、それを書く必要はありません。

 

技術的思想の創作>

 発明は技術的思想であって、技術的思想は具体的技術ではありません。一方、発明者の方が、「新しい技術を発明しました」と言って、提案してくる新技術は、具体的技術であって、技術的思想ではなく、技術的思想を具体化した実施例にすぎません。

 そこで、提案された具体的技術から、その奥底にある「技術的思想」を抽出する作業が必要となります。権利範囲を特定するにあたって認識される発明とは、このような観点から特定された技術的思想であることが要求されます。

 また、発明は、技術的思想ですから、技能とも区別されます。新しいゴルフスイングの理論をうち立てたとしても、それは技能に属するものであり、それ自体は発明ではありません。但し、その技能を身につけるための治具や装置は「技術」であり発明として保護されうるものです。

 

高度なもの>

 発明は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(これを実用新案法では考案といいます)の中で「高度なもの」をいいます。高度ということは、主観的で足ります。発明の方が、実用新案より非容易性(進歩性)の程度が高いことを主観的に宣言したものです。

 

発明は発見である??発明は「発見」ではないが「発見」できるものである。)

 特許法上、発明は発見ではないとされます。それはその通りですが、発明の発掘という場面では、むしろ「発明」=「発見」であるとした方が、発明者にとって気楽に発明の発掘・提案がしやすくなるというメリットがあります。その理由は、後記する「発明の分析」の場面で再度説明します。企業内研修や発明発掘の現場では、「発明は発見だ」とするのがよいでしょう。

 

発明の本質は機能である(機能中心主義)

 発明が有用であるのは、新機能を提供するからであり、その機能さえ得られるのであれば、その構成はどうでもよいといえます。してみると、「発明の本質は機能である」といってよいでしょう。従って、発明の特定にあたっては、機能を中心に捉えるのが好都合です。これを「機能中心主義」とでも言いましょうか。但し、そのような「機能中心主義」という言葉を使う人や教科書は見受けられませんが・・・。 

 保護範囲の適切な明細書を作成するという場面で、このような考え方は有用です。侵害の有無が問題となるとき、必ずといって良いほど、機能同一で構成が異なる場合だからです。特に、均等論が問題となるのは、構成は文言上異なるが、機能が同一であるという場面です。権利範囲を特定するという観点から発明を特定する場合、この機能中心主義は極めて有効です。

 

発明は「目的」「構成」「効果」からなる

 平成6年改正法以前は、明細書には、発明の目的・構成・効果を記載しなければならないとされておりましたが、平成6年改正法により、発明の「目的」「構成」「効果」のすべてを記載することは求められなくなりました。しかし、通常、発明は、目的、構成、効果を有するものであり、また、そのように理解した方が発明の把握、理解の上で望ましいことには変わりません。

 これは、委任省令要件を考慮すれば、課題、手段、効果に換言できます。明細書を作成するにあたって、発明の本質を解析し、最適な保護範囲を請求項に特定するため、発明の目的(課題)、構成(手段)、効果が何であったかを分析することは極めて重要なことでしょう。

 このうち、特に「構成」が発明の実体を表すものとして重要視されます。目的や効果が「主観的」側面を有するのに対し、「構成」は「客観的」だからです。

 すなわち、発明とは、前記したように、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法第2条1項)と定義されていますが、明細書作成にあたっては、発明たる技術思想を「目的」「構成」「効果」という側面から捉え直し、これを明細書の様式に合わせて記載することとなります。

「目的、構成、効果」から「課題と解決手段」へ

 ここで、注意すべきは、新法への改正により、発明の技術上の意義が、「発明の目的、構成、効果」から「発明の課題(目的)とその解決手段(構成)」に基づいて決定されるように変遷した点です。

このことは、発明の同一性の判断や、均等論における特許発明の本質的部分の特定が、「発明の課題(目的)とその解決手段(構成)」に基づいて行われることを意味します。この点については、後に発明の詳細な説明の記載要件のところで説明しますが、東京地裁平8(ワ)14828号・148333号:徐放性ジクロフェナクナトリウム製剤事件では、特許発明の本質的部分か否かは、特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で判断すべきある旨を判示しております。このように、課題とその解決手段とにより発明の本質的部分が確定されることを忘れないでいただきたいと思います。

 ただし、発明の技術上の意義を確定をするにあたり、効果の記載を参酌してはならないということではないでしょう。効果の記載は必須ではないものの、発明の主たる効果は通常「課題」とは表裏一体の関係にあり、記載してある発明の効果を参酌して、発明の意義を論ずることを妨げる理由はないからです。

「機能」と「構成」

 明細書作成にあたっては、発明たる技術思想を「目的」「構成」「効果」という側面から捉え直し、これを明細書の様式に合わせて記載すると言いましたが、その一方で、発明の本質は「機能」であるとも言いました。

 平成6年改正特許法第36条第5項には、「特許請求の範囲には、・・・発明を特定するために必要と認める事項のすべて(発明特定事項という)を記載しなければならない。」と定められております。

 これに対し、改正前の旧法では、「発明の構成に欠くことができない事項のみ(発明の必須構成要件という)」を記載すべき旨が規定されていました。

 このため、旧法下では、特許請求の範囲には、発明の構成を記載しなければならず、機能的記載は原則として発明の構成を特定するものではないとされていました。しかし、現行法では、発明を特定するために必要と認める事項であると、出願人が主観的に信じるものであれば、特許性はともかくとして、形式的には発明の構成要素として認められます。その意味で、特許請求の範囲に特定される発明としては、客観的な構成で特定しようが、機能で特定しようが、出願人の自由ということです。但し、機能で特定した場合、メリットもある反面そのデメリットもあるので注意を要します。

 この点については、特許請求の範囲の記載方法の項でさらに説明します。

発明は、従来技術を含んだ全体が新規な発明である。

☆発明はたとえその一部に従来技術を含んでいても、新規な部分が存在すれば、従来技術を含む全体が新規な発明です。

 これは、権利範囲として特定すべき発明に関するもので、一般的概念で捉えた発明との相違を理解していただきたいと思います。

 例えば、従来、凹状の容器の開口縁周囲にフランジを取り付けた灰皿が存在していた場合において、そのフランジの一部にたばこ載置用の凹溝を設けたとします。

 このような場合、特許法に不慣れな方にとって、通常その改良点(特徴点)のみ、上記例では「たばこ載置用の凹溝」を指して「発明」であると捉えるのが一般的です。

 一方、特許法で保護される発明すなわち、特許請求の範囲に記載すべき発明は、そのような発明の特徴点だけでは不十分です。その新規な特徴点を含んで一つの技術を完結するために有機的に結合した技術要素(発明特定事項)の集合をもって「発明」として捉える必要があります。

 凹溝のみを取り出してみても、それだけでは客観的な一つの完結した技術を提供できておりません。凹状の容器の開口縁周囲にフランジを取り付けた灰皿に凹溝が組み合わさって始めて一つの新規な技術として完結するわけです。

 従って、凹状の容器と、この容器の開口縁周囲に設けたフランジと、このフランジに配設した凹溝とを備えた灰皿が「発明」なのです。「凹状の容器と、この容器の開口縁周囲に設けたフランジと」が従来から存在するからといってこの部分が発明ではない、というのではなく、これらと凹溝と含めた全体をもって発明であると観念するわけです。一つの新規な技術として完結しているわけですから、一つの技術的効果を奏するわけです。

 凹溝というだけでは、たばこの転がり自体を防止はできるものの、その転がり防止という機能は、容器があって始めて、すなわち灰皿に利用されて始めて技術としての価値が産まれます。

 従って少なくとも灰を受ける容器を含めた灰皿を前提として発明を特定すべきことになります。逆に言えば、単一の技術要素であっても、それ自体単独で一つの技術的価値があり、一つの技術的効果を奏するのであれば、それをもって「発明」として特定してもよいと言えます。

 この観点から、発明の特徴点を含む、部品、部材、完成品、応用品をそれぞれ請求項に特定すべき「発明」として観念すれば、多項性に従い適切な発明の保護を図ることが可能となるでしょう。


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