副題は《難解な概念を便利な道具にする》。
この本では飾り文字(いわゆるフラクトゥール)が出てくる。関数 `f(x)` のフーリエ変換を `frF[f(x)]` と書いたり、 関数 `f(x)` のラブラス変換を `frL[f(x)]` と書いたりしている。もっとも、 飾り文字が出てくるのはこの2個所だけである。私はフラクトゥールが出てくるとそわそわしてしまうので、 使わなくてもよかったのではないかと思う。
本書では、飾り文字について次のように説明している:
`frF` は,アルファベットの F の飾り文字です。 本格的な物理や数学の数式では,普通の数量に使うようなアルファベットでは表せない新しい概念を表すのに, 飾り文字がよく用いられます。
本書では、`f(x)` をフーリエ変換した結果の関数を `F(omega)` で表したり、 `f(x)` をラプラス変換した結果を `L(s)` で表したりしているので、`F` や `L` をそれぞれフーリエ変換やラプラス変換一般の文字としては使えなかったのだろう。 他の本では、`f(x)` のフーリエ変換を `hat(f)(omega)` で表す例がある。これだとフーリエ変換全体を `F` で表せる。また別の本では、飾り文字ではなくカリグラフ体を用いて `ccF[f(x)]` や `ccL[f(x)]` としている本もある。
文体で気になったのが、常体(だ・である調)の文章に敬体(ですます調)が入っていることだ。
両方の文体が混在させて固さと柔らかさのバランスをとっているのかもしれないが、
私にはむしろ乱れに思える。もう一つは、どこか他人事のような伝聞調の語句が入ることだ。
たとえば、
p.304 のギブス現象の「角」の高さについて、
そして,その値 `Delta C` は次の式で表されるそうである。
とか、
p.330 の微分方程式はラプラス変換を使うと簡単に解くことができるといわれている。
などという個所がそうだ。
こういった個所は「……で表される」とか「……解くことができる」と言い切ってしまうべきだ。
面白かったエピソードはいくつかある。 まず、空気抵抗を考慮に入れた自由落下の式とこれから得られる種々の値を導いておき、 p.42 でこれがスカイダイビングの公式ルールとよく合致しているということだった (考えてみれば物理学上の知見をもとに公式ルールを決めたともいえそうだが)。 それから、力学での減衰振動の式を導いたのち、 p.89 でドアクローザーが臨界減衰に近づくように設計するのが一番よい、 といっている個所は面白かった。 また、p.104 の COLUMN で、タコマ橋の崩壊を紹介したのち、 1981 年に米国アトランタにあるホテルの2階でダンスパーティの最中に、 床が崩れおちて 10 人もの死者が出たことを紹介し、 これはダンスのステップによる振動が床の固有振動数と一致して共振を起こしたためと考えられている、 と付け加えている。タコマ橋は有名で映像も残っているが、ダンスの振動で共振して床が崩れたというのは初めて聞く話で、 不謹慎だが面白かった。
オジサン的な口調も散見される。私が好きなのは、p.230 の次のくだりだ。
どの曲線が被積分関数のグラフなのか, どれが積分値なのかと図上で詮索するのは
御門違 いで, 八百屋に行って魚を探すようなものです。
この八百屋に行って魚を探す
という表現が私は好きだ。自分のページでも、
シューマンについてとか、
中小企業診断士(休止中)勉強日誌(2004年4月)
で使っている。この表現は、
法務大臣などを歴任した政治家、秦野章の言「政治家に徳目を求めるのは、八百屋で魚をくれと言うのに等しい」
から取っている。どうでもいいが、私がかつてアルバイトをしていた八百屋は一族経営の小規模な店であったが、
鰻の寝床のように間口が狭いわりに奥が深く、
表口と裏口の間あたりに店子である魚屋が入っていたので、この八百屋で魚が欲しいときには魚が買えた。
あと、p.195 に見えるこんなダジャレもオジサン的で私は好きだ。
わたしたち現代人は,昔の人と比べるとたくさんのことを知っており, 賢いと思っている。(中略)しかし,あに
図 らんや弟図るや,昔の人も偉かったのである。
p.136 では地球の公転について次のように説明している:
さて,このときの地球の速度を導き出すには,速度を `v` ,角速度を `w` ,半径を `r` とする円運動を考え(図省略)
`v = r omega`
という式が成り立っていることを思い出せばよい。これは高校の物理で習ったでしょう。
高校の物理といっても基礎的な物理と進んだ物理の2段階ある。名称は時代によって違うが、 2段階あることは時代を問わず同じだ。 それで、角速度は進んだ物理の時間でしか習わないはずだ。
このページの数式は MathJax で記述している。
書名 | 今日から使える物理数学 普及版 |
著者 | 岸野 正剛 |
発行日 | 2018 年 12 月 20 日(第1刷) |
発行元 | 講談社(ブルーバックス) |
定価 | 1300 円(本体) |
サイズ | 新書判 336ページ、18cm |
NDC | 421.5 |
ISBN | 978-4-06-514213-0 |
その他 | 越谷市立図書館で借りて読む |
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