プーランク

作成日:2019-06-18
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はじめに

プーランクの作品は好きだった。聴くほうはというと合唱曲や協奏曲、室内楽曲などが主で、好ましく思っていた。ピアノ独奏作品も少しは聴いていた。 ただ、プーランクの本領は歌曲やオペラだろう。合唱曲は聴いてきたのだから、さらに進めて歌曲やオペラにまで親しむべきだったと今は思っている。 一方、自分で歌ったり弾いたりするほうは、ごくわずかである。 今に至るまでは、合唱曲では次の2曲:「クリスマスのための4つのモテット」、「スターバット・マーテル」だけで、 室内楽はフルートソナタの伴奏だけ、ピアノ独奏曲はトッカータだけだった。

トッカータ

プーランクのピアノ独奏曲は、「ナゼルの夜」や「主題と変奏」のような大曲から、 数分で終わる小曲までまんべんなくある。一番有名なのが前奏曲だろう。なかんでも、「エディット・ピアフを称えて」 はプーランクのピアノ曲で最初に思い出されるものだろう。

さて、ここで取り上げるのは、ピアノのための3つの小品(Trois Piéces pour Piano)から、第3曲のトッカータ (Toccata) である。 このトッカータもプーランクのピアノ作品の有名な作品の5本の指に入るだろう。 このトッカータが有名となった理由について考えてみた。まず、トッカータという形式あるいは曲名が、 鍵盤楽器の楽曲が誕生した時代から存在した由緒あるものだったということがある。 そして何より、ピアノの巨匠ホロヴィッツがたびたび取り上げたことで有名だからということもある。 世間の評判は後者の理由によるものだろうが、 私はとっては前者の理由が大きい。私は、作曲家も演奏者も問わず、トッカータという形式にのみ興味があり、 プーランクだけでなく有名なトッカータを探しては自分の実力を顧みず挑み、そして沈没する、ということを繰り返してきた。 ここではプーランクのトッカータを相手にどのように苦闘したか、 著作権法の違反にならないぐらいの引用をしながら追ってみることにする。

まず、この作品は全部で6ページである。ユージェル版 (Heugel Edition) では 10頁から 15 頁にかけてある。冒頭の2拍を掲げる。 以下、譜面表示には abcjs という JavaScript を用いている。原譜のとの表示の乖離が大きいが、ご容赦願いたい。

速度、発想記号は ♩ = 160 Très animé (commecer un peu au dessous du mouvement) とある。 私がわかるフランス語は「非常に速く」ということだけで、カッコ内はわからない。冒頭は、A-E-H の、空虚五度を積み重ねた和音が打ち鳴らされる。 ここに掲げた譜面は原譜とは異なる。まず、強弱記号が `sfz` となっているが原譜では `sf` である。 また、ペダル(ダンパーペダル)が原譜にはあるが、この abcjs ではかけない。 そして、スラーの書き方が妙になっている。実際は、8 譜休符とのスラーである。 書けないダンパーペダルと合わさって、音が徐々に小さくなり、無音に近づくようすをスラーであらわす。ドビュッシーが多用している。 そして、今気づいたのだが、この小節は2拍なのだ。だからいわゆる、不完全小節なのだ。だからといって、この曲は、 クープランに見られる不完全小節で始めて不完全小節で終えるつじつまを合わせた曲、というものではない。ただ単に、2拍伸ばしたかっただけなのだろう。

そしてこの空虚五度を強調するように、左と右が五度離れたメロディーを弾く。変わった出だしといえばそうだが、 プーランクはいつも変っているので別に驚くことではない。 そして、トッカータらしい、次の同音連打が 8 小節め、控え目に出てくる。

実際には、左手と右手で同音連打が分けて書かれて連桁(ビーム)によってつながれているが、この譜面描画ソフトではそれが表現できないので、 あたかも1本の手で行うように書いている。このような同音連打は、グランドピアノのアクションでないと弾けないというものだ。 1小節飛ばして、さらに速くなる10小節目をみよう。

これも譜面の都合で妙なことになっているが、各拍の第1と第3の16分音符は左手で弾く。また楽譜もそのようになっている。 このような譜面を見ると、クープランの Le Tic-Toc-Choc ou les Maillotins (ティク-トク-ショク、またはマイヨタン) を思い出す人もいるだろう。次の譜面である。

この譜面はおそらくは二段鍵盤のチェンバロ(クラヴサン)のためのものだろう。ピアノのような一段鍵盤では弾きにくいに違いない。 けれども、果敢にピアノで挑戦している奏者もいる。同音連打の嵐をよくぞかいくぐっているものだ。そして、ラヴェルのトッカータも含め、 このプーランクのトッカータもクープランを模しているかのようだ。ちなみに、ラヴェルのトッカータは組曲「クープランのトンボ―」 (通称は「クープランの墓」)であり、プーランクの日本語のアナグラムではクープランになる。 そして、難所の17小節にぶつかる。

難所はまず、1拍から2拍に行くときに右手、H から E への跳躍である。 そして、同じく右手の3拍のFを保持しながらオクターブで下行するトレモロをこなしつつ以降になだらかにつなげないとならない。 18 小節4拍は前後の和声進行と合わせてナポリの6度を形成しており、これはプーランクの特徴といえるだろう。

途中を飛ばして24小節から25小節の右手の動きを見よう。なお、左手、アクセントは省略している。

この24小節4拍め、最後の音は Ges であって Es ではない。規則性が破れている。いや、プーランクは規則性を破っている、と書くべきなのかもしれない。 このあたり、泉下のプーランクに聞いてみたいところだ。 このようなところがプーランクらしい、いいかげんなところだとつい思ってしまう。暗譜にあたっての障害である。 もう少し先の 39 小節めにも、2小節からなる動機が音を変えて繰り返されるところで、かならずプーランクは破調を取り入れている。

39小節めの3拍めは d-E-G-D の音形なのに、 41 小節めの 3 拍めは dis-Dis-Gis-E の音形となり、微妙に違っている。 こういうところに神経を使ってしまい、全体がとらえられなくなる。たぶん、このような細かなところは無視してもよいに違いない。 なお、同様のことは51小節から54小節にもある。

さて暗譜で難儀する個所はこの 56 小節から 57 小節である。 右手の分散和音が変わるし、左手のベース音も変わるから、覚えられない。

さて私が何度躓いたかわからないぐらい苦しんだのが次の個所である。修練を受けていない者が受ける試練である。58小節だ。

この mf から始まるところを私は左手の指使いを 3 2 4 1 の繰り返しとしていて、いつも途中でもつれるのだった。 ハノンなりなんなりでキチンと練習しているよい子供やよい大人は礼儀正しく 3 2 4 1 でひける。しかし、20 年前の私はここで弾けなかった。 さて、今見ると、ここはなんといっても 2 音ずつでスラーがついている。ならば、3 1 3 1 の繰り返しでよいではないか。まったく無駄なことをしたものだ。 そう思いついて 3 1 3 1 の指使いで練習してみたのだが、よれてやはり当たらないのだった。いったいどうすればいいのか!

そして上記のフレーズが再現される下記68小節が、再度私を苦しめる。

まず、右手の内声が難しい。この内声をきちんと出そうとすると、今度はオクターブの外声で間違う。どうすればいいのか。 そして、左手の移動も、pp かつ3連符と5連符のゆえに困難だ。そしてクライマックスが来て、次のいかにもトッカータ風の個所にぶつかる。

五線を1段しか使わないとこうなってしまう。これも2段の連桁ができないことから許してほしい。右手と左手の使い分けはは10小節と同様だ。 また77小節は 8va bassa の記号が使えないため見づらいが、これはこれでアナリーゼ用にはかえって都合がいいかもしれない。 問題は、77 小節から 78 小節に飛ぶときの左と右との組み合わせである。左手は黒鍵だけ、右手は白鍵だけでよいのが気が楽だが、 私は今まで左手は 2 - 5 - 1 - 2 - 1 - 1 - 1 という指でとっていた。最後の3音 (Ais-Cis-Fis)をすべて1、すなわち親指でとるのは邪道だと思うが、 (たとえば最後の3 音は 3 - 2 - 1なのかもしれない)、私がプーランクを弾くことがすでに邪道なのである。

なお、最後の小節の1拍、左手が [EAD] の和音、右手が「EGHE」の和音であるが、左手を [EADE] として DE 同時に左手親指を横にして弾き、 右手は低い E を抜いて「GHE」の和音で処理すると、鋭く聞こえるはずだ。

私の技術

この「私」なる人物の技量はどの程度かと思う方がいるかもしれない。そのような方は、下記の YouTube に映像付きで演奏を公開したので、 確かめてみてもらいたい。ただし、下記の警告付きである。
「注意:この演奏はあなたの健康を害するおそれがあります」
怖いもの見たさ、ということであればどうぞ。

ほかの動画はほとんどが演奏会だったりレコーディングだったりという公式の場の録音・録画であるのに対し、 私の動画は、まず楽器が私の家の電子ピアノであり、しかも隣の台所から音が始終聞こえてきている。それだけでも噴飯物であろう。

仮に、上記の点を除いたとしても YouTube にアップロードされているプーランクのトッカータの中で、 最も下手な演奏であることを自信をもって主張できる(途中で演奏放棄した映像はあったが、それでも放棄するまでの間は私よりうまい)。 少なくとも、演奏と同期がとれている映像をみると、わずかな例外を除きグランドピアノで弾いている。 そのわずかな例外もアップライトピアノの演奏であり、電子ピアノでの演奏を平然とアップロードしている私の能天気さは生き恥をさらしているようなものだ。 再度念を押すが、下記動画を見たり聴いたりした方が健康を害したとしても私は責任を負わない。

プーランク:3つの小品より「トッカータ」 (youtu.be)

記法

楽譜の表示にはabc 記法 を用いている。

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MARUYAMA Satosi