平成23年07月5〜7日
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上行講の被災地復旧活動
今回4度目の宮城入り。十人の会員と共に、久円寺様を拠点に活動した。
4トンダンプ二台と2トンダンプ、これにユンボ2機を積み、一路久円寺へ。今回は檀徒の敷地にあるヘドロ撤去の復旧活動にあたった。
晴天に恵まれたので作業は進んだが、全員真っ赤に日焼けした。その夜は、流失した店を、場所を変え仮設で構えた料理店で店主等と談笑し、復興を誓った。
石巻から岩沼へ
ここには、日蓮宗觀音教会があったが、流失。お題目を唱え、その惨状を伺った。
散乱する仏具や塔婆、アルバムなどを積み上げ合掌。
後ろ髪を引かれる思いで、我々は被災地を後にした。
まだまだ、上行講は支援活動を続ける所存である。
平成23年05月16〜17日
上行講(佐渡島日蓮聖人大銅像護持会)が本拠地の新潟に集合
いざ、宮城県石巻へ…。
ダンプ3台とユンボ二機を携えて「復興支援活動」を開始!
住吉小学校の瓦礫とヘドロの撤収作業を行った。
至る所がまだまだ片づいていない状況の被災地
山積みされたヘドロをまずは撤収へ。ダンプに次々に積み込む状況。
許可書を持って、処理場へ向かった。(大渋滞)
道中、目を覆うような事実を目にする上行講の会員達。辻辻で自衛隊の方が誘導されていた。
二つあった堆肥の山がだんだん小さくなっていく。
それでも時間との戦い! 捨て場が午後5時に閉鎖するため焦りが出始める会員等。
ダンプの小さいことがネックとなった。(次回はせめて4トンで)
まだ行方不明者を捜される自衛隊員の尊い姿が至る所にあった。
最後のゴミを運び出し、自動車の撤去も終え、なんとか終了。
作業を終え、職員室へご挨拶。
花火、鉛筆、消しゴムそしてお菓子(博多産)を差し入れさせて頂いた。小学校の先生方と記念撮影。また来ます!と別れを惜しんだ。
今回も久円寺様にお世話になりました。夜中に起こしてしまったことなど申し訳なく思っています。作業後、奥様がご馳走して下さった
うどんが本当に美味しかったです。またオニギリまでお土産に作って頂き、みんな道中車内で戴きました。これも格別でした。
食事抜きでの作業。私達の体調も不安定でしたが、生き返った感じでした。でも被災の方々、避難所生活の方々に比べれば贅沢な話ですね。
また、上行講は行きます。犠牲者を弔う気持ちをもって、また行かせて頂きます!
前進しましょう!前へ、一歩一歩…。前へ!
佐野前延
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平成23年04月21日
宮城県石巻市での復興支援と犠牲者追悼法要
日蓮宗の宗会議員と共に、被災地に復興支援活動に参りました。
全員作業着にて、「私達に今できることを考える…心のケア」を求めて一路バス、作業車、ワゴンに分乗し被災地を目指しました。
身元不明の犠牲者が葬られている土葬の広場にて、600本の菊の花を手向け、10000本のお線香を焚き読経致しました。
犠牲者追悼の御旗のみを立てさせて戴き、一心にお参りする宗会議員
身元不明者のご遺骨安置所にもお参りさせて頂きました。
日和山公園にて再度 読経 唱題させて頂きました。
この行動は、もしかすると受け入れられるものではない行為だったのかもしれません。しかし、僧侶として何が出来るかを思うとき、
合掌し、お祈りするしかありませんでした。とにかく、議員等はその衝動を抑える訳にはいかなかったのです。
心より、犠牲者の方々の成佛を念じ、合掌の誠を捧げます。
本佛寺山首 佐野前延 拝
復興支援に使用したダンプとバックホー
平成23年04月12日(三回目)
神酒供養法要
東日本大地震犠牲者諸精靈供養
西日本新聞掲載記事(4月13日)
三度目でも100本を川流し。ここから届いて欲しい。その思いで、また、今回も御供養を致しました。
私達弟子で読経させて戴き、お題目を唱えながらお酒を流しました。
すべて永遠様に供えられ御経が詰められた一升瓶です。お焼香をし、お線香を沢山焚きました。
どうぞ、多くの犠牲者が安らかにお休みになられますように!
合掌 弟子一同
平成23年04月02日(二回目)
東日本大震災犠牲者諸精霊供養
遠く離れた土地からでも供養をしたい気持ちは誰も同じでしょう。本佛寺では、3・7日忌に筑後川に清酒を流しました。
最も読経された守護神堂のお供え。この清酒を200本おろし、ケースに詰め込み、筑後川に向かいました。
毎日、寿量品が転読される永遠堂、まさに御経の染みついたお酒が揃いました。
筑後川へ…
私達、弟子一同でお参りをさせて戴きました。
そして、お題目をお唱えしながら、犠牲者の精霊に向けて沢山の神酒を流しました。
お線香を焚き、穏やかな川の畔で御回向をさせて頂きました。犠牲になられた方々、心よりご冥福をお祈り致します。
平成23年4月2日福岡県うきは市の記録です。
弟子一同
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