指輪の物語2      

64. 指輪の物語2 041213


これまでのあらすじ

先の雑文は、主として半茶夫妻のことを語っていた。お読みになられた方においては、半茶家の特質があらかた納得されようし、またその歴史も多少お分かりになったことと思う。半茶家は、二人を結びつける強大な魔力を秘めた「二つの指輪」を封印し、箪笥の奥にしまい込んだ。
この第二部に述べるところは、半茶家の家族が次第に増殖して、その際に半茶が行き当たった難儀と、最後に大暗黒の到来となり、その詳細は第三部にわたる。

一 さて、妻が出産のため里帰りしたため、半茶はつかのまの自由を謳歌しておりました。ここで遊び回っていれば面白い雑文が書けるのでしょうが、なにせ希代の面倒くさがりやの半茶のことですから何もしないうちに出産予定日が刻一刻と迫って参りました。ある晩11時を回った頃でしょうか、妻の実家に住んでいるところの妻の母、簡単にいうならば義理の母から電話がかかってまいりました。
「陣痛が始まったので入院しました。」
ああ、なんということでしょう。妻の一大事に駆けつけたくてもここから妻の実家までジャンボジェットで一時間半、新幹線なら半日、徒歩なら一ヶ月掛かってしまいます。妻とまだ産まれぬ我が子の無事を祈る事しか出来ません。ああ、しかしなんということでしょう。二時間経っても三時間経っても産まれたとの連絡は入りません。結局まんじりともせずに待ったあげく、無事に産まれたとの連絡が入ったのは朝の5時半でした。半茶への連絡を終えて、義理の母は妻にこう告げました。
「半茶君は、寝てたみたいよ。」

二 さて、またしても妻が出産のため里帰りしたため、半茶はつかのまの自由を謳歌しておりました。ここで遊び回っていれば面白い雑文が書けるのでしょうが、なにせ希代の面倒くさがりやの半茶のことですから何もしないうちに出産予定日が刻一刻と迫って参りました。今回は、前回の徹を再び踏むことがないように早めに休暇を取り出産に備えました。おお、陣痛だ。急げ急げ。いとしい妻の手をとって産院に向かいます。どうも陣痛は始まったものの、お子は、なかなか降りて来てくださらないようで、陣痛だけが続きます。旦那としてはどうしようもないので妻の手をとって励まします。すると痛みに耐えかねた妻が、半茶の手を思いっきり握り締めます。結構痛いんですけど、という言葉をぐっと我慢し、なにしろ妻はもっと痛いのだから、頑張れ頑張れと励まします。すると妻は手を思いっきり握り締めただけでは飽き足らず、手首の関節を捻ります。結構痛いんですけど、という言葉をぐっと我慢し、なにしろ妻はもっと痛いのだから、頑張れ頑張れと励まします。半茶の両手首の関節が次々にきめられ、次は腕ひしぎ逆十字に移行しようかという頃、看護婦さんがこう告げました。
「はい、そろそろ分娩室に移動しますので、旦那さんは廊下に出て行ってください。」
仕方無しに廊下に出ますと、なにしろ小さな病院なものですから他に出産待ちの旦那さんもいない。一人ぼっちで待っていると、無常にも消灯時間ということで廊下の電気が消されてしまう。非常口を示す明かりだけを頼りにじっと待つ半茶でありました。結局まんじりともせずに待ったあげく、無事に産まれたとお医者さんが告げにきたのは夜中の3時半でありました。半茶への連絡を終えて、お医者さんは妻にこう告げました。
「旦那さん、寝てたよ。」

三 さて、里帰りしても誰も面倒を見てくれないということを学習した妻は、こんどは実家に帰らずに出産することにいたしました。半茶も頼りにならないということが身にしみたため天涯孤独の出産です。夜の10時頃陣痛が始まりました。
「じゃあ、陣痛が始まったから行ってくるわ。」
なんか、ハードボイルドです。残された半茶は、幼い二人の子供の世話のため、つかのまの自由を謳歌するわけにもいきません。子供を寝かしつけて電話を待ってみますが、なかなか連絡が来ません。夜中なので駆けつけるわけにもいかず、結局まんじりともせずに待ったあげく、無事に産まれたと看護婦さんから連絡が入ったのは朝の5時半でありました。半茶への連絡を終えて、看護婦さんは妻にこう告げました。
「旦那さん、寝てたみたいよ。」

四 ああ、なんということでしょう。不可抗力とはいえ、三回の出産のそのすべてにおいてグウスカ寝て過ごしてしまったとは。どんな理不尽な文句を言われても、これでは逆らえません。
「私が痛くて死にそうなときに、あなたは寝ていた。」
と、こういわれてはグウの音も出ません。
「しかも三回とも。」

五 「僕が起きてたって、別に君の出産には役立たないのではないか?」
「実際のところ、半茶が寝てたって、無事出産したんじゃないか?」
半茶は、この二つの問いを投げかけてみたくもあるのですが、まあ実際のところ申し訳ない気がするので、半茶は反論することもせず、ただただ申し訳ない顔をするのみであった。(二巻 「二つの問う」終了)


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