天元台より西吾妻、若女平

 たおやかな起伏を見せる吾妻連峰。雪質も良く、美しい樹氷原の滑降が楽しめた山だった。そして下山後の冷え切った体を温めた白布温泉の気持ちよさは生涯忘れられないだろう。そして我々の車に起こったデリケートなトラブルのことも。


日時  平成6年12月27日(火)〜28日(水)

行先  天元台より西吾妻、若女平

日程と記録

27日

 白布温泉の西吾妻スカイバレーのゲート付近に車をデポし、天元台ロープウェイに乗るが、10時頃到着したスキー場はガスに包まれており、レストハウスでしばらく様子を見る。

 霧がはれ、薄日が差し始めたので、山中で日が暮れることも覚悟で入山する。2時30分頃、リフト最上部からシール登行。積雪は深めで、フカフカの粉雪だ。下界には雲海が降りている。

  

 中大顛の途中から西吾妻方面を望むが、滑らかな曲面にモンスターが行儀良く並んでいて、目の粗い白いセーターのようだ。それが乳房のように盛り上がっていて、僕たちはその一方のふくらみからもう一方を見ている・・・そんな印象だ。シールを付けたまま谷間に滑降し、また登る。雪はフカフカのパウダーだ。

 

 西吾妻のピークはどこかはっきりとはわからなかったが、最高点付近を踏む。今まさに真っ赤な夕日が沈もうとしており、雪がピンクに染まっている。気温はどんどん下がっているのを感じる。下方に小屋が見えたのでその側を通過するように滑降を開始した。

   

 たちまち小屋を過ぎ、北西の尾根にルート取って、モンスター帯の滑降に入った。若女平はその下の方だ。しかし途中で日が暮れてしまい、高度1600m付近でビバークということになった。

 

28日

 シュラフのない夜を、シュラフカバーとレスキューシートで過ごしたが、3時30分頃には寒さで目が覚めて、汁粉を作って体を温める。

 ツェルトにはサラサラという降雪の当たる音がしている。風はなく穏やかな朝だが、あたりはガスに包まれていた。ツェルトを撤収すると7時過ぎに若女平に向けて滑降を開始。このあたりも深い粉雪で気持ちがいい。

 段々雪質が重くなって、やがて傾斜が緩くなると、そこが若女平かと思われた。慎重に滑るべき方位を定める。

 平を過ぎると急傾斜の滑降が待っていた。ここは痩せ尾根のうえ、湿ったモナカ気味のいやな雪質で、横滑りさえ難しく、階段下降するなどの苦労を強いられる。降りたところからは右手の尾根に天元台スキー場が眺められた。間の谷には薄い霧が流れている。尾根を忠実にたどり、最後の滑降で飛び出したところが西吾妻スカイバレー入口の標識のあるところで、車のデポ地点はすぐ近くだった。荷物を置いて車を取りに行く。

 パートナーが車を荷物に寄せようとバックさせていると、突然ゴンという異様な音がした。だが別に何かに当たったわけでもなさそうだ。彼はしばらくエンジンを噴かしたり変速レバーを触ったりしていたが、サイドブレーキを引くと、不安そうな面もちで降りてきた。どうやらギアが壊れたらしいのだ。ローでの発進とバックが出来なくなってしまったらしい。以前にもこういうことがあったという。バックが出来なければ方向転換が出来ないし、縦列駐車や微妙なコントロールが困難になる。駐車した場所によっては再発進できなくなってしまう可能性もある。一大事である。

 とりあえず山の身支度を解いてスキーとザックその他を車に積み込み、すぐ近くの白布温泉に移動したが、早速駐車場所と方向の選定に神経を使った。

 我々が白布温泉で入浴したのは西屋だったか、中家だったか記憶が定かでないが、藁葺き屋根の外観に相応しい木造の浴室だった。床には黒い石が使ってあり、全体の基調が黒で暖かく、先程までの真っ白で冷たい世界との鮮やかな対比を感じていた。掛かり湯をすると冷え切った体に湯がしみ込んでくるようだ。僕はゆっくりと黒い湯船に漬かりながら、湯気が朝日を受けて複雑な陰影を作りながら天井の湯気抜きへと登ってゆく様子を見ていた。最高の快楽だ。これほど幸せなこともそうないだろう。登山の疲ればかりでなく、日頃の垢がすべて洗い流されるような気がした。


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