理想のピアニスト(第12回):ショパンの思い出

作成日:2004-03-11
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シューベルト」というページで書いたのだが、 まだ小さい頃、親からクラシックのレコードを何枚か買ってもらったことがあった。 中央公論社の「世界の名曲」と記憶している。 1巻が2枚組2400円のシリーズで、 全24巻だった。買ってもらったのは、そのうち 5 巻分だった。 シューベルトの他には、 バッハ、リスト+ベルリオーズ、ショパン、名曲集だった。 その中で一番良く聞いたのがショパンだった。

この、ショパンの巻の2枚組の内容は今でも覚えている。 1枚目には、A面にピアノ協奏曲第 2 番ヘ短調が、 B面にワルツ嬰ハ短調 Op.64-2、ポロネーズ第 2 番変ホ短調、 スケルツォ第 2 番変ロ短調、マズルカ第 5 番変ロ長調、ノクターン第 5 番嬰ヘ長調が収録されていた。 2枚目には、A面に練習曲(抜粋)、B面に前奏曲(抜粋)があった。 抜粋されていたのは、 練習曲では、Op.10-1, 2, 3, 4, 5, 12, Op.25-1, 2, 7, 11, 12、 前奏曲では、Op.28-1, 4, 5, 6, 7, 13〜24までであった。 これらの曲を弾いていたのは、 アダム・ハラシェヴィチ(ハラシェヴィッチ)という、 ポーランド生まれのピアニストだった。

このショパンの曲に(あるいはハラシェヴィチの演奏に)、私はすごく驚いた。 特に、ショパンの練習曲のOp.10-1で、 度胆を抜かれた。何という広がり、音の洪水だろう。いたいけな私は、 これ以上の音の広がりと音の洪水のある曲を思い浮かべることができなかった。 そしてかすかに、こんな曲が弾けたらいいのに、という願望を抱いた。 他の練習曲もそれぞれに印象的だったが (だから25年以上経った今でもそらでどの曲が収録されているかが思い出せる)、 やはり最初の曲の印象は強烈だった。

前奏曲の場合は、後半の曲が気に入っていた。連続して入っていたからでもあるのだろう。 前半の曲では、第 5 番が本当に好きだった。対位法を駆使したバッハを讃えている、 という解説を当時見ていたが、わたしはバッハとは違う何かを見ていた。 今思うに、むしろスカルラッティ的な要素、 すなわち音の遊びが当時の私には面白かったのではないか。 ともあれ、この第 5 番もこの曲を弾いてみたい、と思わせる魅力に溢れていた。

初めてこれら練習曲や前奏曲を聴いてから数年後、楽譜を買ってきた。しかし、 Op.10-1 も、Op.28-5 も結局弾けなかった。 練習しようとしても、私が最初に立っている位置と、 ハラシェヴィチの弾いた完成された演奏の位置の差が余りに違うことに耐えられなかったからだ。

ハラシェヴィチはショパンコンクールで優勝したが、その後はほとんど知られることはなかった。 この回の2位がウラジミール・アシュケナージであり、こちらの活躍は御存じの通りである。 私は、アシュナージのショパンの前奏曲や練習曲も聴いたことがあるが、 違いがほとんどわからなかった。耳が貧しい、ということなのだろう。

ハラシェヴィチは有名にはならなかった。しかし、おそらくそのためではないかと思うのだが、 廉価版のレコードで金のない貧乏人に感動を与えることになった。 私がアシュケナージよりハラシェヴィチを尊敬するのは、ひとえにそのレコードのおかげである。

その他にも、廉価版のレコードにはお世話になった。 以前の掲示板でも書いたが、 バッハの平均率を弾いたモーリス・コールとか、 ショパンのワルツを弾いたアレクサンダー(アレキサンダー)・ブライロフスキーとか、...と書いて、 他のピアニストは覚えていないことに気付いた。恥ずかしい。

追記:最近私と同じ年代の方に尋ねたところ、買って聞くことができたのはハラシェヴィチのレコードだった、ということだった。 安かったのである (2016-03-26) 。

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MARUYAMA Satosi