被爆60年・戦後60年をふりかえって
—日本・アジア・世界のこれまで・これから─ Page.4 レジュメページ
2006.07.07
● 参考資料:レジュメ
Ⅰ 国際情勢認識のあり方
1.2006年にかけて国際情勢
- (1)最大の不確定要因としてのブッシュ政権
- −ブッシュ政権の命運を握るイラク情勢
- −かげりを増すネオコンの影響力
- −2006年の中間選挙
- −「死に体」・ブッシュ政権で国際政局はどうなるか
- (2)核にかかわる問題
- −NPT再検討会議の行方
- −6カ国協議の行方
- −イランの核開発問題
- −台湾問題と中国の核戦力増強
- −「死に体」・ブッシュ政権でアメリカの核政策はどうなるか
2.21世紀国際社会の展望
- (参考)拙文「戦後60年における国際情勢認識への視点」
- (1)20世紀国際社会の成果
- −人間の尊厳・基本的人権・民主主義という普遍的価値の国際的確立
- −民主的国際関係(国連憲章)
- −戦争及び核兵器使用の違法化
- −相互依存
- (2)20世紀国際社会が生み出した課題
- −地球環境問題
- −新自由主義・グローバリゼーション
- (3)21世紀国際社会の展望
- −「個人を国家の上に置く」国家観に基礎を置く国際関係の民主化
- −「力によらない」平和観(脱権力政治)に基づく国際関係の構築
Ⅱ 核兵器廃絶の展望
1.広島・長崎を人類共通の「負の遺産」とするための条件について
- (1)広島・長崎が持つ普遍的要素:人類共通の「負の遺産」とするための客観的条件
- −二つの普遍性
- *大量無差別殺戮:今日なお世界各地で起こるジェノサイドとの共通性
- *被ばく:チェルノブイリ、ネヴァダ、セミパラチンスク、マーシャル群島、劣化ウラン弾との共通性
- −一つの特殊性:二つの普遍性を一身に背負った広島・長崎
- (2)広島・長崎が人類共通の「負の遺産」となるために実現しなければならないこと
- −ホロコーストとの比較から見えてくること
- *国を挙げての取り組みが不可欠であること
- **ホロコーストに対して国を挙げて取り組んでいるドイツ
- **「唯一の被爆国」を言いながら、アメリカの核抑止力に依存する政策をとり、「究極的核廃絶」しか言わない日本
- *関係諸国との共通認識を作り上げることの重要性
- **近隣諸国と歴史認識の共有に正面から取り組んできたドイツ
- **日本にとっての課題
- <対アメリカ:核兵器肯定論の克服>
- 広島・長崎への原爆投下を正当化する主張の誤りを明らかにすること
- 核兵器の反人道性(*1)・核兵器使用の国際法違反性 (*2)に関する共通認識の確立
- (*1)国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見(1996年)
- (*2)①軍事目標主義(1977年ジュネーヴ条約第1追加議定書:無差別攻撃の無条件禁止)
②不必要な苦痛を与える兵器の禁止
- (上記ICJ勧告的意見参照)
- <対アジア:広島・長崎に関する共通の認識の形成>
- 侵略戦争・植民地支配(加害)に起因する対米戦争の結果としての広島・長崎という歴史を直視し、承認すること
- その直視・承認の基礎の上に立った核兵器の反人道性・国際法違反性に関する認識の共有を図る努力をすること
- 鄯 韓国:韓国人被爆者問題への注目から進んでいる対原爆観の見直し
- 鄱 中国:核兵器保有国のなかでは唯一、核廃絶の可能性に言及する柔軟性をもっていること(先制不使用、純自衛目的、全面的核廃絶が中国の核戦略の特徴)
- −「従軍慰安婦」問題との比較から得られる視点
- *「従軍慰安婦」問題
- **国際社会:人間の尊厳という普遍的価値・判断基準に基づく明確な「犯罪」としての結論
- **日本社会:人間の尊厳という普遍的価値・判断基準がいまだに根を下ろしていないことが、日本の責任を承認しない勢力に乗じる隙を与えている実態
- *核廃絶問題
- **国際社会:人間の尊厳を唯一の基準にして判断をすることを妨げる「国家の自衛権」という立場からの主張(例:上記ICJの勧告的意見)
- **日本社会:被爆者問題に対しても、他の戦争被害者に対して適用される国民としての「受忍」義務が当然に適用されるとした(国家の戦争責任を否定する考え方)上で、放射線に被ばくした者を特別に「救済」するという発想に立った取り扱いにしかなっていない現実
2.核廃絶を目指す立場にとっての課題
- (1)戦争禁止という展望のなかで核廃絶問題を位置づけるという課題
- −戦争を禁止するという枠組みの中での核廃絶
- *「力による」平和観の立場からも「核廃絶」「核不要」の主張がある現実
- *「力によらない」平和観の立場からの積極的な論点整理が求められていること
- −地球的規模の諸問題と取り組む運動との連帯
- *広範な世論を巻き起こすことによってのみ、いずれの運動も展望を切り開くことができるのではないかという問題意識
- *核兵器は地球環境の深刻な破壊をもたらす重大な脅威でもある事実という接点
- (2)「核時代」の安全保障のあり方を指し示す平和憲法を前面に押し出すという課題
- −1946年3月27日の幣原喜重郎の発言
- (参考)丸山眞男「憲法第9条をめぐる若干の考察」(1965年5月)
「斯の如き憲法の規定(浅井注:第9条)は、現在世界各国いずれの憲法にもその例を見ないのでありまして、今尚原子爆弾その他強力なる武器に関する研究が依然続行せられておる今日において、戦争を放棄するということは、夢の理想であると考える人があるかもしれませぬ。併し、将来学術の進歩発達によりまして、原子爆弾の幾十倍、幾百倍にも当る、破壊的新兵器の発見せられないことを何人が保障することができましょう。若し左様なものが発見せられたる暁におきましては、…短時間に交戦国の大小都市は悉く灰燼に帰し、数百万の住民は一朝皆殺しになることも想像せられます。今日われわれは戦争放棄の宣言を掲ぐる大旆(だいはい)を翳(かざ)して、国際政局の広漠たる野原を単独に進み行くのでありますけれども、世界は早晩、戦争の惨禍に目を覚し、結局私共と同じ旗を翳して、遥か後方に踵いて来る時代が現れるでありましょう」
(丸山眞男コメント)「熱核兵器時代における第9条の新しい意味を予見し、むしろ国際社会におけるヴァンガードの使命を日本に託したもの」
- −私が広島平和研究所主催のシンポジウムでお話ししたこと
- (参照)拙文「広島の課題−核廃絶と平和憲法を結びつける発想を−」
- *原爆投下を招いたことに関する昭和天皇の責任の問題
- *平和憲法は広島・長崎の代償の上に成立している重みを実感することの重要性
- *核廃絶運動が平和憲法を守りきる決意を我がものにすることの重要性
Ⅲ 被爆60年の日本・日本人について改めて考えること
1.戦争責任問題
- (1)ドイツと日本の違い
- −4カ国占領と単独占領の違い
- −最高指導者の戦争責任に対する問い方の違い
- −戦後指導者における過去との断絶の有無
- −60年代(後半)以後、における戦争責任に対する向き合い方の違い
- (2)違いの歴史的蓄積の重み
- −戦争責任問題に向かい合えない日本
- *原爆投下に関する天皇の責任問題(前述)
- *「受忍」義務で押し切られる国民の「弱さ」
- *アジア諸国民からの損害賠償要求に対して誠意を持った対応ができない日本
- −戦争責任そのものを否定する動きの顕在化
- *小泉首相の靖国参拝
- *歴史教科書問題
- *憲法改悪の動き
2.丸山真男の所説から学ぶこと
- −普遍の意識の欠如:客観的判断基準(モノサシ)がないということ
- −既成事実への屈服:「現実」に関する受け身的受け止め方
- −「他者感覚」の欠落:人間の尊厳・基本的人権に関する意識が根を下ろしていない日本社会の病理
3.「天動説」的国際観の日本・日本人
- −「天動説」的国際観と「地動説」的国際観の違い
- −何故日本人は「天動説」なのか
- *対天皇忠誠が対アメリカ忠誠に変わっただけの戦後日本
- *同じく天動説・アメリカに引っ張られる国際観
- *はびこるアジア蔑視
- −強く感じる「地動説」的国際観を身につける必要性
- *人類の歴史が前進することに対する確信を持つことが可能となること
- *人類の歴史は人民大衆が作り出してきたことに対する確信を持つことも可能になること
- *現実の国際社会における世論の果たす役割の大きさについて確信を持つことが可能となること
- *以上の確信を持つことができるようになれば、日々の取り組みに対する確信を持つことも可能になること
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