トッカータ

作成日:1998-07-16
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1. トッカータとの出会い

小さな頃は百科事典をつらつら眺めるのが好きだった。 音楽の巻に各種形式の曲についての解説があり、 その中の「トッカータ」というのが無性にかっこよく、気になっていた。 そのときの譜例は、バッハの(クラヴィーア用)トッカータト短調のトッカータ部だった。

それから鍵盤楽器にいろいろ触れるようになって、 いろいろな所に「トッカータ」があることに気が付いた。 後はざっとまとめてみた。

2. トッカータとは

私の理解では、トッカータ ( toccata ) とは、 鍵盤楽器の特性を生かした華麗で速い楽曲、というほどの意味である。 エスペラント辞書!には「ピアノなどの華麗な前奏曲」とある。 最初に奏されるとは限らないのはこれから見る通りである。 もっとも「前奏曲」だからといって最初に奏されるのではない。

同じトッカータにも、冒頭の書法で系統が二つあるようだ。 一つは同音連打が頻繁にあるもので、 ラヴェル、プロコフィエフなどがこの系統である。 仮にこちらをAタイプと呼ぼう。 もう一つは同音連打があまりなく、細かな音形の流れに特徴があるもので、 バロックのトッカータはほとんどこちらに属する。 こちらをBタイプと呼ぶことにする。全体からするとほとんどが B タイプであり、A タイプの同音連打を強調するトッカータは少なめなので、 聴いたことがあるものでは A タイプのみ注記する。

昔のトッカータは、ほとんど鍵盤楽器の曲と同義だったというのを聞いたことがある。

3. バロック、バロック以前

以下の曲目紹介は、特記なき限り鍵盤楽曲(主にピアノ)の独奏曲である。

フレスコバルディがトッカータ集を第1、第2それぞれ12曲ずつ書いている。 第2曲の第9番は有名であり、 フレスコバルディは「最後まで弾き切るには非常に苦労するだろう」 Non senza fatiga si giunge al fine. (Nicht ohne Mühe erreicht man das Ende.) というずいぶん傲慢な意見を末尾で述べている。下記楽譜は、 同曲の末尾である。

チェンバリストの天野乃里子さんが自身のリサイタルで語ったことによれば、 「トッカータ」という形式を発明したのはフレスコバルディなのだそうだ。

バッハは、チェンバロ用に7曲のトッカータを、 オルガン用にいくつかのトッカータを書いている。 チェンバロ用のトッカータは今でもピアノで弾かれることがたまにあり、なかなかかっこいい。 特に、ハ短調のそれをアルヘリッチが弾いた録音はすごい。 オルガンでは、あの「トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565」が有名である。 他にも「ドーリア調トッカータとフーガ ニ短調」、「トッカータ、アダージョとフーガ BWV 564」など多くのトッカータがある。

ドメニコ・スカルラッティのソナタの中に 「トッカータ」という渾名のついた曲がある(K.141, L.422)。 同音連打の嵐であり(Aタイプ)、このような名前がつくのもさもありなん。 アルヘリッチがアンコールで目にも止らぬ速さで弾いたという。

なお、ドメニコの父のアレッサンドロもトッカータを書いている。

4. ドイツ・オーストリア

ツェルニーが書いている(ハ長調、Op.92)。いかにも練習曲である。https://www.youtube.com/watch?v=p_0u9dLCRRY がある。

シューマンには有名なのがある(ハ長調、)。何でも1秒間にかなりの音があるということだ。 こんな曲を練習しているから指が故障するのだ、とシューマンのきらいな私は憎まれ口を叩く。

テオドル・レシェティツキが残した「こどものお話」全12曲に、第5番トッカータ(ツェルニーをたたえて、Op.46-5)がある。 https://www.youtube.com/watch?v=TFrC7kbSOC4 がある。

5. フランス・ベルギー

ショパンの練習曲Op.10-6ハ長調は「トッカータ」(Aタイプ)と呼ばれることがある。 右手の親指が同音連打を繰り返す趣向からであろう。 ショパン自身の命名ではない。(2010-05-22)

サン・サーンスがピアノ協奏曲用に「トッカータ」を書いている 後にピアノ独奏曲に編曲している。 肩の凝らない、という表現がぴったりの作品は、腕の達者な人が弾けば本当にさまになる。

ドビュッシーが組曲「ピアノのために」で書いている。前奏曲、サラバンド、トッカータの全3曲からなる。 ごつごつしていないトッカータだ。 後のドビュッシーに見られる色気には欠けるが、音の流れはひたすら気持ちがいい。

ラヴェルも組曲「クープランの墓」で書いている。 前奏曲、フーガ、フォルラーヌ、リゴードン、メヌエット、 トッカータの全6曲からなる。 ラヴェルらしい音の組み合わせの妙と技巧を生かした作品(Aタイプ)。 トッカータとくれば私はこの曲をまず最初に思い出す。 ラヴェル自身の演奏はむちゃくちゃ下手なのが笑える。

プーランクが「3つの小品」の終曲としてものしたトッカータは、 非常に有名らしい(わたしは知らなかった)。 それというのもホロヴィッツがたびたび弾いたからであるという(こちらも知らなかった)。 ピアノ弾きのはしくれたる私としては恥ずかしい限りだが、 その私が今度無謀を顧みずこの曲を弾くことにしたのはさらに恥ずかしい。 露悪趣味といわれるのは承知の上で、 練習記録を記す。

オルガニストのヴィドールが、 オルガン向けの有名なトッカータを残している。 私が聞いた時はピアノ連弾版だった。 このときはやはりオルガンのペダルが必要なのだと感じた覚えがある。

オネゲルが「トッカータと変奏」というのを書いている。 どこが変奏なのだかよくわからないが、 弾いた人に言わせれば、ちゃんと変奏になっているという。 最後の変奏がゆっくりしたものになるのはフォーレの変奏曲を意識しているからか。

ランブロとかいう人が書いている。

リュフという人が、 「前奏曲とトッカータ」 というクラヴサン向けの作品を書いている。 ピアノでも演奏可能である。

アリューが、 やはりクラヴサンあるいはピアノのためのトッカータを書いている。

ピエール・サンカン(1916-) が「イ調のトッカータ」を書いている(1943)。 ラヴェルのトッカータとスカルボを混ぜ合わせたような趣がある。

6.イタリア

アルフレード・カゼルラの Op.6 はトッカータ嬰ハ短調である。 冒頭は軽やかに始まるが、だんだんと音が増えてくる。全体としてつかみ所のない曲である。

カゼルラはのちに「シンフォニア、アリオーソとトッカータ」Sinfonia, Arioso e Toccata op.59 という曲を書いている。 op.6 より軽やかで哀愁が感じられる。https://www.youtube.com/watch?v=o5y0Wan0xTo がある。

フェルッチョ・ブゾーニが書いている。曲は、トッカータ部分、アダージョ部分、フーガ部分の3部からなる。 あのフレスコバルディの文句を(ことばは変えているものの同じ意味)曲の頭で引用している。 ある人曰く「苦労するわりには報われないね」。

リッカルド・ピック=マンジャガッリ(1882-1949) による「前奏曲とトッカータ Op.27」という作品がある。 前奏曲はポップスのようで、ドビュッシーのベルガマスク組曲のリズムを自由にした感じだ。 トッカータはドビュッシーのピアノのためにの「トッカータ」を思い出させる、その後の自由な展開はやはりフレスコバルディの系統を受け継いでいる。 なぜかベートーヴェンの面影が聞こえる。

7. イギリス

ホルストが書いている。 友達が持っているのを見せてもらったが、しょうもない感じがした。

ディーリアスが「5つの小品」の最終曲として書いている。冷ややかな空気を感じさせる。

ブリテンが、ハープのための組曲のなかで「トッカータ」を書いている。 せっかく吉野直子さんの実演の場に居合わせたのに、眠ってしまってよく覚えていない。

ヴォーン=ウィリアムスには、「トッカータ・マルチアーレ」という軍楽隊用の作品がある。 華やかでイギリスの憂愁も感じさせる佳曲である。 (2010-11-09)

ジェラルド・フィンジが「大幻想曲とトッカータ」( Grand Fantasia and Toccata ) という、 ピアノとオーケストラのための作品を残している。 (2016-03-20)

8. ロシア・東欧・北欧

プロコフィエフのトッカータはもっとも有名なのではないか(Aタイプ)。 「推進力」のかたまりみたいなこの曲はもう聞くだけで興奮する。 その場に居合わせればますます幸せだ。

ハチャトゥリアンのピアノのためのトッカータもよく演奏される。 この人の作品はよく土俗的といって紹介されるのだけれど、私はそんなことは感じない。 思わず口ずさむリズムが非常に楽しい。

もう一つ、ハチャトゥリアンには、ハープのためのトッカータもある。 「オリエンタル舞曲」との組で演奏される。 こちらのトッカータは、リズムの面白さがハープという楽器を忘れさせてしまうほどだ(2009-10-25)。

マルチヌーが「幻想曲とトッカータ」という 20分ぐらいの曲を書いている これほど重いトッカータは例がないだろう。

A・チェレプニンが書いている。 手元の楽譜には「トッカータ第2番」とあるので、 複数存在するのだろう。 譜面を見る限りは楽しそうだが、広い跳躍、 10度の打鍵、高速な手の交替があり、難しい曲だ。

あのリストが短いトッカータを書いている。 期待するわりには小ぶりの、かわいいトッカータである。 「回転木馬」という、これまた小さな曲と一緒になっている。

エングルント(エングラント)というフィンランドの作曲家が 「序奏とトッカータ」という、短めの作品を書いている。 序奏で歌われるオスティナートと内声の動きが、 トッカータで徹底的に展開される(Aタイプ)。

同じくフィンランドの作曲家、 ラウティオに「ピアノのための組曲」がある。この第5曲がトッカータという題である 。

ルーマニアの作曲家、エネスクのトッカータは音がきちんと鳴ってくれると楽しいだろう。

ゴドフスキーのトッカータがある。アムランがCDに入れている。 私は未聴だが、どういうわけか楽譜を売られていたので買ってしまった。 情報を寄せてくださったU氏に感謝します。

ストラヴィンスキーの組曲「プルチネルラ」にトッカータが現れる。 オーケストラのための作品である。バレエ三部作以後は手すさびの作品ばかりに聞こえるが、 まあ人が変わって書いたと思えば特に怒る理由もない。気楽に聞ける。 NHKの教育テレビで小沢征爾指揮、水戸室内管弦楽団の演奏で久しぶりに聞いた(1998 9/20)

9. 南北アメリカ

コープランドのピアノ協奏曲の最終楽章が「トッカータ」と題されている。にぎやかな曲だ。

ヒナステラ

ピアノ独奏曲では、「ツィポーリ作曲、ヒナステラ編曲」のトッカータがある。

ピアノ協奏曲第1番の終楽章が「トッカータ」と題されている。知る人ぞ知る曲で、 プログレッシブ・ロック(プログレ)の雄、エマーソン・レイク・アンド・パーマー (ELP) のアルバム「恐怖の頭脳改革」( Brain Salad Surgery ) の第2曲の下敷きになった曲である。

10. 日本

大澤壽人

大澤壽人(おおざわ ひさと)の交響曲第2番の第2楽章の中間部が、 トッカータと題されている。 ソロのヴァイオリンが活躍する楽しい楽章。ソロ、伴奏ともに五音音階が頻出するが、 日本固有の音階として主張するようなあざとさはない。 管楽器の繊細な扱いが印象に残る。 私はこの曲を、関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏で初めて聞いた。 この日NHKの「オーケストラの森」で放映されていたのだ。 (2008-11-30)

松平頼則

松平頼則の「トッカータクロマチーコ」という作品がある。 強弱記号のない、不思議な作品である。

奥村一

奥村一のトッカータは工事現場という副題がついている(Aタイプ)。 数あるトッカータの中でも私が抱いているトッカータのイメージにもっとも近いのがこの曲だ。 <恥ずかしい>と評している人がいることを承知で、<あれを人前で弾ける人がいたら、その人の勇気を称えましょう。> という人がいることを承知で、<現代音楽を表面でしか捉えていない>とののしられていることを承知で、 楽譜を手に入れたなら練習してこの曲を弾いてみたいと私は思う。 別に私が称えられることを希望しているからではないので、念のため。

原博

原博のトッカータは難しそうである。

宍戸睦郎

宍戸睦郎のソナータ第2番 IV. がトッカータと題されている。アルベニスのアストゥリアスを思い起こさせる第一部、 日本の原風景を描いたような第二部、第一部の発展である第三部からなる。

伊福部昭

伊福部昭による「ギターのためのトッカータ」がある。バッハの無伴奏チェロ組曲第1番の前奏曲と平均律第1番の前奏曲を混ぜ合わせて短調にして、 でもやはり日本の血を入れた、という雰囲気が漂う。

F 氏

F氏の曲に「取っか歌−−−または本当のてふてふ」という謎めいた作品がある。 トッカータとしての形式を備えているかといえば、そうでもあり、そうでもなし、 摩訶不思議な作品である。

11. まだ聞いたことのないトッカータ

下記の表は作品辞典やその他の情報から抜粋したものです。私は残念ながら、 アルカンの曲以外は聴いたことがありません。 なお、「トッカティーナ」 ( toccatina ) とは「小さなトッカータ」の意味です。 「ソナタ」(sonata) →「ソナティナ」(ソナチネ, sonatina )と同じように、 指小辞 in がついた形です。

作曲者 作品名 楽器 その他
アルカン トッカータ ハ短調 ピアノ
入野 義朗 3つのピアノ曲より 第1番 トッカータ ピアノ
ヴィエルヌ 幻想的小品集 組曲第2番第6曲トッカータ オルガン
カウエル トッカータ ソプラノ(ヴォカリーズ)、フルート、チェロ、ピアノ
カサド トッカータ チェロ、ピアノ
カセルラ シンフォニア、アリオーソとトッカータ op.59 ピアノ
カバニリェス 第5旋法による左手のためのトッカータ オルガン
カバレフスキー こどものためのピアノ小曲集 Op.27 より 第12番「トッカティーナ」 ピアノ
カバレフスキー やさしい変奏曲(トッカータ)Op.40-1 ピアノ
カプースチン トッカティーナ Op.36 ピアノ
カプースチン 8つの演奏会練習曲Op.40 より第3番「トッカティーナ」 ピアノ
ギロック シャンペン・トッカータ ピアノ
草野次郎 BACHの名による“トッカータ” ピアノ
グバイドゥーリナ トッカータ・トゥロンカータ ピアノ
J. クリーガー 優雅なクラヴィア練習曲から トッカータ ニ長調 オルガン
J. P. クリーガー トッカータとフーガ イ短調 オルガン
クレープス トッカータとフーガ イ短調 オルガン
クレープス トッカータとフーガ 嬰ヘ長調、イ短調 オルガン
G. コネッソン ディスコ=トッカータ ソプラノサックス、バリトンサックス クラリネット、チェロでも演奏される
斎藤高順 「幻想風喜遊曲」より第3曲「気忙しいトッカータ」 ピアノ
サン・サーンス トッカータ Op.72-3 ピアノ
サン・サーンス 6つの練習曲から 第3協奏曲のフィナーレによるトッカータ Op.111-6 ピアノ
ジグー 10の小品より トッカータ ロ短調 オルガン
J. ジョージ トッカータ ピアノ
シャイデマン エコートッカータ オルガン
スヴェーリンク トッカータ 鍵盤楽器(オルガン、チェンバロなど)
A. スカルラッティ トッカータ チェンバロ
ズガンバーティ 4つの小品 op.13よりトッカータ ピアノ
スメタナ トッカティーナ 変ロ長調 ピアノ
デステネイ トッカータ イ短調 Op.45  ピアノ
西村 朗 トッカータ ピアノ
ハチャトゥリャン こどものアルバムより 9.トッカータ ピアノ
パラディーシ トッカータ グランジャニーによるハープ編曲
林 光 ピアノの本より 27.トッカータ ピアノ
バラキレフ トッカータ ピアノ
バーンズ 「祈りとトッカータ」 吹奏楽
エリクソン(Frank William Erickson) バンドのためのトッカータ 吹奏楽
伊藤 康英 バンドのためのトッカータ 吹奏楽
C.G.ペイシェ 熱帯の前奏曲より 第7番 トッカータ ピアノ
保坂千里 小さなトッカータ ピアノ
ポリーニ トッカータの形式による練習曲 Op.42 ピアノ マウリティオ・ポリーニとは別人。
マイカパル トッカータ ピアノ
ジャン・バティスト・ルイエ トッカータ グランジャニーによるハープ編曲
ルッツジェーロ ヴィオローネのためのトッカータ ヴィオローネ
ロリン リトル・トッカータ ピアノ
フィリペンコ トッカータ ピアノ
オットマール・シェック(Othmar Schoeck) 2つの小品 Op.29 より第2曲トッカータ ピアノ

改訂履歴:

まりんきょ学問所まりんきょと音楽 > トッカータ


MARUYAMA Satosi