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D&G(ドゥルーズ&ガタリ)研究会は,早稲田近辺で開催する読書会を活動の中心とした,てんでんばらばらの参加者による,自由気ままな集まりです。

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G. ドゥルーズ&F. ガタリ『千のプラトー』読書会

『千のプラトー』解題へ

13. BC7000年――捕獲装置: pp.500~

報告: 2005/10/06

秋になり新学期になりますので,この会もいろいろと人の出入りがあり,少し寂しくなりそうですね。実際,蛭田さんはこれでまたイギリスに帰られ,大田さんの留学も間近,秋山さんも教鞭に。ここのところずっと参加者が二桁を越えていましたが,今回は比較的少なく,7人で行われました(それでも十分多いですが)。昔に倣って参加者を記しておけば,おおしか,大田,清水,林,真鍋,村山,そして大久保でした(敬称略)。大田さんは留学前の最後の参加となりました。大田さん,ドイツ便り,楽しみにしています。みなさんお忙しくなるとは思いますが,時間の都合がつくかぎりどうぞご参加ください。

さて,内容は,国家装置がいわば論理的に導き出された後,林さんの範囲でいよいよこの概念を使ってさまざまな国家の類型化がされていきます。具体的な話が多いので,今までよりも親しみやすいのではないかと思います。僕はここを読み始めたら面白くて一気に読んでしまいました。みなさんにとっても面白いとよいのですが。

命題12「捕獲」

この僕の担当範囲では,テクストの流れに従って,他のプラトーやマルクスの著作を下敷きにしながら,僕の方からさまざまに解説を加えるといったかたちになりました。

その際,マルクスの『資本論』の大ざっぱな枠組みについて,具体的には剰余価値やいわゆる「利潤率の傾向的低下の法則」(労働者階級の窮乏化と過剰生産)について,さらにはそこからローザ・ルクセンブルクの『資本蓄積論』の話など,長々とお話しました。おそらく厳密さには欠けていたと思うので,話半分で聞いていただいた方がよかったとは思います。

このあたりの概念の道具立ては,どちらかというと『アンチ・オイディプス』で使われていたものですが,『千のプラトー』でも暗に前提されているように思います。

『アンチ・オイディプス』での資本主義の叙述については,この読書会の前身である『アンチ・オイディプス』読書会のレジュメ(特に第三章後半)が参考になるかもしれません。

命題13「国家とその形態」

林さんの担当された3「国家とその形態」では,すべてを公的なものとする古代専制国家から,封建制のように私有財産が認められる国家形態への変化が,脱コード化の運動として説明されていました。しかし,これは必ずしも自由度が高まる変化とはいえず,この変化には主体化のプロセス(アルチュセールの言うような?)が伴うわけですが。

議論では,コード化・超コード化・脱コード化というD&Gのキータームが改めて問題となりました。

最近ようやく僕はこの三つ組み概念を自分なりに自信を持って(?)応用できるようになってきたのですが,詳しくは,次回引き続き林さんが担当される範囲でもう一度コード化と公理系の違いが短く論じられるので,そのときに議論したいと思います。

amazon精神と自然

ちなみに,D&Gのいう「コード」についてより具体的なイメージをつかみたい方にはこちらをどうぞ。

どちらかというと理系寄りの本です。ちょっと話がデカすぎる感もありますが,面白い本です。興味のある方はぜひ。 ――大久保

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