暗い音楽(返歌)

作成日:1998-07-19
最終更新日:

はじめに

以下は、私の師匠ふる氏による投稿作品 「ニ」で始まる音楽家についての談笑に対する返歌である「暗い音楽」です。

暗い音楽

題名:暗い音楽

作者:まりんきょ

本文:

 芸術分野のなかでは表現方法が抽象的である音楽でも、結構いろいろな感情表現ができる。 たとえば「暗い」という感情を出す音楽にはどんなものがあるだろうか。

 たとえば「暗い日曜日」なんていうシャンソンがある。 この歌のせいで自殺者が続発したということからわかる通り、暗い気分に関してはいい線をいっている。

しかし、音楽全体が「暗い」もの、そんな分野があるのにふと思い当たった。 そう、あの古典音楽といわれる分野だ。 なんといってもクラシックという名前からして、 くらくて、病気である印象を与える。 そして、その中には「くら」という名前で始まる音楽家がいる。

 クライスラー、クーラ、クライネフ、…

 作曲家のクライスラーはヴァイオリン弾きであり、ヴァイオリンの佳作を多数書いた。 しかし、彼の作品は、現在のヴァイオリニストにとっては、 アンコールピースとしての役割しか見られていない。 そのため、クライスラーその人も不遇の地位に追いやられている。

クーラは北欧の作曲家。ピアノ曲などいくつか出ているがほとんど知られていない。やはり不遇の作曲家である。

 クライネフはピアニスト。昔聞いたことがあるが最近活躍していないようだ。彼も不遇の地位にある。

 筆者の無知と誤解と偏見により不遇となったこの3人を見ただけで、結構暗いと思うのは筆者だけだろうか。

「クラ」というのは二つの音節からなる。「ク」は母音の中で一番くぐもった[u]と、 子音の中で攻撃的な「k」を組み合わせた矛盾を秘める音である。 また「ラ」は、どっちつかずの音である。 ラ行の音は、特に日本においては注意されるべき子音であるからだ。 よく知られている通り、日本のラ行音は世界の中で特殊である。すなわち、「l」の音と 「r」の音の両方の性質をもっているからだ。この意味で、どっちつかずである。 仮にどちらかを選んだとしても、 結局子音のなかで煮え切らない「l」か、 あるいは舌を巻いて発音しなければならない「r」にならざるを得ない。 かくして「ラ」もどっちつかずとなる。 ゆえに、 「ク」と「ラ」という2つの音で始まる名字で幼少の頃から呼ばれていると、 性格までねじ曲げられ卑屈となり性格が暗くなってしまう。

 曲の名前では、「クライスレリアーナ」が浮かぶ。 ロベルト・シューマンをあまり評価しない筆者だが、 やはり言及しておかねばならぬ曲である。 この題は「クライスラー(上記の音楽家とは別人)に関すること」という意味である。 いろいろな曲からなっていて混沌の極みであり、暗い気分が十分に出ている。 そういえば、ロベルトの妻はクララという名前だった。

それから、ショパン作曲の「クラコヴィアック・ロンド」という オーケストラ伴奏付きピアノ曲がある。 クラコフとかなんとかいう地方の踊りに基づいており、 曲そのものは十分に明るい。しかしこれを弾く人は暗くなってしまう。 昔ギャリック・オールソンというピアニストがいて、この人の弾くこの作品をよく聞いていたが、 最近は活躍していない。最近ある演奏会に行ったところ、 日本のピアニスト4人が各自の得意な協奏的作品を弾いていた。 その中でこの曲を弾いた人がいたけれど、この人だけパッとしなかった。かわいそうに。 そうそう、日本の作曲家、近藤譲にピアノソロの名品「クリッククラック」がある。

 忘れてはいけないのはクラリネット。楽器としての完成度が高く、 クラシックはもとより吹奏楽、ジャズでも使われる万能選手であるが、 クラシックで使われるクラリネットは暗い。 たとえばモーツァルトのクラリネット五重奏曲は、 明るい曲調ながらどこかほの暗い感情が潜んでいる。 クラリネット協奏曲はさらに諦観が漂っている。 そしてブラームスのクラリネット三重奏曲、五重奏曲。本当に暗いなあ。

そういえば、フォーレにもクラリネット三重奏曲は存在する。 ただし、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重奏曲 Op.120 でヴァイオリンの代わりにクラリネットを使ってもよいという、 作曲者の但し書きに沿えばの話である。 私はまだクラリネットの版を聞いたことがない。暗い。

 ちょっと脱線して他の世界を覗いてみると、やはり、クライン、 クラークなどという暗い名前が出てきてしまう。 クラインはドイツの数学者。帝王クラインとその時代は呼ばれ、 エルランゲン・プログラムという有名な方針を発表した。 一般には「クラインの壷」という位相幾何学で引き合いに出される物体で有名である。 しかし最近は相対的な地位が落ちており、 なんでも岩波の数学辞典の初版(か第二版)では肖像がのっていたものが第三版では落ちているそうだ。 クラークとはここでは札幌農学校のクラーク博士のことを指す。 日本では例の言葉で尊敬されているが、アメリカではむしろ山師で有名で、 多額の借金に苦しみ貧窮のうちに死んだそうである。

閑話休題。先の3人は、ヴァイオリニストのクライスラー、作曲者のクーラ、ピア ニストのクライネフと、 きれいに「クラ」スが分かれていることにあらためて気づく。 よくしたものである。この3人をかみあわせれば (ここまでふる氏の真似をしてはいかんなあ) 何やら凄いものができるのではないかと欲も出てくる。

 クーラの曲を、クライスラーのヴァイオリン、 クライネフのピアノで、としたところでどうなるのだろうか。 黄泉の国からクライスラーの車でのりつけたクライスラーは 「やはり自分の曲でなければ」とクーラにむかってだだをこねる。 クラリーノの靴をはいたクーラは巷の評価が低いことから仕方なく自作曲を断念し、 代わりにクラリネットを吹かせてもらう(ジャズ大名みたいだな)。 クライネフがピアノの前に座ろうとすると、突如クライバーンがやってきて、 ピアニストとしての名声は俺が上だといい、二人は争う。
次に場所についてクライネフがロシアのクラスノヤルスクを主張したのに対し、 日本のチェリスト倉田澄子がいきなり登場し、日本の倉吉で行うよう強硬に反対した。 結局クラスノヤルスクと倉吉の2個所同時開催を行えるよう、 コンピュータによりクライアント・サーバシステムを構築することにした。 どちらがクライアントかというのでもめたがここでは省略する。 この巨大なシステムは大蔵省の醵金によりなされた。

かくして、倉本聡の脚本による音楽劇が始まった。 暗いメンバーは総出演。暗い曲を暗い楽器でバリバリふいている。 歌い手は誰がいいか、 ...ビートルズが"Cry baby, Cry"を歌えば負けじと太川陽介が「Cry, Cry, Cry」を絶叫する。 倉田まりこもあらわれ、なぜか「君にクーラクーラ」と熱唱する。 会場のクーラーも処理能力を越え、クラムチャウダーが降りしきり、 クラッカーが鳴りまくるなか、クライマックスを迎えたその瞬間、 舞台装置の一部のクランクがはずれ、 回り舞台の変速機のクラッチが摩耗し、 クラインの壷のごとく時空間がよじれ、 クライアントサーバーシステムがクラッシュする。

この騒ぎは大倉集古館(ホテルオークラの隣)で体験することができる。

(了)

終わりに

最後のあたり、外来語に頼ってしまったのは情けない。 また最後の一文はあらずもがなの感がなきにしもない。私の実力ではこの程度である。

付記

2004年11月の終わりごろ、カワイ音楽教室のチラシが来た。 楽器を教えるコースがいくつかあったが、その中に「クライネット」と書いてあった。(2004-12-05)

フォーレのトリオのクラリネット版は、 CD を買いました。ヴァイオリンに比べると、やはり暗い音色に感じます。(2008-12-29)

まりんきょ学問所ことばについて > 暗い音楽


MARUYAMA Satosi