西穂高岳登頂とお花畑からの滑降

 まだ雪山初心者だった10数年前に独標まで往復して以来、いつか登りたいと思っていた西穂に、急遽登ることにした。雪不足の年末だが、穂高ならそこそこの雪が楽しめるのではないかという期待と、登頂目的の登山であればスキーがあまり使えなくても納得出来るのではないかと思ったこと、また逆にロープウェイの下が山岳スキー場なので、ある程度スキー持参が無駄にはならないだろうという思惑があったのだ。


日 時 平成10年12月28日(月)〜29日(火)

12月28日(月)

 8:00 新穂高ロープウェイ乗り場 8:20--- 9:10 西穂高口 --- 10:30 西穂山荘 11:00 --- 12:30 独標 12:40 --- 14:20 西穂高岳 14:40 --- 16:00 独標 --- 17:00 西穂山荘

 一夜を明かした車の中で目を覚ます。霜の輝くガラス越しに青空が見えた。昨日に引き続き好天に恵まれたようだ。カップラーメンを食べて車を降りた。歩き出すと昨日の疲れが少し残っていることに気がつく。また風邪で喉が痛い。

 8時丁度にロープウェイ乗り場に着き、始発便に乗ることが出来た。空気はとても澄んでおり、車中そして終点の西穂高口からは槍穂、焼岳、乗鞍、笠抜戸連峰そして裏銀座の山々が眩しく輝くのが一堂に見渡せた。雪の量はまずまずか。トレイルはしっかりしており、よく踏まれた乾雪は兼用靴の下でキュッキュッと気持ちのよい音をたてた。この様子ならツボ脚の方が早いだろう。スキーは重いが担ぎとしよう。

 それにしてもスキー持参の登山者は全くいない。一人だけ西穂高口にスキーをデポした登山者は見かけたが、そこから上へ担ぎ上げようなどという酔狂なことは考えなかったらしい。すれ違う下山者に上部の様子を聞きながら登るが、「雪、もう少しあればいいですね」と言う返事に、なんとかスキーは可能との感触を得る。しばらく小刻みな登下降を繰り返したが、やがて登り一方になると下りのことを考えて心が躍ってきた。雪の質も量も悪くない。

 小屋に着いたとき、先着していた新聞記者の写真のモデルとして、丁度一緒に歩いていたカップルとにわかパーティーにさせられてしまい。あとで3人で苦笑いをした。

 小屋の前の眩しく暖かな雪の庭でコンビニの焼き肉弁当を食べてしばらくくつろいだが、時間に追われるように独標に向かう。そんなに重くない荷物は全部担いで行くことにしたが、スキーやビデオカメラなどが徐々に負担になって喘ぎかけた頃、やっとお花畑にたどり着き、ここをスキーデポ地点とした。スキーとストックを這松の枯木にシュリンゲで結わえ付ける。兼用靴にアイゼンを装着。シモンのマカルーというワンタッチアイゼンだが、以前使っていたタニアイゼンと比べると若干歯が長めだ。今回初めて使用するのでこれが実は不安要素である。ピッケル代わりに短いアイスバイルを持つ。

 独標に立ったとき6・7人の登山者が居た。ここまでまずまずの時間で来ているので、この調子なら夕暮れまでに小屋まで戻ってこられるだろう。ただ、これから向かう西穂方面の稜線を観察するが、結構険しく見えるので内心ビビッてしまう。モノの本によるとこのルートは必ずしもザイルの必要なルートではなさそうなのだが、今回は単独なので、いざというときの確保とレスキューなどに関する不安がよぎった。しばらく下降点を見下ろして思案していたが、他のパーティーが腰を上げてそちらに向かいかけたので、これ幸いとしばらく時間をおいて後に続いた。

 実際にルートをたどってみると、高度感のある下降も、案じたほど難しいところはなく、ピラミッドピークに向かういくつかのピークの心地悪いへつりも、手袋を薄い物に換えることで不安は解消した。雪やベルグラも幸いまだあまり付いておらず、アイゼンの調子もそんなに違和感はない。ただ少し無骨な兼用靴が扱いにくく、油断して何度かサロペットの裾などにアイゼンの歯を引っかけたので、難場では慎重に足を運んだ。転落したら命も落としそうな高度感のある岩場が随所にあった。

 ピラミッドピークから先の方がどちらかというと気楽だった。天気はほとんど変化なく、空気は澄んでいる。裏銀座の山々は真っ白だ。一歩一歩足を運ぶ。以前僕を独標まで導いてくれた友人が、西穂まで足を伸ばさなかったのは頂上直下の急な雪壁を警戒してのことだと言っていたが、今回は雪の状態も良く、そんなに不安を感じさせるものではなかった。

 

西穂の頂上に立った。奥穂へ向かう険しい稜線が眼前だ。吊り尾根から明神岳のスカイラインが美しい。そしてどの山も白く輝いている。頂上では独標での先行パーティーと3人の中国人パーティーがいたが、中国人達がかなりの重荷を担いでおり、立山まで縦走するとのことで、感心するやら、心配するやらでにぎやかだった。十分な装備は持っているらしいが、やがてなんとなく鈍い動きで中国人達は奥穂へ向かっていった。また件の先行パーティーも独標方面へ下り、静かになった山頂でしばらく一人過ごして、下山にかかる。笠にガスが巻いていた。

 ピラミッドピークまで戻ったとき、やけに疲労感を覚えて大休止を取る。キャンディーを頬張りながらまた一人静かなひとときを過ごす。背後の西穂にもガスがかかってきた。独標の上では数人の登山者が三脚を立てているのが見える。夕暮れを狙うつもりらしい。そう、あまり時間的余裕はないのだ。重い腰を上げた。

 

 独標でも大休止を取り、お花畑のスキーデポ地点まで戻った。冷たい夕陽を浴びながらアイゼンをスキーに換える。脚はかなり弱っており、雪面も堅く、モナカ雪になりかけていた。もう1時間早ければ気持ちの良い滑降が出来たかもしれないが仕方がない。稜線の南、上高地側を慎重に滑り出すが、たちまち転倒。だが幸い雪に潜ってすぐ止まった。傾斜も雪質も致命的ではないようだ。だがここは斜滑降&キックターンで安全に降りるより仕方がないだろう。

 

 

 吊り尾根・明神岳方面のアーベントロートがいよいよ紅く映えて、空の青さを映した暗部との色相対比がとても鮮やかになってきた。こうした微妙な色の夕暮れは空気の澄んだこの季節ならではのものだ。小屋まではもういくらも時間はかからないだろう。僕はその光がどんどん紅くなり、そしてそれとともに輝きが弱くなって行くまで、美しい色合いの変化を見せる山肌を眺めていた。また足下の雪面に目を転じるとそこにも複雑な色彩の乱舞があり、落日に向かって色光の喝采を浴びながら滑降を続ける。

 小屋の前までスキーをフルに使い。そして小屋に入るとすぐに夜がやってきたのだった。 

12月29日(火)

 7:15 西穂山荘 --- 7:45 最初の鞍部 --- 8:30 西穂高口 8:50 --- 9:20 鍋平高原 10:00 --- 10:15 新穂高ロープウェイ乗り場

 天気は良くないようだが、千石尾根方面は視界がある。朝食を済ますと身支度を整えて外へ出た。昨夜風邪で度々鼻をかみに目を覚ました割には元気だ。小屋脇の樹林帯に入るとすぐにスキーを付けた。樹間はやや狭いが雪は粉雪で適度に制動が効いて快適だ。登山者のトレールに絡みつつ、広い場所を選びながら慎重に滑降する。時々倒木があるので油断がならない。30分程滑ると最初の鞍部に到着した。下の方20パーセント位は樹林が混んでいたが、おおむね快適でお得な滑降だった。ここから西穂高口まではスキーは担ぎになる。40分ほどのアルバイトで駅に着いた。ロープウェイはまだ動いておらず、したがって休憩所も準備中で、甘酒を飲もうという思惑は外れてしまった。

 しばらく休憩して鍋平への滑降を開始した。少し重めだがまずまずの粉雪で、まだ5・6本しかシュプールがない。しかしゲレンデは狭く、所々雪面が荒れている。ここはやはり転倒を避けて慎重に下るべきだろう。フカフカとした感触を楽しみながらゆっくりと滑って行く。雪はまずまず深く、幸い障害物が潜んでいることもなかった。30分程滑ると広いゲレンデに出て、雪もアイスバーン状に変わった。ここは圧雪されたスキー場だ。そこを一滑りするともう雪が無く、下りのリフトとロープウェイで新穂高に戻った。


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