指輪の物語3
このページは指輪をめぐる半茶家に関する話について記してある。ここに辿り着いた君は、「指輪の物語」と「指輪の物語2」を読んでもいいし、読まなくてもいい。
(承前)結婚というものは銀製品のようなもので最初は光輝いているものだが、お互い努力して磨いていないとどんどん光を失っていくものだ。
以前述べたような成り行きで封印された半茶家の二つの結婚指輪は一つのキーホルダーにまとめられ、タンスの奥に封印されていた。
気がつくとああなんということでしょう。銀婚式が目の前に。
「無事これ名馬とは言うものの、このマンネリ感は何かしないといけないのじゃないかしら」と家内。
こちらから言わせれば、「いまさら何を言う」である。去年は帰宅時に玄関で花束をあげても、しばらく結婚記念日であるということを思い出さなかったではないか。だいたい銀婚式とかになると、子供が気を利かせてお膳立てしてくれるもんじゃないのか。残念ながら、さすが半茶の子等よ。気が利かないこと禿山の如し。全く動く気配なし。
「そうだ夫婦であることを再確認する意味で、二人で結婚指輪しましょう」 指輪の封印を解き試しにはめてみようとする二人。しかし年々歳々人同じからず。全く指に入りません。どうやらプラチナは時間の経過にしたがって縮むようである。触ってごらん、ウールかよ。
「これどうする」
「きまってるじゃない、指輪屋さんにいって広げてもらうのよ」
時はまさに台風襲来の前日、降りしきる雨のなか二人の旅はこうして始まったのであった。
一夜あけると暴風雨は去り台風一過の青空が広がっていた。我が家に帰り着いた半茶夫婦の顔に笑顔が戻る。しかし二人の左手に指輪の姿は見当たらない。おお、指輪よ!そなたの行方は?それを説明するためには時計を巻き戻し、話を日曜日にもどさなければならない。
かの日曜日、土砂降りの雨の中なるべく濡れないように、改札を出るとガード下やデパートやスーパーや関係ない商店の中を通過し、二人は古い時計屋に向かう。古い時計屋の掛け時計は一つを除いて全て止まっており、バラバラの時刻を示している。カウンターの上には古いぜんまい仕掛けの掛け時計の機械部分が置かれている。二つの黒く光るぜんまいが、ゆっくりと解けながら歯車をまわし小さい金属のハンマーが叩くものを探しながら空振りしている。
ハゲ散らかした老人がぜんまいから目を離しこちらを向く。
「お電話をいただいた指輪の件ですかな?」
妻はバッグから二つの指輪を取り出し
「結婚指輪なんですけど、指に入らなくなって」
老人はルーペを目に当てて指輪を眺めている。
「結婚指輪は長くはめていないと縮みますからな」
このじじい、いい加減なことを。
「洗濯石鹸でウールのセーターを洗うと縮みますな。それと同じで」
さらに調子に乗っている。
「では指輪の大きさを測ってみましょう」
老人は先が徐々に細くなっている金属棒に指輪を突っ込み棒に刻まれている数字をメモする。
「では次にあなた方の指の太さを測りましょう」
取り出したのはさまざまな太さの指輪が取り付けてある大きな金属の輪。
「あんたがたはきっと、どうやって指輪を大きくするか疑問に思っていることじゃろう」
指につまんだ指輪をこちらに向ける。
「この指輪の内側をよく見てみるがよい。一箇所だけポツンと色が変わっているとろがあるのがわかるか?」
言われてみると銀色の指輪の内側にかすかに金色の点があるようなないような。
「これは指輪の秘孔じゃ。これを適切な金属でできた針を選び適切な順番で押すと」
「押すと?」
そのときバラバラの時刻だった時計屋の無数の時計の長針が一斉に十二を指し、けたたましく時刻を告げ始める。
ぼーん、ぼーん。ちゃんちゃららんらんちゃららららんらん。ごーん、ごーん。けかかかかかかかか、けかかかかかか。ぽーん。ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。〜時ちょうどです。ちょうどです。おきなさーい、アサですよ。ぽんぽんぽんぽん、ぽんぽんぽんぽん、どーん、どーん。ぼーん、ぼーん。ちゃんちゃららんらんちゃららららんらん。ごーん、ごーん。けかかかかかかかか、けかかかかかか。ぽーん。ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。〜時ちょうどです。ちょうどです。おきなさーい、アサですよ。ぽんぽんぽんぽん、ぽんぽんぽんぽん、どーん、どーん。
恐ろしくなった二人は這々の体で時計屋から逃げ出しました。(まさか、あの老人の正体が……)。指輪を人質に取られた二人は、指輪奪還のために、また時計屋に赴くことになるのですが、それはまた別の話になります。
(終 わ り)
別の話
サイズが小さくなってしまった指輪は、叩いて伸ばすか、いったん切って同じ材質の金属でつないで大きくするのでございます。叩いて伸ばすと刻印とかデザインが台無しになってしまいますので、当店では切ってつなぐ方法をとっております。奥様の方はそれほどでもないようですが、旦那さんの方はずいぶんと恰幅がよくなってしまったようで三サイズほど広げねばなりません。その分の費用がかさみますがよろしいでしょうか、あぁありがとうございます。では指輪をお預かりして二週間ほどいただけますか。腕のいい職人さんは少なくなってしまって仕事が集中しているのでお時間がかかります。火山の「滅びの亀裂」に放りこむことにいたしますかな。いや、冗談でございますよ。で、旦那さんはいつごろ中つ国を旅だちますのかな。
その他の話
戻ってきた指輪はじっくりと見ないとつなぎ目がわからない職人技でサイズが修正されていました。ひさしぶりに指につけてみるとなんだか気恥ずかしく、かといって新婚当初の初々しい気持ちが戻ってくるはずもなく、なんだか妙なこころもちでした。指輪が戻ってきたことで安心して、肝心の結婚記念日に花束を送るとか記念品を買うとかケーキを食べるなどのイベントをすっかり忘れてしまっていた粗忽者の夫婦なのでした。