フクシマ50への放射線防護

東日本大震災による原子力災害の教訓
安井 省侍郎

序章


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目次

1.   緊急時対応

「自己犠牲、50人、最後の防御」 [1]、「東電2社員、被ばく最大659mSv被ばく限度越え確実」 [2]、「被ばく測定待ち1400人、安全が保証されていない」 [3]、「作業員69人所在不明 被ばく量未調査のまま」 [4]- 福島第一原子力発電所(以下「発電所」という。)での緊急作業期間中、東京電力と政府は、緊急作業従事者に対する放射線防護について、次のような様々な問題を経験した。

 

         不適切な線量測定

         線量記録の不適切な管理

         内部被ばく測定の遅れ

         緊急被ばく限度越え

 

「被ばく2作業員搬送 足に放射性物質」 [5]、「甘い想定 被ばく拡大 免震棟にも 内部被ばく測定装置に不備」 [6] - 政府は、緊急作業従事者の放射線被ばくの低減において、次のような厳しい困難に直面した。

 

         不適切な呼吸用保護具の使用

         不適切な保護衣の使用

         不十分な労働者教育

 

外部被ばくの低減のために努力する中、次のような問題が生じた。

 

         作業時間の管理

         放射線遮蔽の実用性のある活用

         十分に準備された作業計画の欠如

          

これら経験と教訓を踏まえ、厚生労働省は、他の原子力発電所において同様の事故が起きた際に被ばくを適切に管理し、線量を低減するために、適切な対策と系統だった備えの必要性を認めた。

 

「作業員の過労死認定 心筋梗塞の男性」 [7]、「作業員死亡 周辺病院は閉鎖中 搬送63キロ先」 [8] - 緊急作業従事者の医療・健康管理について、次に掲げる事項を含めた様々な問題が起きた。

 

         臨時健康診断

         発電所構内でのトリアージ及び初期治療

         患者の搬送

         宿泊施設と食事

         緊急作業従事者の長期健康管理

 

これらの教訓を踏まえ、厚生労働省は、同様の事故における医療と健康管理の適切な管理と実施のために、十分な対策と体系立った備えの必要性を認識した。

2.   緊急事態収束後の対応

「作業員の被ばく量上限を引き上げ、国、福島第一で特例」 [9]、「保安院 福島事故は別枠で 作業員被ばく緩和要請 厚労省に」 [10] - 2011年3月14日、厚生労働省は、緊急時線量限度を250 mSvに一時的に引き上げる省令を施行した。一時的な限度の引き上げと引き下げに関する主な論点は次のとおり。

 

         一時的な緊急被ばく限度の引き上げ

         緊急被ばくと通常被ばくの合算による被ばく管理

         緊急被ばく限度の100 mSvへの引き下げ

 

「線量計に鉛板、被ばく隠し 厚労省、法令違反疑い調査」 [11] - 2011 12 1 日、ある請負事業者が、労働者に対し、電子線量計を厚さ3 mmの鉛板で覆い、測定される線量を低くすることを求めた。これに対し、厚生労働省は、同様の事案の調査と再発防止対策の立案のため、実態調査を行った。実態調査の結果からは、緊急対応時の放射線防護から通常の運用への移行にあたって適用できる教訓が得られた。発電所での緊急被ばく限度の適用は2011年12月16日に終わっていたからである。

 

「作業員被ばく 過小推計か 政府・東電調査に国連委 内部被ばく2割多い可能性」 [12] ― 2013年4月、厚生労働省は、東京電力から提出された預託線量(内部線量)と、元請5社から提出された線量との間に大きな違いがあることが分かった。厚生労働省は、線量の再評価の結果に基づき、2013年7月5日、東京電力と元請5社に対し、479人(19,346人の緊急作業従事者の2.5%)の労働者の内部線量の見直しを指導した再評価における主な課題は、次のとおりであった。

 

        摂取シナリオの選択

        摂取日の推定

        短半減期核種からの被ばくの評価

        内部測定の遅延により検出できなかったヨウ素131の推定

 

さらに、2014年1月、東京電力は、自社の9人の緊急作業従事者の内部線量が、2013年7月に行われた再評価において定められた標準手法以外の方法で評価されていることが分かった。厚生労働省は、東京電力と元請各社に対して、前回再評価された労働者を除いて、2011年3月から4月に緊急作業に従事した6,245人の全ての内部線量を再評価することを求めた。追加再評価においては、新たな課題の解決が求められた。

3.   除染と復旧作業

「除染講習会に2ヶ月で5000人 首都圏の建設業者ら 教育義務づけで」 [13] - 2011年3月、日本政府は、発電所の周辺において、除染作業を行うことを決めた。厚生労働省は、除染作業者の放射線防護のため、新たな規制を整える必要があった。既存の法令は、放射線源が発電所周辺の広範な範囲に散らばっている「現存被ばく状況」に対応していなかったためである。新たな規制は、放射線源が管理されている「計画被ばく状況」での放射線防護と同等以上であり、リスクに応じた適切な防護の基準を定めることを目指した。規制を実効あらしめるため、厚生労働省は、汚染地域における人的資源と供給に制約があることを考慮し、有効性が確認され、かつ、簡素化された方法を用いた。

2012年4月、日本政府は、従来の警戒区域を、空間線量率に応じて3つの区域に区分した。警戒区域の再編成に伴い、政府は、製造業、営農、病院・福祉の事業、小売業とそれらに関連する保守修繕、運送業務等の事業の再開を認めることにした。このため、厚生労働省では、これら業務に就く労働者の放射線防護のための規制が必要となった。規制の検討における論点は、次の2点に集約された。

 

         計画被ばく状況で設定された放射線防護の体系を、現存被ばく状況における建設業や農林業に適用すべきか

         作業内容の性質に応じ、規制をいかにして簡素化するか

 

 

環境省は、2013年度夏から、除染によって除去された汚染土壌と廃棄物の処分を本格化することにした。現状の規制は、大量の放射性廃棄物を取り扱うことは想定しておらず、厚生労働省は、処分業務に就く労働者の放射線防護のため、現行の規制である規則を改正しなければならなかった。この改正では、現存被ばく状況と計画被ばく状況が重なる区域に着目し、それぞれの状況に適用される二つの規則の間の区切りを設定した。

 

「「国が線量管理を」不安増す除染作業員」 [14]、「除染作業員 被ばく情報集約されず 環境省 業者に指示徹底なく」 [15] - 除染作業従事者の放射線防護のために新たに制定された規則は、事業者に対し、労働者の線量を測定し、記録し、それを保管するとともに、雇い入れ時以前の線量記録を確かめることを義務付けている。しかし、労働者が雇い入れ時の被ばく歴調査時に不正確な線量を申告した場合、累積線量が適切に管理されないおそれがあった。このため、除染作業の元請各社は、厚生労働省の支援のもと、中央線量登録制度を設立することを決めた。この制度は、201312月に運用を始め、2015年4月と7月に除染労働者の線量分布を公表した。

4.   将来のための活動

2012年に行われた緊急作業に従事した労働者の健康診断の結果によると、発電所を所管する富岡労働基準監督署における有所見率は4.21%であり、事故発生前の2010年の0.98%と比較して3.23ポイント上がっていた。厚生労働省は、2010年と2012年の記録は単純に比べられないとした。 2012年の結果を報告した事業場の70%は、2010年の結果を報告した事業場とは異なっていたからである。しかし、厚生労働省は、緊急作業従事者への放射線による健康影響について、包括的な疫学調査を行うことにした。厚生労働省の研究費補助金により研究班が組織され、2014年に先行調査を行い、2015年4月から全面的な調査を始めた。

2015年、日本政府は、今後の原子力緊急事態への備えを確かなものとするため、緊急時の放射線防護と医療・健康管理体制を検討した。緊急被ばく基準の検討にあたっては、国際的な指針との整合を図るとともに、緊急作業従事者の保護と、原子力事故を制御するための危機管理の迅速な実施との間のバランスをとる方法を見いだすことに最大限の努力を尽くした。主要国の緊急被ばく基準が幅広い範囲にばらついているという事実は、緊急被ばく限度を定めるには、社会的な合意が必要であることを示している。厚生労働省は、放射線の健康リスクに対する補償として、緊急作業従事者に生涯に渡る健康管理を提供することや、混乱と無秩序を防ぎ健康リスクの防護水準を向上させるための事前の備えを行うことにより、合意形成を図った。ここから得られた経験から、放射線被ばくの健康リスクの受入れには、科学的根拠だけでなく、利害関係者の幅広い合意が必要であることが明らかとなった。

注記

本書に収録されている各論文で掲載されている情報は、現在入手可能な最新情報とは必ずしも一致しない。これら情報は、それぞれの意思決定が行われた際に参照された、その当時の情報である。例えば、線量分布記録については繰り返し修正が行われているため、各論文で違いがある。

本書の情報開示の方針は、政府事故調査委員会のヒアリング記録の開示方針に準じている [16]。日本政府は、第三者の権利・利益や国の安全保障に係る部分を除いて記録を開示する方針をとった [17]。それら開示された記録では、次に掲げる不開示情報を除き、事故の状況の詳細が、設備・機器の名称を含めて全面的に開示されている [18]

 

         東京電力以外の請負企業の法人名

         民間企業社員の氏名

         課室長級より低い職位の行政官の氏名

 

本書と本書に掲載されている論文における見解や結論は、著者個人のものであり、厚生労働省の公式な見解とは必ずしも一致しない。

参照文献

1. 産経新聞. 東日本大震災 米メディア、原発作業員を賞賛 自己犠牲「50人」 最後の防御. 産経新聞. 2011317, ページ: 国際面.

2. 河内 敏康 , 関東 晋慈. 東日本大震災:東電2社員「被ばく最大659ミリシーベルト」推計 年間上限超え確実. 毎日新聞. 201164, ページ: 1.

3. 東京新聞. 被ばく結果待ち1400. 東京新聞. 2011614, ページ: 31.

4. 西川 , 米谷 陽一. 作業員69人所在不明. 朝日新聞. 2011621, ページ: 1.

5. 関東 晋慈, ほか. 福島第1原発事故 被ばく2作業員搬送 足に放射性物質 3号機. 毎日新聞. 2011325, ページ: 1.

6. 坪谷 英紀 , 高山 裕喜. 甘い想定 被曝拡大. 朝日新聞. 2011614, ページ: 2.

7. 東京新聞. 作業員の過労死初認定. 東京新聞. 2012225, ページ: 1.

8. 片山 夏子. 福島第一で作業衣死亡 周辺病院は閉鎖中 搬送63キロ先. 東京新聞. 2014329, ページ: 1.

9. 朝日新聞. 作業員の被曝量上限を引き上げ. 朝日新聞. 2011316, ページ: 1.

10. 東京新聞. 作業員被ばく緩和要請. 東京新聞. 2011728, ページ: 1.

11. 佐藤 , 藤森 千秋. 線量計に鉛板、被曝隠し. 朝日新聞 . 2012721, ページ: 1.

12. 大岩 ゆり. 作業員被曝 過小推計か. 朝日新聞. 20131012, ページ: 1(夕刊).

13. 中山 高志. 除染講習会に2ヶ月で5000. 東京新聞. 2012211, ページ: 1.

14. 片山 夏子 , 大野 孝志. 「国が線量管理を」. 東京新聞. 2013118, ページ: 29.

15. 関谷 俊介. 被ばく情報 集約されず. 毎日新聞. 201334, ページ: 1.

16. 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会. 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 最終報告書. (オンライン) 2012723. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/icanps/post-2.html.

17. 内閣府. 政府事故調査委員会ヒアリング記録. (オンライン) 201641. https://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/fu_koukai/fu_koukai_2.html.

18. 吉田 昌郎. 聴取結果書. (オンライン) 2011816. https://www8.cao.go.jp/genshiryoku_bousai/fu_koukai/pdf_2/051.pdf.

 


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