無自覚な関係シリーズ 第十三章
収 束
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車の排気音が遠ざかると、街路樹の葉ずれの音が大きくなる。由美の足下を落ち葉が転がっていった。視界の端でパトライトが回っている。
ああ寒い、と愚痴りながら振り返ると、同僚が次の車を止め、ドライバーに窓を開けさせていた。
由美もその車に駆け寄り、助手席側の窓を開けさせる。一言断って、座る女性の頬を思い切り引っ張った。顔は取れなかった。変装ではない。
にっこりと営業スマイルで頭を下げて、後部座席をのぞく。チャイルドシートにおとなしく収まっている子供が、目をまん丸にして由美のことを見ていた。微笑みながら小さく手を振ってみるが、男の子は瞬きもしないで見つめてくるだけだ。よほど婦警が珍しいらしい。
開けてもらったトランクの中も検査する。特に不審なものはなかった。
「ご協力ありがとうございました」
不機嫌そうな彼らからは会釈も返ってこない。
もう一度頭を下げて、由美は家族連れの車を見送った。
同僚と顔を見合わせ、ため息をつく。
繁華街から主要道路を使わずに郊外に出られると抜け道マップに載っているせいか、整備の割には交通量が多い。飲酒運転の検挙率の高い道でもある。今夜もすでに二件だ。
しかし、今回の検問の目的は飲酒ではない。
キッドだ。
だから、ドライバーにアルコール検知器を突きつける代わりに、乗車している人全員の頬を引っ張っているのだ。トランクも開けてもらう。もちろん、飲酒の検査も怠りない。
おかげで今回はいつも以上に検問に引っかかったひとたちの機嫌が悪くなる。
いくら理由を説明されて謝られても、いきなり頬を摘まれたらいい気はしない。その上思い切り引っ張られるのだから、たまったものではないはずだ。
さらに、繁華街の近くにホテル街もあるものだから、すこしばかり人目をはばかるようなカップルも多い。おかげで露骨にむっとされたり、怒鳴られたりと散々だ。
次の車が止められた。
なかを覗いて、由美は驚いた。
「あれ? 工藤くん」
後部座席によく知った名探偵の顔がある。彼は上機嫌で窓を開けてくれた。運転席の方は、同僚が覗きこんでいる。
「こんばんは、宮本さん。飲酒の検問ですか?」
笑いながら彼が聞いてくる。車内から酒の匂いが漂ってきて、由美は顔をしかめた。
「飲み会帰りなの?」
へへ、と笑って答えない。後部座席にはもうひとり、彼の膝を枕にしている男がいた。毛布を掛けて寝息を立てている。
「こら、未成年のくせに」
「俺はそんなに飲んでないんですけど、こいつがつぶれて。あ、服部は飲んでませんよ。こいつのせいで車が必要になったんで、呼び出したんです」
彼は膝の上の頭をぽんぽんと叩く。熟睡しているのか、相手は起きなかった。
「飲んでいる量に関係ないでしょ」
咎めてみても、彼は笑うだけだ。
同僚の方を確認すると、彼女はドライバーのアルコール検査をしていた。やっぱり匂いが気になったようだ。
「あ、そうだ。今回は飲酒の検問だけをしているわけじゃないのよ」
あのね、と由美は彼に顔を寄せた。
「キッドよ」
「キッド?」
笑顔だった彼の表情が引き締まった。
「そう。この先の美術館にキッドが現れてね。まぁ、いつものとおり逃げられちゃったんだけど」
「それで検問ですか」
「さすが。話が早くて助かるわ。だから、ちょっと変装かどうか確かめさせてくれる?」
由美は自分の頬を摘んで見せた。いいですよと笑って、彼は身を乗り出す。
こんな機会でもなければ、名探偵の頬など摘めない。由美は遠慮なく彼の頬を引っ張ってみた。なにも剥がれたりしない。間違いなく本物だ。
「ご協力ありがとうございました」
頬をさすっている名探偵に一礼する。
「それで、そこでつぶれているお友達も」
由美が言いかけると、彼は無造作に寝ている男の頬をつまみ上げた。
「うう、あ、いた、痛いって」
名探偵の手は乱暴に払われた。よほど痛かったのか、目が覚めたらしい。しかし新一を睨んだ彼は、もぞもぞと動いてまた寝入ってしまった。
「これでいいですか?」
由美は頷いた。
目覚めるほどの痛みで取れなければ、本物の顔だろう。
協力を感謝して、敬礼してみせる。
「あと、トランクも開けてもらえる?」
見れば同僚の方もドライバーのアルコールと変装の検査を終えたようだ。
「おい、服部。トランク」
おう、とドライバーの手が座席の下を探る。
開いたトランクを由美は覗きこんだ。特におかしなものはない。キッド本人もいないし、彼の変装道具のような物も見あたらなかった。
「ご協力ありがとうございます」
彼らの車の後ろには次の車が待っている。
「がんばってくださいね」
名探偵の笑顔と共に窓が閉まる。
由美は発進する車に手を振って、次の車に近寄った。
新一は息を吐き出した。平次がバックミラーの中で目だけで笑っている。膝の上の快斗の身体から力が抜けるのがわかった。
探からの情報で検問が行われているのは知っていた。だから、主要道路は避けたのだが、中森の布陣は甘くなかった。
この道は張っているはずだ、と快斗が言いだしたときには、すでに引き返せる状況ではなかった。
万が一検問に引っかかったときは、身動きの取れなくなっているかも知れない快斗を、酒でつぶれた友人ということにして突破しようと、平次と打ち合わせてあった。だから、あらかじめ酒と毛布は積んでおいた。酒は実際に飲まず、古いクッションに染みこませて足下に置いてみたのだが、それでも一応誤魔化せたらしい。相手が顔見知りだったのも幸いした。
「快斗、どうだ」
新一は膝の上の頭を撫でた。怪我をしている彼には苦しい体勢だろう。
快斗の毛布の下には、キッドの衣装が隠してある。見つかったら言い訳のきかない危険な代物だ。
「大丈夫」
痛みすらも快斗はポーカーフェイスで押し隠そうとする。それでも時折眉間に皺が寄っていた。
早く治療を、と焦るのは平次も同様のようで、引っかかった赤信号に舌打ちしている。
「検問抜けたっていうのに、スピード違反で捕まるなよ、ドライバー」
「わかっとるって。安全運転しとるやないか」
新一が茶化してやると、平次の眉間の皺が消えた。バックミラー越しにいつもの笑顔が返ってくる。
「これ、返しとこうか」
毛布の中から快斗の手が伸びた。平次の携帯電話が握られている。それはまだ探の携帯電話と繋がったままだった。
新一たちの声が探側に聞こえないように、送話口は快斗が指で押さえている。その代わり、探側の声はすべて拾っている。おかげで警察の動きは新一たちに筒抜けとなっていたわけだ。
「そのまま向こうの話を聞いておいてくれ。なんか変化があったら教えてくれればいい」
見上げてくる快斗に新一はにやりと笑った。快斗の視線が微妙に泳ぐ。普段の仕返しだ。快斗をからかうなんてことは滅多に出来ない。
「中森警部は結構やり手なんやろ」
長い赤信号に平次が振り返って言う。
「まぁね。白馬をキッドの共犯者じゃないかって疑っているぐらいだから」
「もう疑われとるんかい、あいつ」
平次が呆れた声を出す。
「ちょっといろいろあってさ」
快斗が言いよどむ。
「これから共犯者になろうっていうときに、脇が甘いんじゃないか、白馬のやつ」
「せやな。そんなんやとこの先やりにくいやろ。今度、白馬とキッドは無関係やって、ひと芝居うっといたほうがええんちゃうか、黒羽」
「それもそうだな。シナリオは快斗が書けよ」
「白馬よりは適任やな」
新一は平次と一緒になって快斗をからかった。
快斗が憮然と抗議の声を上げる。
「まだ共犯者にするって決めたわけじゃない」
「そうなのか」
「そんなら、いま白馬がやっとることは、なんやねん」
警察の情報を漏らすこと。
それは共犯者のする事じゃないのか、と平次が笑う。
ますます憮然とした快斗が「青」といった。
車が発進する。新一はぐらりと揺れた快斗の身体をそっと押さえた。
なんだよまったく、と膝の上でぶつぶつ言っている快斗に、新一は声を殺して笑った。
「新一。もしかして」
快斗が目で平次と新一を交互に指す。
探る視線に新一は窓の外へ視線を逃がした。彼がなにを言いたいのか、手に取るようにわかる。頬に血の気が上っていく。
快斗が膝の上で盛大なため息をつく。
「だから開き直っているわけか」
「おまえも開き直ったらええねん」
あっさりと答えて平次が笑う。快斗が運転席を睨む。
「そうだぞ。じゃないと危なっかしくて見てられねぇ」
「ごめん。迷惑かけた」
快斗が殊勝に目を伏せる。新一は無傷の頭を撫でた。指に砂埃がからみつく。どんな墜落の仕方をしたのか、詳しくは聞いていないが、無事で良かったと心底思う。
「ええって。お互い様や」
「迷惑じゃねぇけど、心配はした。だからきちんと答えを出せ」
わかっていると快斗が頷く。
新一は平次とバックミラー越しに笑みを交わした。
夜空には星がきらめいていた。
新出は扉を閉めてコートの襟を寄せた。阿笠邸の中は暖房が効いて暖かかったせいか、夜風がよけいに冷たく感じる。
「さぶいわぁ」
明るい関西弁が深夜の庭に響く。
新出を呼びに医院まで迎えに来た彼が、また送ってくれるのだという。
暗い中、足早に彼は車に向かっていく。
新出はその背中に向かって問いかけた。家の中では誰にも問いただすことが出来なかった疑問だ。
「彼は、本当に、階段から落ちたのかい?」
誰もが階段から落ちたといった。
阿笠博士、治療に付き添っていた新一や哀も、怪我をした本人さえも、そういった。
だが、それにしては不自然な点が多い怪我だった。細かな石が入り込むような傷は、家の中では出来ない。落ちた経緯も納得がいかなかった。
肩を揺すって平次が笑った。
「ほんまですよ。そういわはるんもわかりますけど」
彼は車の横で立ち止まった。運転席のドアに手を掛け、車の屋根越しに新出を見る。
笑顔のまま、彼は低い声で言った。
「FBIにやっかいになったことありますやろ、先生」
新出は目を見張った。
確かにFBIと接触したことはある。
ある組織から命を狙われた。彼らは自分に成り代わり、何事か企んでいたという。そのために自分は家族を含め、彼らに殺されたように見せかけ、FBIの保護を受けていたのだ。
しかし、それを知っている人間は限られている。口止めもされているはずだ。忘れてくれと自分も言われた。
なのに平次は知っていた。
「まぁ、そうゆうことやと思うといてください」
また彼は笑う。年齢にそぐわない、一筋縄ではいかない笑みだった。
新出は返す言葉を失った。
またFBIが動いているのだろうか。
あの怪我もその関係だというのか。
「救急病院に行かんと先生を呼んだんはそうゆうことですわ。あ、明日にはちゃんと先生の病院に行かせますよって」
付き添いは俺らちゃうと思いますけど、そういって彼は子供っぽい楽しそうな顔をした。先ほどまであった凄味のようなものがあっさりと消える。
平次は立ちつくす新出を置いて、さっさと運転席に乗り込んでしまった。エンジン音が空気を震わせる。
助手席のドアを開けながら、新出は小さくため息をついた。
探偵である彼らの依頼なのだから、少なくとも怪我人は犯罪者ではないのだろう。ただ、普通の病院に連れて行くには差し障りがある。怪我の経緯を正直に話すわけにはいかない、ということだ。
新出は助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。
この件については、もうなにも聞くまいと新出は決めた。FBIや名探偵という、秘密の多い人たちに関わってしまったのが運の尽きなのだろう。
「黒羽くんに早めに来るように伝えておいてくれるかい。念のためレントゲンを撮りたいからね」
わかりました、と答えて平次が車を出す。
新出は背もたれに身体を預け、目を閉じた。
クッションをいくつも背中に置いて、快斗はベッドの上に起きあがっていた。
ずっと付き添っていた新一が出ていくのと入れ替わりに、哀が部屋に入ってきた。
「あり合わせよ」
ベッドの横に設えたテーブルの上に、サンドイッチとコーヒーが置かれた。あり合わせという割には、ハムにタマゴにポテトサラダまである。コーヒーは誰に好みを聞いたか、ミルクと砂糖まで入っているという。
「ありがとう」
快斗は早速ハムサンドに左手を伸ばした。
右腕はつられていて動かせない。包帯で巻かれた左肩も動かしづらいけれど、仕方がない。もともと両手とも同じように使えるから、片方が使えなくてもそれほど不便は感じないで済んでいる。
足に至っては両方とも使えない。阿笠博士が作ったという車いすが部屋の隅に置かれている。車いすというより、椅子の足がそのまま歩くように動くという代物だ。これを使えば座ったまま階段の上り下りも出来る、と博士は熱心に説明していたが、快斗に挑戦してみようという勇気はなかった。
快斗の治療も無事終わり、新出医師も帰り、阿笠邸にはほっとした空気が流れている。
安心して気が抜けた快斗の腹の虫が鳴いたのが半時間ほど前。それを聞いて吹きだした哀が夜食を作ってきてくれたというわけだ。その間に寺井に連絡を入れた。彼にも心配を掛けた。
頬もすりむき、口の端や中を切っていても、サンドイッチは美味しかった。コーヒーはすこし傷に染みる。
「いいなぁ、博士は毎日こんな美味しいものを食べているんだ」
ありがとう、と笑った哀はベッド脇の椅子に腰掛けた。
「じゃあ、今度得意料理でも食べに来る? 魚料理だけど」
快斗はパンを喉に詰まらせそうになった。慌ててコーヒーで流し込む。
哀は楽しそうに笑っている。
「ごめん、遠慮させてもらうよ。それで新一と平次は?」
「工藤くんは下で博士とサンドイッチを食べているでしょうね。服部くんは新出先生を送っていったわ。そろそろ帰ってくるんじゃないかしら」
快斗は食べる手を止めた。
部屋に沈黙が落ちる。
快斗は湯気を立てているマグカップを覗きこんだ。
今回のことで周りには本当に迷惑を掛けた。隠匿だけでなく、幇助までさせたことになる。
「そんなに深刻に考えることはないと思うわ」
顔を上げると、哀が真っ直ぐ快斗を見ていた。
「あの人たちは、あなたが考えているようなことは考えていないと思うわよ」
快斗は無言で哀の顔を見つめた。哀は深い目の色をしている。
「そうはいってもさ。哀ちゃんや博士まで」
最後まで言わせず、哀が首を振る。
「いいのよ。実験の道具を運んでいて、それが暴発して階段から転げ落ちたなんて言い訳、この家でじゃなかったら成り立たないでしょう」
「そのめちゃくちゃな言い訳、信じてもらえたのかちょっと心配なんだけど」
快斗の怪我は確かにハンググライダーの事故としては軽かった。しかし、普通の事故だとすると、ひどすぎたのだ。全身に打ち身がある状況をどうやって説明するのか、考えた末の言い訳は苦しかった。治療に当たった新出が、しきりに首を傾げていたのをよく覚えている。
「どうにかしているでしょう。服部くんが送って行っているんだもの。博士だと嘘を突き通すのは難しいかも知れないけど、彼なら上手く丸め込んでくれるわ。あの先生はいい人だし。信頼していいわよ」
快斗は苦笑するしかなかった。
「とにかく、深刻に考えないで。あの人たちは後悔なんてしていないから」
「これからすることになるかも知れない」
「しないわ」
哀は言い切った。
「動かなかったことを後悔しても、動いたことを後悔はしない。そういう人たちよ。彼らに絡んで欲しくないなら、あなたがしっかりすればいいだけよ」
正論過ぎて返す言葉がない快斗に、さらに哀が言う。
「あなたの様子がおかしかったから、私たちも心配していたのよ。そうしたら、こんな怪我までして。いったいなにが原因なの?」
答えにくい質問に、快斗はまた言葉が出なかった。
「工藤くんに聞いたら、今にわかると言われたけど」
思わず快斗は目を泳がせた。哀に目を覗き込まれると、答えを覚られてしまいそうだ。
哀がため息をつく。
「食べきれないようなら残して。食器は明日下げるから、ゆっくりどうぞ」
「わかった。ありがとう。とにかく、もう二度と迷惑を掛けるようなことはしないから」
快斗の約束に哀が頷く。
おやすみなさい、と彼女は部屋を出ていった。
あくびを繰り返してた阿笠博士を寝室に追い立てて、新一はリビングでサンドイッチを食べていた。快斗のリクエストのお裾分けだ。具がツナばかりなのは、快斗が食べられないのを忘れて哀がうっかり作ってしまったものをもらったからだ。平次の分もちゃんと取り置いてある。
コーヒーを飲んで一息つくと、疲労が襲ってくる。肉体的にはさほどではなくても、精神的には張りつめていたのだろう。
快斗の怪我も墜落した割には軽く済んだ。怪我の経緯を訝しんでいた新出は平次に任せたから、大丈夫だろう。
ソファの背もたれに身体をゆだね、目を閉じる。
今日起きた様々なことがまぶたの裏に浮かんでは消える。
『俺は、工藤やから』
探にとって快斗が何よりも大事なものなのだろうと新一が言った、その返事が耳元に甦る。
真っ直ぐに新一の瞳を覗きこんできた平次の目には、友情を越えた感情があった。そのとき確信した彼の気持ち。そして、彼もまた新一の表情から返事を読みとって笑った。
新一は両手で顔を覆った。
どうしようもなく嬉しくて、頬が弛んでしまうのが自分でもわかる。
哀に見つかれば怪訝な顔で見られるだろうし、快斗が見ればきっとからかわれるに違いない。
阿笠邸に車が止まる音がした。
平次が帰ってきたようだ。
新一は頬を両手で叩いて、彼を出迎えるために立ち上がった。
玄関が勢いよく開く。
入ってきたのは、新一の予想に反して探だった。
「途中で服部くんに会いまして」
後ろから平次が顔を覗かせる。
「表通りを歩いててん、こいつ。ここに来る途中やてわかったから、乗せてきたった」
「黒羽くんの怪我は割と軽かったと聞いたのですが」
もどかしげに靴を脱ぐ探の表情には、焦燥がはっきりと浮かんでいる。
「自分で確かめろ。二階にいるから」
新一が振り返ると、ちょうど哀が下りてくるところだった。階段にいる彼女に探を案内するように声を掛ける。
足早に階段を上がっていく探の背中を見送って、新一は平次を振り返った。
「なんであいつ歩いていたんだ?」
普段彼は運転手付きの車で移動する。自分で運転もするだろう。徒歩で移動することなど滅多にないはずだ。
「中森警部に目をつけられとるやろ。せやから、尾行をまくためやと。いっぺん自宅まで覆面で送ってもろて、こっそり抜け出してきたらしいわ。タクシー乗って表通りで降りて、歩き出したところを俺が見つけたゆうわけや」
「それで、新出先生の方は?」
「大丈夫やろ。FBIの名前出したったら、なんか納得しとったで」
うまそうやん、と目ざとく平次がサンドイッチを見つける。
「快斗の夜食のお裾分けだ」
「それでツナばっかりなんやな」
立ったまま頬ばって、平次が笑う。腕を取って彼を座らせ、ポットから熱いコーヒーを注いでやる。
平次の隣に腰掛けて、新一も残りのコーヒーを飲んだ。
静かで幸せな時間を新一はゆっくりと味わった。