クラシックファンにとってのデジタルマルチ
 次世代オーディオといわるSACDとDVD-Audioが発売されたのは1999年…いまだに順調な普及とはいえないが、正しく再生すれば、なるほど高次元の音の魅力が堪能できる。


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 最高品位では100kHzに及ぶ広帯域と24bit相当の高密度な音は じつに自然な音楽を聴かせるフォーマットである。実際にサウンドセラピーで使うと α 波が増えるそうで、人間の感性は正直である。この大容量の器は懸案の音場再生にも利用され始めた。市販ソフトの大半を占める5.1chマルチチャンネル盤である。
 懸案というのは、30年以上前にも、サンスイのQS-1に代表されるアナログ・マトリックス4chが登場したし、’70大阪万博は音と映像の祭典と呼ばれ、何10chもの再生音をデモったパピリオンもあった。最近ではホームシアター用に、ドルビー・サラウンドやDTSというのもある。もっとも、音響学者の解説では、正確な音場の伝送には古くからキルヒホフの積分公式というのがあって、何と10万chの伝送再生系が必要だそうな。はたして、家庭で実現可能な 5.1chの効果はどうかを検証してみる。
(以前に指摘した音質を落として、マルチ興味だけ売り物にした盤は論外である)

 5.1chのスピーカー配置はホームシアターとほぼ同じで、前方の左右、後方の左右、前方センター、それにサブウーファーの計6台となる。同一機種で揃えるとベストだが、現用装置を発展させたので、前方2chはQUADのコンデンサー型、サブウーファーはヤマハのYST-SW1000をそのまま使用。後方と中央にソフトドーム系の中型を3台追加した。混成部隊だが、どれもヨーロッパ製で 私好みの音質に統一してあるから違和感はないだろう。
 プレイヤーは普及タイプの万能機、パイオニア DV-S747Aで聴いたが、マルチ盤の再生音はまことに感動ものだった。後方でも音が出る方向感の興味などは すぐに飽きてしまうが、前方に展開する演奏自体の表現力がグンと高まる様子は驚きである。演奏者の存在感がより強まって、複数のソロも見事にほぐれる。内声部の動きが明瞭になり、対位法の妙味が明快になる。弱音部のニュアンスも微妙な音色差も一段と鮮やかになる といった高度の再現力はCDの比ではない。
 間接音を正確な位相で再生すると、演奏自体がこんなにも豊かになるという点が クラシックファンにとっての本当の魅力である。スピーカーの数だけ正確な情報量が増えたことが確実に実感できるのは、デジタルならではのメリットだろう。
以前のコラムのように、リアスピーカーをリスナーの前方に置いても、情報量の多さは同じだから音の品位は変らない。

 5.1chでクラシックファンに特に有用なのは前方センターである。2chではセンターは虚像で 定位の点で不利だったが、これが実像になって ステージ中央の定位がクリアになった。協奏曲のソリストの実在感が生々しく、ピアノのタッチや歌手の息づかいまでが聴きとれる。ピアニシモの表現も絶妙だ。このchのスピーカーの品質には特に気を配りたい。
 一方、不必要なのが0.1chにあたるサブウーファー … 100Hzあたりの低音には方向性がないから、適当な場所に1台だけ置けばよいという妥協策なのだが、実際にやってみると結構 不都合が出る。私も以前、ヤマハYST-SW1000を60Hzクロスで部屋の隅に据えたが、オルガンのような持続低音では、音像がサブウーファーの方に引っ張られるキライがあって、結局、もう1台買い足して左右に配置するハメになった。映画音響ならよいが、音楽で安易に実施すると定位感を損なって、本当の臨場感どころではなくなりそうである。
 20kHz以上は聴こえないと妥協してしまったCDの不備を改善する次世代フォーマットがまた、安易な妥協をやってはいけない。低音を あえて別chに分ける必要はなく、低音不足なら、適切なクロスオーバー周波数で、従来どおりスーパーウーファーをつなげば済むことだ。そのためか クラシックではサブウーファーchを使わない盤が多いが、いっそ、これを統一基準にしてくれると有難い。余った1chはより相応しい使い方ができそうで、既に、実験的な6ch収録盤も発売されていて興味深い。

 さて、SACDやDVD-Aが順調に普及しないのは、ひとえにソフト不足のせいである。「レコード芸術」誌では SACD&DVD-Aの紹介ページを設けたが、新譜が出ずに休む月がよくある。ビデオのページの多彩な新譜を見るとうらやましい思いがする。
 ステレオLPが発売された時、ソニー・レコードの前身 CBSは引退したブルーノ・ワルターを説得して、彼専用のオケまで編成して、モーツアルトやマーラーを何枚も録音した。セッションは老ワルターの健康を気遣って、ゆっくりと時間をかけて行われた。オーディオマニアの間では、日本製のマイク、ソニー C-37がメジャーで初めて使われたことでも有名である。
 英デッカもショルティ/VPOでワグナーの指輪4部作という史上に残る大作を完成させた。この名盤を聞きたくて装置を買った人も多かったし、いまや貴重な音楽遺産となった。
 ソニーはCD発売時、このワルターの復刻盤を出して大好評を得たし、SACD発売もまた、この復刻盤からスタートした。しかし、ソニーも今度は自ら もっと意欲的な新録音を企画すべきではないか。
今のレコード業界にそんなゆとりはないのかもしれないが、ほぼ同時期に出たプレステ2の方には新しいソフトが続々と登場するのに比べて、どうしても意欲不足を感じてしまうのである。

 

AVアンプを使わずに2ch盤を5.1ch化する
   
 5.1ch用にスピーカー配置した…従来の2ch盤も 5.1ch再生できたら楽しそうである。
もちろん、AVサラウンドアンプを使えば、内蔵のDSP回路が残響音を創り出して、リアから鳴らしてくれる。しかし、音楽を聴くには不要な機能だらけだし、音質的に魅力ある製品はめったにない。
 プレイヤーからは6ch分のアナログ出力しか出ていないのだから、6chのアナログ入出力と6chボリューム付の普通のオーディオ用アンプがよい。もっとシンプルに、6ch端子と6連ボリュームを買ってきてボリュームBOXを自作し、好みのメインアンプに直接つないでもよい。同クラスのAVアンプに比べると、音の純度もS/Nも1ランク上がる。さて、これで2ch盤を5.1ch化する方法である。

 リアスピーカーから出す間接音や残響成分は 2ch盤では逆位相で、L,Rの差成分として入っている。この位相差信号 L−R(R−L)を取り出して鳴らせば、リアから間接音が出る。接続方法は左図のように、スピーカー端子のLとRの+側をまたいでつなぐ。スピーカーマトリックスと呼ばれる方法で、一般的な8Ω位のスピーカーならアンプへの影響もない。
 出力トランス付の真空管アンプの場合は、空いている4ΩのL+,R+端子からつなぐのがよい。
 リアスピーカーの音が大きすぎたり、高域が目立つ時は、抵抗やコイルを入れるバリエーションもあるが、本来は、スピーカーの向きを変えて指向性を振ったり、背面を向けて壁反射させたり、それでもダメならクロスを被せるなどして、シンプルに音響的に調節する方が好ましい。

 この方法の良いところは あとで創った残響ではなく、元から入っている音を取り出して鳴らすことである。従って、リアの鳴り方は盤によってさまざま。LPレコードでは、音溝がザラザラして光らない部分が逆相成分の多い箇所であり、リアが盛大に鳴る予測が立つのだが、CDの盤面では何もわからない…かけてみてのお楽しみである。
 ほとんどのライブ盤では、拍手が後方まで広がるし、残響成分がたっぷり入った盤なら、余韻がゆっくりと後ろへ消えていく。なかには、歌手がリアに回って唄ったりして、雰囲気づくりに歌手を逆相で入れた制作者のいたずら? までがバレてしまうPOPS盤もある。
 (デスクトップPCのスピーカーも、裏ぶたを開けてユニットの+端子からリアにつなぐとサラウンド化できて、このサイトの波と海猫の歌のようなワンポイント生ロクは迫力満点の自然音に包まれる)

 センタースピーカーの重要さや接続方法については、ステレオの初期から、多くの人が論じてきた。左図は高級ホーンシステムで有名だったP.Klipschが提唱したセンターch用のネットワークである。左右chにレベルを下げる抵抗が入っているが、現在、クリプッシュホーンのように極端な高能率スピーカーを使わない場合は省略できる。
 無粋な配線図嫌いな音楽派のために、イラスト風に接続図を描くと、抵抗2本で左右合成して、メインアンプに入れるだけの まことに簡単な配線である。プリアウトがなければ、スピーカー端子から入力してもよい。 リアの場合と違って、メインアンプ(プリメインでもAux INなどを使って可)が必要になるが、音量はそのボリュームで調整できる。 左右chよりも 2〜3dB低めにするのが効果的だろう。
 プリアンプから入力する場合、クロストークが気になるようなら、2本の抵抗の値をもっと大きくするとよい。

 センターchの効能は前項でも述べたが、古い録音にも非常に有効である。
復刻盤で オリジナル3chマスターテープ使用という うたい文句があるように、古くからレコーディング現場ではセンターchを収録したものが多かった。2chステレオ盤は これを左右に割り振ったものだから、一部のマニアは 幻想チャンネルと呼んで、センターchを再現した。日本でも、ひと頃、ヤマハなどが推奨していたが、試してみると確かに効果の高いことが実感できる。

 サブウーファーは専用の製品なら、左右合成やハイカット回路、アンプを内蔵していて、指示どおりつなぐだけだが、そうでない製品を使う時は、コンデンサーと抵抗でCRフィルターを組んで、メインアンプにつなぐ(*1)
 左上の図はハイカット周波数66Hz、6dB/octのフィルターである。1オクターブ上で高域が6dB減衰するものだが、まだ高音のもれが気になる場合は、右側の図のように、もう1段重ねて12dB/octにする。この回路もプリアウトでなく、スピーカー端子から入力してもよい。
 半端な周波数のようだが、入手しやすい部品の値を考慮して計算したもので、実用上は何の不都合もない。それでも入手できなければ、複数並列につないで値を合わせる
(*2)。 周波数はコンデンサーに反比例するので、変更したければコンデンサーの値を変える(*3)。

 サブウーファーが1台だけということは、あまり高い周波数まで出すと、明らかに空間の歪みが感じられる。安易な5.1ch製品には、100Hz以上でクロスするものもあって、それに慣らされていると、生の演奏会で音場感の違いに驚かされることになる。しかし、良質のスーパーウーファーを適切な使用法で加えた時は、低域の量感だけでなく、中高域までしなやかに変化することに気づくはずである。

 以上の方法は どれも非常に簡単だが、慌てて安直なAVアンプを買い込み、結局は音が不満で埃をかぶってしまうという 導入期にありがちなムダを防ぐ試みとしても大いに役立つ。シンプルな割りに思わぬ効果が期待できるので、まだ体験していない音楽ファンにも、ぜひお試しいただきたい。


.. (*1) パッシブ型はコンデンサー(C)と抵抗(R)で音質が決まるので、必ず、良質のフィルムコンデンサーや金属皮膜抵抗
などオーディオグレードの部品を
使用する。
  (*2) Cは並列接続すると数値が合算されるので、例えば、0.56μFがなければ 0.47μF +0.1μF、0.33μF +0.22μFなどで
近似値をつくる。
  (*3) ハイカット周波数はCとRの関係で決まるが、Rは前段と後段の負荷となる点も配慮した値なので変えない。
また、左右合成の場合は、アンプ参考書などに掲載のCR一覧表とは異なるので、Cの値を周波数に反比例させて、
2割増の80Hzなら 2割減のCという計算をする。


 

追記:2chと5.1chのベストな並列盤 

 最近の新譜ではないが、鬼太鼓座の「怒涛万里」(ビクター VIAG-60001)というDVD-Aを聴いた。5.1chは96kHz/24bit、2chもダウンミックスではなく、別グループに最上位規格の192kHz/24bitで収録した良心的な盤である。マルチによる豊富な情報量か、100kHz迄の最高品位の音質か、適宜 好みで聴き分けられる。本来、DVD-A規格は こんな贅沢ができるところが魅力なのである。

 大容量メディアなのだから、マルチch盤にも、同時に最高の2chを収めることを発売当時のコラムで要望したが、現状ではジャズ、フージョンが数枚だけ、クラシックでは皆無と言ってよい。
「怒涛万里」で、5.1chの迫力や臨場感とは また違ったバチ音の生々しさや音響空間が澄みきって、拡大したような最高の2ch体験をすると、クラシック再生にこそ ぜひ欲しいと感じる。

 私の装置にはリボン型スーパートゥイーターをつないであるが、もちろんコウモリでもなし、CDで出なかった(アナログではある程度 出ていた)超高音が どこまで聴けるのかわからない。
しかし、芸能山城組の創始者である山城祥二さん(
こと千葉工業大学・大橋 力教授)によると、自然界の音は100kHz辺りの高域成分を含んでいて、これを再生すると脳幹に働いて、ストレスのない時に見られるα 波が増える。SACDなら、マルチも2chも きちんと100kHzまで入れる規格なのでよさそうだが、こちらはプレイヤーが問題…市販品は50kHz以上の帯域をカットした製品が多く、α 波は出ない。サウンドセラピーでは、フォーマットどおり100kHzまで再生できるように改造して使うそうだ 。

 音響療法と音楽鑑賞は違うが、ヴァイオリンの周波数特性を見ても、緩やかにレベルを下げながら100kHz以上まで伸びている。そこで、あるオーディオ店が市販品プレイヤーと上記の改造プレイヤーの比較試聴会を行ったら、全員が改造品の音を褒めたという記事を読んだ。100kHzの音など意識して聴く訳ではないが、フォーマットに対する人間の感性は やはり凄いものだ。
「怒涛万里」の例でも、やはりDVD-A規格をフルに生かした盤は、明らかに演奏が冴える。このための手間や費用は貴重な録音の価値に比べたら知れたものだから、ぜひ多くがこうあって欲しい。

 LPレコードに、キングの“スーパー・アナログ・ディスク”やビクター“XRCD”などの最高のアナログ盤が登場したのは、皮肉にも、CDが主流になった後のことだった。DVD-Aが固体メモリーだか半導体メモリーだかに主役を譲る時代はまだまだだろうが、早いこと最高級を出さないと・・・

   
   
   
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