進歩性に関する審査基準(00/12/28改訂審査基準より)

 

2.進歩性

特許法第29 条第2項

 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

 

2.1 29 条第2項の規定の趣旨

 第29条第2項の規定の趣旨は、通常の技術者が容易に発明をすることができたものについて特許権を付与することは、技術進歩に役立たないばかりでなく、かえってその妨げになるので、そのような発明を特許付与の対象から排除しようというものである。

 

2.2 29 条第2

(1)「前項各号に掲げる発明」とは、特許出願前に、日本国内において公然知られた発明及び公然実施をされた発明、並びに日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明すべてを指す(注1 )。

(注1 )平成12 1 1 日以降の出願においては、特許出願前に、日本国内又は外国において公然知られた発明及び公然実施をされた発明、並びに日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明すべてを指す。

(2)「その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者」(以下、「当業者」という。)とは、本願発明の属する技術分野の出願時の技術常識を有し、研究、開発のための通常の技術的手段を用いることができ、材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮でき、かつ、本願発明の属する技術分野の出願時の技術水準(注2 )にあるもの全てを自らの知識とすることができる者、を想定したものである。なお、当業者は、発明が解決しようとする課題に関連した技術分野の技術を自らの知識とすることができる。また、個人よりも、複数の技術分野からの「専門家からなるチーム」として考えた方が適切な場合もある。

(注2 )「技術水準」は、上記「前項各号に掲げる発明」のほか、技術常識、その他の技術的知識(技術的知見等)から構成される。

(3)「特許出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができた」とは、特許出願前に、当業者が、第29 条第1 項各号に掲げる発明(引用発明)に基づいて、通常の創作能力を発揮することにより、請求項に係る発明に容易に想到できたことを意味する。

 

2.3 進歩性の判断の対象となる発明

 進歩性の判断の対象となる発明は、新規性を有する「請求項に係る発明」である。

 

2.4 歩性判断の基本的な考え方

(1) 進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行う。

(2) 具体的には、請求項に係る発明及び引用発明(一又は複数)を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、請求項に係る発明と引用発明を対比して、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を特定するための事項との一致点・相違点を明らかにした上で、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。例えば、請求項に係る発明が、引用発明からの最適材料の選択あるいは設計変更や単なる寄せ集めに該当するかどうか検討したり、あるいは、引用発明の内容に動機づけとなり得るものがあるかどうかを検討する。また、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。

(3) なお、請求項に係る発明及び引用発明の認定、並びに請求項に係る発明と引用発明との対比の手法は「新規性の判断の手法」と共通である(1.5.1 1.5.4 参照)。

ただし、ある発明が、当業者が当該刊行物の記載及び刊行物頒布時の技術常識に基づいて、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できるものであることが明らかであるように刊行物に記載されていないために第29 条第1 項における引用発明とすることができない場合(1.5.3(3)参照)においても、当業者が得ることができる出願時の技術水準に属する知識に基づけば、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用することができるときは、その発明を第29 条第2 項における引用発明とすることができる。

 

2.5 論理づけの具体例

 論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。以下にそれらの具体例を示す。

(1) 最適材料の選択・設計変更、単なる寄せ集め

@最適材料の選択・設計変更など

 一定の課題を解決するために公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。

例1 :赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8 より1.0 μm の赤外線波を用い送受信を行うことは、従来周知の事項であると認められる。そうすると、緊急車の運転伝達装置にこれを適用することを妨げる特段の事情も窺えない以上、これを引用発明1 の運行伝達に適用することは、当業

者にとって容易に想到し得たことと認められる。

(参考:9 (行ケ)86 、阻害要因がなければ適用容易とした例)

例2 :補強材で補強されていない布や紙を植物体を挟む基材として用いることは、押し花製作法における周知・慣用の技術である。そうとすれば、引用発明の可撓性吸湿板のように、補強した布や紙を用いる必要のない場合、この補強材を省いて、塩化カルシウムを吸蔵させた布や紙を基材として用いようとすることは、当業者のみならず、押し花を製作してみようと試みる一般人にとっても、単なる設計事項若しくは容易に考え出せることである。

(参考:平6 (行ケ)82,83 号)

A単なる寄せ集め

発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。

例1 :原告らの主張する顕著な作用効果なるものは、公知の個々の技術について当然予測される効果の単なる集合の域を出ないものとみるほかなく、したがって、これをもって本願発明に特有の顕著な作用効果とみることはできない。

(参考:44(行ケ)7)

(2) 動機づけとなり得るもの

@ 技術分野の関連性

発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

例1 :引用発明の打止解除装置はパチンコゲーム機に関するものであるが、これを、同じ遊技ゲーム機であり、計数対象がパチンコ玉かメダルかという差異はあるもののその所定数を計数してスロットマシンを停止する打止装置を有するスロットマシンに転用することは、容易に着想し得るものであると認められる。技術の転用の容易性は、ある技術分野に属する当業者が技術開発を行うに当たり、技術的観点からみて類似する他の技術分野に属する技術を転用することを容易に着想することができるか否かの観点から判断されるべきところ、この観点からは、パチンコゲーム機の技術をスロットマシンの技術に転用することは容易に着想できることと認められる。

(参考:8 (行ケ)103)

例2 :カメラとオートストロボとは常に一緒に使用されるものであり、密接に関連するので、カメラに設けられた測光回路の入射制御素子を、オートストロボの測光回路に適用することは、その適用に当たって格別の構成を採用したものでない限り、当業者が容易になし得たことである。

(参考:55 (行ケ)177

例3 :引用発明1 は段ボール紙印刷機における印刷インク回収装置に関するものであり、引用発明2は印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するものであるから、両者が同一の技術分野に属することは明らかである。そして、前記の相違点の判断において引用発明2 から援用すべきものは、移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成するという、極めて基礎的な技術手段にすぎないから、両者の具体的な技術的課題(目的)が同一でないことは、引用発明1 に対する引用発明2 の技術手段の適用が、当業者にとってきわめて容易であったことを否定する論拠にはならない。

(参考:8 (行ケ)21

A 課題の共通性

課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

例1 :引用発明1 2 は、ラベルが仮着されている台紙を所定位置に停止させる点で、同一の技術課題を有する。引用発明1 において、その技術的課題を解決するために引用発明2 のラベル送り制御手段を適用することは、当業者ならば容易に想到し得たことである。

(参考:2 (行ケ)182

例2 :鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって種々異なることは普通であり、替え刃式鋸において厚みの異なる鋸刃を交換して使用する技術的課題自体は、引用発明1 に接した当業者であれば容易に予測できる。また、引用発明4 〜7 の挟持手段はナイフ等の厚みが異なっても弾性により挟持力で挟持できることは明らかであり、その構造自体が種々の厚みの刃物に対応して挟持させる技術思想のもとに製作されていると認められるので引用発明4 〜7 の技術思想は厚みの異なる刃物を交換使用する点で本願考案の技術的課題と共通している。従って、引用発明1 の鋸刃の構成に引用発明4 〜7 の構成を転用することは当業者が極めて容易に着想することが可能というべきである。

(参考:7 (行ケ)5

引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。

例1 :本願発明の「費用及び空間を節約」という課題は、混合機に限らず、あらゆる装置についていえる一般的な課題、つまり、装置の構成を考える場合における自明な課題にすぎない。そしてこの課題と軸上減速機及びモータ付き減速機の前記特徴とを併せて考慮し、引用発明1 の混合機を前記自明の課題に従って占有面積を節約しようとして、引用発明4 に記載された前記軸上減速機及びモータ付き減速機を採用することは、当業者であれば容易に想到できたことであり、そこに格別の困難があるということができない。

(参考:4(行ケ)142

例2 :引用発明4 には、ゴルフクラブ用シャフトにおいて、「軽量であること」が重要な要求特性の1 つであることが明示され、かつ、ボールの飛距離との関係で、ゴルフクラブのシャフトの重量を軽くすることの必要性ないし有利性が教示されているのであるから、ゴルフクラブのシャフトの軽量化を計るという本件考案の課題は、当業者において当然予測できる程度の事項であると認められる。

(参考:7 (行ケ)152)

なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。試行錯誤の結果の発見に基づく発明など、課題が把握できない場合も同様とする。

例1 :本願発明は、表面に付着する水を逃がすために、カーボン製ディスクブレーキに溝を設けたもの。一方、引用発明1 には、カーボン製ディスクブレーキが記載されている。引用発明2 には、表面に付着する埃を除去する目的で、金属製のディスクブレーキに溝を設けたものが記載さ

れている。

 この場合、引用発明1 のカーボン製ディスクブレーキにおいても、表面に付着する埃が制動の妨げになることが、ブレーキの一般的な機能から明らかであるから、このような問題をなくすために引用発明2 の技術に倣ってカーボン製ディスクブレーキに溝を設けることは、当業者が容易になし得る技術改良であり、その結果、本願発明と同じ構成が得られるので、本願発明は進歩性を有しない。

(参考:201USPQ658

ただし、出願人が引用発明1 と引用発明2 の技術を結び付けることを妨げる事情(例えば、カーボン製のディスクブレーキには、金属製のそれのような埃の付着の問題がないことが技術常識であって、埃除去の目的でカーボン製ディスクブレーキに溝を設けることは考えられない等)を十分主張・立証したときは、引用発明からは本願発明の進歩性を否定できない。

B 作用、機能の共通性

 請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

例1 :引用発明1 のものと引用発明2 のものとは、印刷装置のシリンダ洗浄を布帛を押圧して行うものである点で共通し、引用発明1 のカム機構も引用発明2 の膨張部材も布帛をシリンダに接触・離反させる作用のために設けられている点で異なるところはない。そうすると、引用発明1のカム機構に代えて、押圧手段として引用発明2 の膨張部材を転用することの背景は存在するということができる。

(参考:8(行ケ)262)

C 用発明の内容中の示唆

引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。

例1 :引用例には、陽イオン性でしかも化学的前処理が不必要な水性電着浴を得るという本願発明と同様の目的に適する金属イオンとして、電位列中の電位が鉄の電位よりも高いものという条件が挙げられており、具体的に7 種の金属イオンが例示されている。この中には本願発明の特定構成である鉛イオンは記載されていないが、鉛は電位列中の電位が鉄の電位よりも高いことは周知の事実であるから、鉛イオンを用いることは引用例に示唆されているといえる。したがって、鉛イオンを用いることが本願発明の目的を実現する上で不適当である等の事情がない限り、鉛イオンを電着浴に添加しようとすることは、当業者であれば容易に着想できることである。

(参考:61 (行ケ)240

例2 :本願発明の3 −位クロル体は、引用例にあげられた2 −位クロル体および4 −位クロル体と化学構造上置換位置しか相違しない点、および引用例には化合物が明色化剤として使用できるためには置換位置を特定の位置に限定しなければならない旨の記載はない点を考慮すると、3 −位クロル体は引用例に示唆されているものといえるのであって、同じく明色化剤として使用価値があることは、当業者であれば容易に予測できることである。

(参考:51 (行ケ)19

(3)引用発明と比較した有利な効果

引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。

@ 引用発明と比較した有利な効果の参酌

  請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有している場合には、これを参酌して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけを試みる。そして、請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有していても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理づけられたときは、進歩性は否定される。

例1 :本願発明により製造された積層材が、強度その他の面において、従来のものに比べて若干優れた特性を有するとしても、それは当業者の容易にすることができる選択にしたがい、ポリエチレン樹脂に代えてポリプロピレン樹脂を選んだ結果もたらされたものであり、進歩性の判断を左右しない。

(参考:37 (行ナ)199

例2 :光電変換半導体装置の半導体層のうち、光が入射される側の半導体領域の材料に珪素炭化物を採用することが、同領域の光の吸収を少なくする観点から容易であった以上、この半導体領域が第二の半導体領域のる型性劣化を防止するという効果を合わせ有するとしても、珪素炭化物を採用することの容易性を左右するものでない。

(参考:63 (行ケ)282

しかし、引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることにより、進歩性が否定されないこともある。例えば、引用発明特定事項と請求項に係る発明の発明特定事項とが類似していたり、複数の引用発明の組み合わせにより、一見、当業者が容易に想到できたとされる場合であっても、請求項に係る発明が、引用発明と比較した有利な効果であって引用発明が有するものとは異質な効果を有する場合、あるいは同質の効果であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測することができたものではない場合には、この事実により進歩性の存在が推認される。特に、後述する選択発明のように、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属するものについては、引用発明と比較した有利な効果を有することが進歩性の存在を推認するための重要な事実になる。

例1 :引用発明に基づき本願発明のようなモチリン誘導体を製造することは当業者が容易になし得ることであるとみることも可能である。しかしながら、本願モチリンが引用発明モチリンと同質の効果を有するものであったとしても、それが極めて優れた効果を有しており、当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであれば、進歩性があるものとして特許を付与することができると解するのが相当である。

(参考:8(行ケ)136)

例2 :本願発明の効果は各構成の結合によりはじめてもたらされたものであり、かつ顕著なものであるから、本願発明は、その構成が公知であって各引用発明に記載されている技術とはいえ、これから容易に推考し得たものとはいえない。

(参考:44 (行ケ)107

A 意見書等で主張された効果の参酌

明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。

(参考:9 (行ケ)198

B 択発明における考え方

(i)選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいう。したがって、刊行物に記載された発明(1.5.3(3)参照)とはいえないものは選択発明になりうる。

(ii)刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。

(参考:34 (行ナ)13 、昭51 (行ケ)19 、昭53 (行ケ)20 、昭60 (行ケ)51

例1 :ある一般式で表される化合物が殺虫性を有することが知られていた。本願発明は、この一般式に含まれるが、殺虫性に関し具体的に公知でないある特定の化合物について、人に対する毒性が上記一般式中の他の化合物に比べて顕著に少ないことを見出し、これを殺虫剤の有効成分として選択した。そして、他に、これを予測可能とする証拠がない。

例2 :本願発明は、彩度において引用発明よりも優れた作用効果を奏するものの、その差異は引用発明の奏する作用効果から連続的に推移する程度のもので、当業者の予測を超えた顕著な作用効果ということはできないから、本願発明につき選択発明は成立しない。

(参考:平成4(行ケ)214)

C 値限定を伴った発明における考え方

(i)発明を特定するための事項を、数値範囲により数量的に表現した、いわゆる数値限定の発明については、

(ii)実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であって、通常はここに進歩性はないものと考えられる。しかし、

(iii)請求項に係る発明が、限定された数値の範囲内で、刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物に記載された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。なお、有利な効果の顕著性は、数値範囲内のすべての部分で満たされる必要がある。

例:本願発明が、その要件とする350 度ないし1200 度の反応温度の内、少なくとも350 ないし500度付近までの反応条件については顕著な効果があるとは認められない。

(参考:54 (行ケ)114

更に、いわゆる数値限定の臨界的意義について、次の点に留意する。請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき、すなわち、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、有利な効果について、その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求される。

例:本願発明において「100 メッシュないし14 メッシュの範囲内にある粒度のものを90 %以上含んでいる」とした点は、引用発明における望ましい粒度範囲50 12 メッシュのものと数値的に極めて近似し、作用効果において、格別の差がないから、引用発明に基づき粒度範囲を本願発明のように限定することが、当業者が格別の創意を要せずになし得る程度といえる場合、本願発明は引用発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明できたというべきである。

(参考:昭63(行ケ)107

  しかし、課題が異なり、有利な効果が異質である場合は、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない。

(参考:59 (行ケ)180

2.6 能・特性等による物の特定を含む請求項についての取扱い

(1) 機能・特性等により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記@又はAに該当するものは、引用発明との対比が困難となる場合がある。そのような場合において、引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、進歩性が否定される旨の拒絶理由を通知する。出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、審査官の心証を真偽不明となる程度に否定することができた場合には、拒絶理由が解消される。出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、進歩性否定の拒絶査定を行う。

  ただし、引用発明特定事項が下記@又はAに該当するものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。

@ 該機能・特性等が、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれにも該当しない場合

A 該機能・特性等が、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれかに該当するが、これらの機能・特性等が複数組合わされたものが、全体として@に該当するものとなる場合

(2) 以下に、一応の合理的な疑いを抱くべき場合の例を示す。

請求項に係る発明の機能・特性等が他の定義又は試験・測定方法によるものに換算可能であって、その換算結果からみて請求項に係る発明の進歩性否定の根拠になると認められる引用発明の物が発見された場合

・請求項に係る発明と引用発明が同一又は類似の機能・特性等により特定されたものであるが、その測定条件や評価方法が異なる場合であって、両者の間に一定の関係があり、引用発明の機能・特性等を請求項に係る発明の測定条件又は評価方法により測定又は評価すれば、請求項に係る発明の機能・特性等と類似のものとなる蓋然性が高く、進歩性否定の根拠となる場合

出願後に請求項に係る発明の物と同一と認められる物の構造が判明し、それが出願前に公知の発明から容易に発明できたものであることが発見された場合

本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明であって進歩性否定の根拠となるものが発見された場合(例えば、実施の形態として記載された製造工程と同一の製造工程及び類似の出発物質を有する引用発明を発見したとき、又は実施の形態として記載された製造工程と類似の製造工程及び同一の出発物質を有する引用発明を発見したときなど)

請求項に係る発明の、機能・特性等により表現された発明特定事項以外の発明特定事項が、引用発明と共通しているか、又は進歩性が欠如するものであり、しかも当該機能・特性等により表現された発明特定事項の有する課題若しくは有利な効果と同一又は類似の課題若しくは効果を引用発明が有しており、進歩性否定の根拠となる場合

なお、この特例の手法によらずに進歩性の判断を行うことができる場合には、通常の手法によることとする。

2.7 造方法による生産物の特定を含む請求項についての取扱い

(1) 製造方法による生産物の特定を含む請求項においては、その生産物自体が構造的にどのようなものかを決定することが極めて困難な場合がある。そのような場合において、上記2.6 と同様に、当該生産物と引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、進歩性が欠如する旨の拒絶理由を通知する。

ただし、引用発明特定事項が製造方法によって物を特定しようとするものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。

(2) 以下に、一応の合理的な疑いを抱くべき場合の例を示す。

・請求項に係る発明と出発物質が類似で同一の製造工程により製造された物の引用発明を発見した場合

・請求項に係る発明と出発物質が同一で類似の製造工程により製造された物の引用発明を発見した場合

・出願後に請求項に係る発明の物と同一と認められる物の構造が判明し、それが出願前に公知の発明から容易に発明できたものであることが発見された場合

・本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたもの又はこれと類似のものについての進歩性を否定する引用発明が発見された場合

なお、この特例の手法によらずに進歩性の判断を行うことができる場合には、通常の手法によることとする。

2.8 進歩性の判断における留意事項

(1)刊行物中に請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、引用発明としての適格性を欠く。しかし、課題が異なる等、一見論理づけを妨げるような記載があっても、技術分野の関連性や作用、機能の共通性等、他の観点から論理づけが可能な場合には、引用発明としての適格性を有している。

例1 :本願発明が炭酸マグネシウムの分解に伴う二酸化炭素を利用するものであるのに対し、引用発明はその利用を否定するものであるから、対比判断の資料に供し得ない。

(参考:62 (行ケ)155

例2 :引用発明1 は、ターミナルピンの設け方を工夫することにより薄型化を図る事を目的とするトランスの取り付け装置であるが、引用発明1 のターミナルピンに引用発明2 の構成を適用すると、折角逃がし穴まで設けた上で設け方を工夫して薄型化を図ったターミナルピンを考案の目的に反する方向に変更することになるから、両者が平面取り付け可能という点で共通することを考慮しても、当業者が容易に想到することができたものとは認められない。

(参考:8 (行ケ)91 ,阻害要因を考慮して進歩性を容認した例)

例3 :引用発明1 に、引用発明2 ,3 に示された、別個の作業機能を備えた2 つの把持手段を単一のロボットに備えることにより、2 つの作業を単一のロボットで選択的に実行する技術思想を適用するに当たって、該自動梱包装置の存在が妨げになるものとはいえない。

(参考:10 (行ケ)131 、阻害要因の存在を否定した例)

例4 :審決が、「一般にこの種コーティング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段・・・であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。」とした判断に誤りはない。

(参考:9 (行ケ)111 、阻害要因の存在を否定した例)

(2) 周知・慣用技術は拒絶理由の根拠となる技術水準の内容を構成する重要な資料であるので、引用するときは、それを引用発明の認定の基礎として用いるか、当業者の知識(技術常識等を含む技術水準)又は能力(研究開発のための通常の技術的手段を用いる能力や通常の創作能力)の認定の基礎として用いるかにかかわらず、例示するまでもないときを除いて可能な限り文献を示す。

(3) 本願の明細書中に本願出願前の従来技術として記載されている技術は、出願人がその明細書の中で従来技術の公知性を認めている場合は、出願当時の技術水準を構成するものとしてこれを引用して請求項に係る発明の進歩性判断の基礎とすることができる。

(4) 特許を受けようとする発明を特定するための事項に関して形式上又は事実上の選択肢(注)を有する請求項に係る発明については、当該選択肢中のいずれか一の選択肢のみを発明を特定するための事項と仮定したときの発明と引用発明との対比及び論理づけを行い、論理づけができた場合は、当該請求項に係る発明の進歩性は否定されるものとする。

なお、この取扱いは、どのような場合に先行技術調査を終了することができるかとは関係しない。この点については「第\部審査の進め方」を参照。

(注)「形式上又は事実上の選択肢」については、1.5.5 (注1 )を参照。

(5)物自体の発明が進歩性を有するときは、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として進歩性を有する。

(6) 業的成功又はこれに準じる事実は、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌することができる。ただし、出願人の主張・立証により、この事実が請求項に係る発明の特徴に基づくものであり、販売技術や宣伝等、それ以外の原因によるものでないとの心証が得られた場合に限る。

例1 :本願発明におけるような組成からなる精油所右残分ガスを用いることは、引用発明とは全く異なる発想というべきであり、当業者に容易に行いうるとすることはできず、本願発明は、排ガスである精油所残分ガスを用いることによって、原材料の極めて安価な供給と廃物の有効利用という経済的効果をもたらすことは明らかであって、その効果は格別のものと評価することができるから、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとは認められない。

(平元(行ケ)180)

例2 :原告主張のように本願発明の実施品が商業的に成功したということは作用効果の予測容易性を左右するものではない。

(8(行ケ)193)

2.9 29 条第2 項の規定に基づく拒絶理由通知

請求項に係る発明が、第29 条第2 項の規定により特許を受けることができないものであるとの心証を得た場合には、拒絶理由を通知する。出願人はこれに対して意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる。そしてそれらにより、請求項に係る発明が 29 条第2 項の規定により特許を受けることができないものであるとの審査官の心証を真偽不明になる程度まで否定できた場合には、拒絶理由は解消する。審査官の心証が変わらない場合には、進歩性の欠如の拒絶理由に基づく拒絶の査定を行う。