WOOD-FRONT 体験REPORT

 

足立 正 (足立建築研究所)  <第1回参加>

「木造の伝統と前衛」に参加して(新建築'96.11月号より)

 

「木造の伝統と前衛」というと、学会か何かが主催した学術的なセミナーを連想

させるが、実際はそんなの格式ばったものではない。今回がその第1回目で、高

知市をはじめ、高知県内のさまざまな場所に会場を移しながら、8月19日から4

泊5日、合宿形式で行われた。

参加者は建築家にとどまらず様々な分野に及び、20名を超える人びとが全国か

ら集まった。普段、「木造」を主に設計活動を行っている人、大手の設計部に在

籍しながら「木造」を再考すべく参加した人、また講師の多彩さと高知というこ

とに興味を持って参加した人も多数いたようである。僕自身は夏休みということ

もあり、やはり住宅の設計を主にしている妻とふたりで参加したが、伝統的な在

来工法に重きをおきながら骨太な設計を続けている「土佐派の家」には前々から

興味をもっていた。セッションそのものは前半の講師によるレクチャーと後半の

フィールドワークで構成されていた。講師は小原二郎、石井和紘、播繁、内藤

廣、山本恭弘の各氏で、それぞれ午前、午後に一講座ずつがもたれた。

小原氏の概論は木材の細胞論に始まる電子顕微鏡による仏像の戸籍の研究で、普

段実務に携わる設計者には思いもよらないとても興味深い話であった。気を知り

尽くす氏にとって、設計者と木そのものの距離はまだまだ遠いものに思われるよ

うで、その橋渡しを担われるべく熱のこもった講義であった。

続いて、デザイン論として石井氏は「清和文楽館」や近作の「慶長使節船ミュー

ジアム」などのスライドをまじえながらの講義であったが、少人数のセミナーと

いうこともあり役所の苦労話等、歯に衣をきせぬストレートな話が聞けた。

「とくに木造そのものに興味がむいているわけではない」といいながら、その流

通経路までにも目を配り、正面から木の架構に取り組む姿勢はバブル以降に発生

した「木造ブーム」の流れとは大きく異なるものとして感銘を受けた。

播繁氏は長野のスピードスケート会場での最新の木造架構と近作の木造住宅を中

心に講義を進めた。住宅の集成材架構の仕口で、ジョイントプレートのピンの穴

をずらして、ピンを差し込むことで楔の効果を出すなど、小さなスケールと超高

層の大きいスケールと同時に興味を抱かれていることをとても面白く感じた。当

初、宮大工の小川三夫氏が講師として参加される予定もあったとのこと。木造の

命でもある仕口についていろいろな立場からの話が聞けるとさらに面白いことで

あったろう。

内藤廣氏は「海の博物館」をはじめとする一連の作品と、ここ高知市で始まる近

作の「牧野記念植物園」を紹介しながら独特の世界観を展開してくれた。「ここ

のジョイントの解決は半年かかりました」とさらっと言ってのける中に氏の作品

の重味を垣間見る気がした。こうした諸氏の講義は勿論、興味深く、適切なもの

であったが、それだけでは何故今、高知で、木造かということの答えにはならな

い。このセミナーを特徴的にしたものはむしろ後半部分であったかもしれない。

一同はここで市内を離れ、三日目に木材研究所土佐人材養成センタを訪ねた。こ

こは「森林資源の活用による地場産業を創造しながら、山村経済の活性化を図

る」とあるように、たくさんの若者が森に囲まれて実習を重ねている。最後の講

師は土佐派の家委員長の山本恭弘氏出会ったが、ここの講義室をかりて伝統的手

法にのっとった「土佐派の家」を紹介された。実習の若者たちも飛び入り参加と

なり盛況であった。

その後、山本氏設計になる住宅を大勢で訪問させていただいたが、まず、何より

も感じたのはクライアントと設計者の信頼関係とでもいうべきものである。多か

れ少なかれ、うまくいった住宅のクライアントと設計者はビジネス以上の関係を

もつことになるのだが、この住宅にあってはそれ以上の、なにか共同で大きなこ

とを成し遂げた人たちのもつ連帯感のようなものが伝わってきた。このことをあ

えてここで取り上げるのは、前半の諸講師の話とも共通することだが、物事への

かかわり方の深さである。こと木ということに限っていえば、表現の結果に至る

かかわりの深さが如実に出るのであろう。

今回は陰に日向に終始、高知県地元の設計者と高知県森林局の方がたの協力もあ

り特徴のあるセミナーになったものと思うが、こうした方がたの地味な努力が離

れきった木造設計と本来の木というものの狭間をつないでいく手がかりになるの

だろう。一方、数年前にあった高山建築学校などとは時代も変わり、今の若者が

何故、合宿までして参加するのか、と半信半疑であったが、とくに若い参加者の

熱心sないは素晴らしいものがあり、こうした両者の歩み寄りは、木材に限ら

ず、今後の「伝統と前衛」の可能性を大きく示唆するものであろう。今後このセ

ミナーがよりテーマを絞りこんでいくのか、あるいはより広くとらえていくの

か。

いずれにしろ何かがありそうなこの夏休みの企画をこれからも続けてほしい。

 

 

村井 修(渡辺建築事務所)       <第2回、第3回参加>

 僕は7年前,建築を志して設計事務所などへ就職活動をしていたときに,一つ

だけ判断基準を掲げて方々歩き回ったおぼえがあります.それは「自然環境に配

慮した建築設計をどこまで考えているのか」ということ.おりしもその当時はバ

ブル絶頂期で,巷の景気の良さは社会を経済優先で廻しているようでしたが,そ

んなときにこそ物事の歯止め的な考え方は必要なのだと思ったのです.

しかしその2年後,大学院を修了するとバブル経済も崩壊し,どこの設計事務所

をまわっても常に門前払いをくらい,就職先を選ぶどころか「いったいいつにな

ったら雇ってくれる事務所が見つかるのだろう」と,かたっぱしから電話をかけ

ているような状況だったため,いつしかそんな自分の信念のようなものはどこか

に置き忘れていたのでした.

やがて就職先も見つかり,日々の生活にも慣れ,何か新鮮な経験ができないか

と思っていたところ,事務所の後輩に「木造の伝統と前衛サマーセミナー」の募集要項

を見せられました.はじめは特にわけもわからず,しかしちょうどそのとき「竜

馬がゆく」を読んでいたのもあって,高知という土地への憧れとともに参加して

みようと申し込んだのです.それが,第2回でした.

その第1日目,さすがに知らない人たちの中に入っていくのはおっくうな部分も

ありましたが,徐々にこのセミナーのねらいや参加者・主催者の皆さんの考え方が見

えてくると,僕にとってこれほど面白いイベントはなかなかないと感じられまし

た.木造の様々な知識を勉強できることや,好きな建築にひたれること,多くの

仲間ができることなど...そしてそのとき,かつての自分のポリシー(と言うほど

しっかりとまとまったものではないように思います)がよみがえってきたので

す.日本の林業が現在抱えている諸問題・高知の伝統工芸とその職人さん達・土

佐派の家とは・木の魅力etc.これらのことは,どれも自分がかつて感じていた

何か現代の日本に対する疑問のようなものに,何らかの答えを示してくれる手が

かりとなりそうでした.環境のことを考えるのは何よりも先に人間が考えなけれ

ばならないことであると...また,知り合った人達との間での情報交換や高知

の人達との交流,建築家や研究者の方々との意見交換,そして主催者である中谷

さんの尽きない話題など,このセミナーの魅力は数え上げたらきりがありません.例

えば,日頃雑誌を通してしか考え方を読むことができない建築家の人達と,酒を

片手に膝を交えて話ができるのです.スタッフの皆さんと,今後このセミナーをどういっ

た方向に進めていくのかを語り合うとき,自分がわずかながら,かつて自分自身

が描いていた理想に近付いていけるような気分になることができるのも,とても

嬉しいことであると思っています.

僕は今後もできる限りこのセミナーに参加しつづけていこうと思っています.そし

て,このセミナーがもっと多くの人達に広まることを願うとともに,広まるために自

分ができることは寸暇を惜しまずなんでも協力していこうと思います.それが,

就職活動をしていたあのときの純粋な自分に対する正直な答の提出になると考え

るからです.

昨年の第3回のセミナーでは,間伐と下刈りの作業を実体験しました.実際,下刈

りは暑い時期の重労働で,ほんとに大変でしたが,間伐は本来冬の作業だそうで

す.木屑まみれになりながらのチェーンソーは,人が自動車の運転をするときと同じよ

うに,その性格が変わるようですね.

 

 

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