指輪の物語      

57. 指輪の物語 031108


序章

この雑文は、主として半茶夫妻のことを語っている。それでこれをお読みになれば、半茶家の特質があらかた納得されようし、またその歴史も多少お分かりになることと思う。

一 待ちに待った結婚祝
半茶が、近く結婚すると発表したもので、親戚・友人は大騒ぎ、噂はそれで持ちきりでした。さて、結婚するに当たっていわゆる結婚指輪を買わなければいけないという話となりました。そういうものにあまりこだわらない二人でしたが、そこはそれ世間の目というものがあるのです。披露宴もやめようと思ったのですが、親に泣かれてはしかたありません。このように世間のしきたりというものは強固なものであります。結婚指輪も例外ではありません。というわけで適当に店に飛び込んでいくつか指輪をみせてもらい、適当にシンプルな指輪を選びました。プラチナというとスカシテしますが日本語で白金。白金カイロか指輪くらいにしか用途が思いつきません。これまた適当にサイズを合わせて裏にお互いのイニシャルを彫ってもらいました。家に帰って指にはめてみましたが、なにしろ半茶が指輪をするのは初めてでしたのでなにか落ち着かない。つい、出て来いシャザーンなどとつぶやいてしまいます。二人は指輪をはずしてしみじみと眺めてみました。これが二人を家庭に縛り付ける重い足かせの象徴なのだなあなどと感慨にふけっておりますと、おお、なんということでしょう。裏に彫ってあるイニシャルが間違っているのではないか。驚いた二人は指輪屋さんに戻り、正しいイニシャルを彫りなおしてもらいました。新しい人生の門出を記念する指輪が最初からこういう具合では、先が思いやられるというものです。それにしても彫りなおしって15分くらいでできるのね。消した跡もよくわからないし、指輪修正技術者のスキルは侮りがたし、である。きっと、指輪修正技術三級くらいの資格は持っている事であろう。

二 過去の影
人の噂は、九日どころか、九十九日たってもやみませんでした。結婚するにあたって過去の清算をしなければならない、と思ったのですが、清算すべき過去もないのでのんきな二人でした。さてつつがなく結婚式も新婚旅行も終わり、半茶は指輪を伴い、普段の生活に戻りました。そこで困ったのは石鹸で手を洗うと、おお、指輪と指の間に石鹸が残ってしまうではないか。放置しておくと指がかぶれてしまう。みなさんはどうなさっているのか。そしてさらに、当時の半茶は仕事で放射性物質や発癌性物質や酸やらアルカリやらを扱っておりました。危ないので作業中は指輪を外しておりましたが、外したりつけたりすると、粗忽な半茶のことですから、きっとなくしてしまうに違いない。そう考えた半茶は、しかし身につけておかない訳にはいかないので、キーホルダーにつけていつもポケットに入れておりました。

三 三人寄れば
知らなかったとは言え、プラチナって金属の割には柔らかいのね。ある日、キーホルダーに取り付けた指輪をポケットから取り出して、半茶は愕然としました。ポケットに入れているうちにどうやら押されて歪んだらしく、指輪が三角形になっておりました。妻に見つからないうちに修正しなければ……とおもい、一生懸命直そうとしましたが指輪修正技術者資格を持っていない悲しさ、新円には戻ってくれませんでした。どうしよう。

四 茸畑への近道
ということで、隠しとおすことが無理だと観念した半茶は妻の人に恐る恐る申し出ました。妻の人は非常に立腹した様子でしたが、この人には言ってもしょうがないと諦めたようで特にお咎めも無くすみました。しかし、あなたに持たせると碌なことがない、結婚指輪は私が預かるわ、と取り上げられてしまいました。おお、妻よ、これでは結婚指輪の意味がないではないか。

五 正体をあらわした陰謀
波乱の幕開けで始まった結婚生活は、その後特に波乱も冒険もなく平和に過ぎていきました。妻の人が妊娠の影響で指がむくんでしまったので、とうとう彼女も指輪を外してしまいました。というわけで半茶夫婦の二つの指輪は、仲良く同じキーホルダーに繋がれて引き出しの中に収められています。めでたしめでたし。なあ、妻よ。私は今では危険物を扱う仕事ではないし、妻もむくみが取れたことだし、そろそろ指輪をしてもいいんじゃないかなあ。いいじゃんべつにしなくても。結婚指輪のことであれこれ言うなら、ま ず 婚 約 指 輪 ち ょ う だ い よ 。まだもらってないわよ。いや、僕達は結婚したけど婚約しなかったからさあ。そんなの理屈になっていません。さあ、どうするの。あ、別に指輪しなくてもいいです。……指輪をめぐる冒険はまだまだ先が長いようである。(一巻上 終了)


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