高校数学の飛び道具

作成日 : 2015-12-19
最終更新日:

飛び道具とは

高校数学の参考書では、大学入試の試験科目にある数学のために飛び道具を使う、という記述を目にする。 飛び道具とは何か。私の語感ではこんなところだ。 解答を早く、正確に求めるために使われるが、 高校の指導要領や教科書では取り上げられていない公式や定理のことを飛び道具という。

最近では、他の分野でもよく使われる裏技という用語が使われるようだが、 なぜか高校数学やその周辺だけで生き残っている飛び道具ということばには味があるように思える。

1980 年代の二大飛び道具

私の高校生時代は 1980 年代前半であり、そのころの飛び道具といえば次の二つだった。

今ではさらに多くの公式や定理が飛び道具として認知されているが、それらは後にしてまずこの二つの定理を述べよう。

ロピタルの定理

飛び道具と聞いてまっさきに思い出すのがこのロピタルの定理 ( L'Hospital's rule ) であり、文献 [1] (p.84) でもその通り述べられている。 この定理は次のように述べられる。

2 つの関数 `f(x)` と `g(x)` がある。どちらの関数も定数 `a` ( 正の無限大および負の無限大を含む ) に関して `x = a` のある近傍で定義されていて(ただしどちらも `x = a` についての定義は不要)、その近傍で下記の条件が満たされているとする。

このとき、次の等式が成り立つ。

` lim_(x -> a) (f(x))/(g(x)) = lim_(x -> a) (f'(x))/(g'(x)) `

定理自体の証明はここでは述べない。証明は、コーシーの平均値の定理から得られる。 コーシーの平均値の定理はラグランジュの平均値の定理から導かれる。 ラグランジュの平均値の定理を証明するには、ロルの定理を使う。 ロルの定理は、有界閉区間における連続な関数は最大値および最小値をもつという定理に基づいている。 この最大・最小値定理は実数の性質から得られる。

ケーリー・ハミルトンの定理

もう一つの飛び道具であるケーリー・ハミルトンの定理 (Cayley-Hamilton theorem) は次のように述べられる。

`n` 次正方行列 `A` の特性多項式を ` phi_A(x) ` とするとき、` phi_A(A)` は `n` 次のゼロ行列に等しい。

高校の数学では正方行列の次数は2に限定されるので、次のように記される。
2次正方行列 `A` を `((a, b),(c, d))` で表すとき、次の等式が成り立つ。ただし、`I` は 2 次の単位行列である。
`A^2 - (a + d)A + (ad - bc)I = 0`

2015 年現在は、高校の数学で行列は履修しないので、高校数学の飛び道具という認識は薄れていくだろう。

飛び道具の例

以下は、最近の飛び道具を見よう。

1 / 6 公式

1 / 6 公式とは妙な名称だが、受験数学でよく知られている。 名前のいわれは、その公式の係数に 1 / 6 が出てくるからである。 直線 `y = px + q` と放物線 `y = ax^2 + bx + c (a > 0) ` が2か所で交わるとする。 その交点の `x` 座標をそれぞれ `alpha, beta (alpha < beta) ` とするとき、 直線と放物線で囲まれる領域の面積は `1/6 a (beta - alpha)^3` で求められる、というものである。

説明は省略するが、放物線 `y = ax^2` の区間 `[0, alpha]` の積分が `1/3 a alpha^3` で求められることが基本になっている。これを 1 / 3 公式と呼ぶことがある。

1 / 6 公式の変種として 1 / 12 公式というのもある。 放物線 `f(x) = ax^2 + bx + c (a > 0) ` 上に異なる2点 `(alpha, f(alpha)) , (beta, f(beta)) (alpha < beta)` をとる。 それぞれの接線と放物線で囲まれた領域の面積は `1 / 12 a (beta - alpha)^3` で与えられる。

バウムクーヘン積分

1 / 6 公式が積分で面積を求めるときの飛び道具であるのに対し、バウムクーヘン積分は体積、特に回転体の体積を求めるときの飛び道具である。 通常回転体の体積は、回転軸に垂直な平面で回転体を薄く切り、その切った立体の面積*回転体の厚さを積分することで求める。 バウムクーヘン積分とは、回転軸に平行な薄い筒で立体を削り(むく、というべきか)、その筒の体積を積分することで求める。 半径 `r` 、高さ `h` の円筒の体積を積分するとしよう。通常回転体積分では、切断面積 `pi r^2` に微小な厚さ `delta y` を乗じた体積素片を 0 から h まで積分する。 一方バウムクーヘン積分では、高さ `h` と、中心から `x` だけ離れた厚さ `delta x` の薄い筒の体積 `h * 2 pi delta x` を 0 から r まで積分する。 バウムクーヘンの名前は、体積素片がバウムクーヘンを連想させることからつけられた。

安田の定理

関数 `f(x)` と `g(x)` が定数 `a` の近傍で定義されていて、`g'(a) != 0` とする。 `(f(x)) / (g(x))` が `x = a` で極値をとるとき、`(f(a)) / (g(a)) = (f'(a)) / (g'(a))` が成り立つ。

雑誌「大学への数学」などで知られる数学指導者の安田亨氏により示されたことから「安田の定理」または「安田の公式」と呼ばれる。 証明を文献 [2] p.278 にそって述べる。

証明:`h(x) = (f(x)) / (g(x))` と置く。 `h(x)` が `x=a` で極値をとることから、 `h'(x) = (f'(x)g(x) - f(x)g'(x)) / {g(x)}^2` が `x = a` で 0 となる。よって、`h'(x)` を表した式の右辺の分子が `0` であるから、 ` f'(a)g(a) = f(a)g'(a)` である。この両辺を `g(a)g'(a)` で割ると `(f'(a))/(g'(a)) = (f(a))/(g(a))` である。右辺は `h(a)` そのものであるから、 `h(a) = (f(a))/(g(a))= (f'(a))/(g'(a)) ` 。よって証明された。

リーマン・ルベーグの補題

`f(x)` は区間 `(a, b)` で可積分であるとする。このとき、次が成り立つ。

`lim_(n -> 0) int_a^b f(x) sin nx dx = 0, lim_(n -> 0) int_a^b f(x) cos nx dx = 0 .`

上記はリーマン・ルベーグの補題(定理とも)と呼ばれる。この事実を使うと積分の極限を速く求められることがある。

ガウスの公式、グリーンの公式、ガウス・グリーンの公式

高校数学で飛び道具として紹介されるときは、なぜかガウス・グリーンの公式あるいはガウス・グリーンの定理として紹介されることが多いが、 大学数学では単にグリーンの公式またはグリーンの定理と呼ばれる。そしてガウスの公式はグリーンの公式とは別のものとして定義される(文献 [3] pp.240-241 など)。 まずは大学流の書き方で述べる。

ガウスの公式

区分的 `C^1` 級正則な曲線 `C` で囲まれた領域 `S` を考える。 ここで、`bbn` を `C` の外向き法線単位ベクトル、`bbF (x, y) = (f(x, y), g(x, y))` を `S` を含む範囲で `C^1` 級なベクトル場、 `"div" bbF = f_x + g_y` とすると、次の等式が成り立つ。

`int int_S "div" bbF dxdy = int_C bbF * bbn ds`

グリーンの公式

区分的 `C^1` 級正則な曲線 `C` で囲まれた領域 `S` を考える。`C` に反時計まわりの向きを与え、 単位接ベクトルを `bbu` とする。 `S` を含む範囲で `C^1` 級のベクトル場 ` bbF = (f, g)` について、以下が成り立つ。

`int int_S ((del g) / (del x) - (del f) / (del y)) dx dy = int_C bbF * bbu ds`

このグリーンの公式は、偏導関数を含む重積分を境界における線積分で表すものであり、一変数の積分法における部分積分に相当する。 なお、上記の右辺は次のように表すことができる。

`int_C bbF * bbu ds = int_C f(x, y) dx + int_C g(x, y) dy`

ガウス・グリーンの公式(飛び道具版)

`x = x(t),y=y(t)` とパラメータ表示された曲線 `C` がある。`alpha <= t <= beta` の範囲で `t` の増加とともに点 `P(t) = (x(t),y(t))` が原点中心に反時計回りに動くとき、 動径 `OP(t)` が掃いた部分を `S` とする。 `S` の面積を `#(S)` と書くと、 `#(S) = int_alpha^beta 1/2 (x (dy)/(dt) −y(dx)/(dt) )dt` で与えられる。 これは、上のグリーンの公式と同じものなのだろうか。追って調べてみる。

グリーンの公式からのガウス・グリーンの公式(飛び道具版)の導出

重積分を用いて `#(S) = int_S dxdy` で表されることに注意する。 グリーンの公式
`int int_S ((del g) / (del x) - (del f) / (del y)) dx dy = int_C f(x, y) dx + int_C g(x, y) dy`
は次のそれぞれの等式
`int int_S - (del f) / (del y) dxdy = int_C f dx`
`int int_S (del g) / (del x) dxdy = int_C g dy`
の辺々の和として得られたことを思い出そう。上の式で `- (del f) / (del y) = 1` とすると、`f = -y` である。 一方、下の式で `(del g) / (del x) = 1` とすると、`g = x` である。これらをそれぞれの式に代入すると、
`int int_S dxdy = int_C -y dx`
`int int_S dxdy = int_C x dy`
が得られる。辺々足すと、
`2 int int_S dxdy = int_C (x dy - y dx)`
となり、
`#(S) = int int_S dxdy = 1 / 2 int_C (x dy - y dx) `
が得られる。

最後に調べないといけないのは、`C` は閉曲線であるのに対し、積分範囲の変換時に `alpha` から `beta` までとしていることは問題ないのだろうか、 ということである。

そこは私も自信がない。`P(t)` が `P(alpha)` から `P(beta)` まで動く前後に、原点`O`から `P(alpha)` まで線分を `OP(alpha)` を動いているときと、 `P(beta)`から原点`O`にもどるときは面積の増減はないのだから、結果として同じなのではないかといういいかげんな考えが精いっぱいだった。

ということで、実際の計算には右辺で面積を計算できる。
`#(S) = 1 / 2 int_alpha^beta (x (dy)/(dt) - y (dx)/(dt)) dt`

傘型積分

傘型積分とは、軸のまわりに図形を回転してできる立体の体積を求める、ある種の方法である。 通常の方法では、回転体の軸に垂直な平面で切断したときの面積をもとに積分するのに対し、 傘型積分では、回転体の軸とは平行ではない傘型に分割し、この傘の表面積をもとに積分する。 傘というのは妙な名前だが、広げた傘の形を見ると、傘の中棒が回転軸に、 傘布の部分が表面積を求める部分に見立てられるのでこの名前がついたのだろう。 なお、傘というと中棒のある傘布を指し、 中棒のない傘布は笠の字を充てる、という説明がされているページがある。 体積を計算するのは中棒の部分を省いた傘布だけの部分だから笠型積分と表記するのがいいかもしれない、 それはともかく、バウムクーヘン積分といい、積分の名称にはいろいろおもしろいものがある。

この傘型積分は、`xy` 平面における図形の回転体が、`x` 軸や `y` 軸のまわりの回転ではなく、 `y = mx` のまわりの回転体(斜回転体、斜軸回転体)を求めるときに有力である。

さて、この傘型積分を説明する前に、普通の回転体の積分について調べよう。 関数`y=f(x)` を区間`[a,b]`部分で `x` 軸に沿って回転させたとき、 その回転体の体積 `V` は次の式で与えられる:

`V = pi int_a^b f^2(x) dx`

この式の導出は次のように説明される。いわく、区間 `[a,b]` 内の点 `x` において、回転体の断面の面積は、 `pi f^2(x)` である。そして、微小区間 `x` と `x + Deltax` の間の回転体の体積は、 `pi f^2(x) Deltax` と考えてよい。よって、この微小区間での回転体体積を区間 `[a,b]` で積分して、 上記の体積の式が得られる。

このような説明で私は納得してきた。しかし、このような説明では納得しない人がいるかもしれない。 たとえば、微小部分といっても、`x + Deltax` 部分の断面の面積は `pi f^2(x+deltax)` だから、微小区間の回転体体積を `pi f^2(x) Deltax` とすることは不正確ではないか、 という理由で納得しない人がいるかもしれない。以上の理由で納得できない場合は、 `f(x)` と `x` 軸の間の、 区間`[a,b]`での面積を求める積分操作の議論まで遡る必要がある。

さて、傘型積分を考えてみよう。典型例として次の問題を考えよう。斜回転体の体積を求める問題として知られている。
`y=mx (m gt 0)`と`y=x^2` で囲まれる部分を、直線 `y=mx` を軸として回転させたときの体積 V を求めよ。
通常の回転体の体積を求めるときに考えたのはある位置 `x` における、断面である円の面積であり、 また円の面積に微小な高さを乗じた円柱の体積だった。 傘型積分の場合は、断面は円ではなく傘であり、 したがって傘の微小体積も断面に微小高さを乗じたものになる。 ある位置 `x` と `x + Deltax` の間にある、傘の微小体積を求めよう。 一つは、傘の微小面積に増分 `Deltax` を乗じる方法、もう一つは、傘を円錐としたときの円錐の体積から求める方法である。 ここでは前者の方法を示す。
位置 `x` における `y=mx` と `y=x^2` の距離を `d` とする。 また、直線 `y=mx ` と `x` 軸がなす角を `theta` とする。 傘の底面の円の半径は、`d cos theta` である。 したがって、円錐の側面の面積は `pi d^2 cos theta` である(証明略)。 すると傘の微小体積は上記面積に `Delta x` を乗じて、`pi d^2 cos theta Delta x` となる。 求める回転体の体積 V は、この傘の微小体積を `x=0` から `x=m` まで積分すればよい。

`V = int_0^m pi d^2 cos theta dx`
`= pi cos theta int_0^m (mx - x^2)^2 dx`
`= pi cos theta [x^5/5 - mx^4/2 + m^2 x^3/3]_0^m`
`= pi/30 m^5 cos theta`
`= (pi m^5)/(30 sqrt(m^2+1))`

式の導出ははなはだ不親切だが、他のもっと親切なページを参考にすれば理解できると思う。 特に、`a = 1` とした場合は他のページにも答が出ているので参考になるだろう。 この方法も飛び道具だから表向きは使わないほうがいいだろう。

重積分

重積分とは、多変数、すなわち二つ以上の変数からなる関数の積分をいう。 私はむかし、このことばを知ったとき重という文字を妙に感じたのだが、 これは多重積分のことだとわかって納得したのだった。一変数の積分では区間上の積分であるのにたいし、 多変数関数の積分では、その変数の領域が平面だったり立体だったりする。たとえば、二重積分は領域を `S` として、
`int int_S f(x,y) dx dy`
のように書く。

重積分を知っていると楽に解けそうな問題が大学入試問題にある。

`xyz` 空間において、不等式 ` 0 <= z < 1 + x + y - 3(x-y) y , 0 <= y <= 1 , y <= x <= y + 1` のすべてを満足する `x, y, z` を座標にもつ点全体がつくる立体の体積を求めよ。

記述予定(2017-09-24)。

どんなときに飛び道具を使うか

飛び道具を使うのは時と場合による、というのが一番無難な、そして答になっていない答である。 使ってはいけないのは、飛び道具を使わない解を求められていると察知されるときだろう。たとえば、

`lim_(theta -> 0) sin theta / theta` の値は 1 であることを証明せよ。ただし `theta` は弧度法で表されているとする。

というときに、こんな解答をすれば張り倒されるだろう。

分母、分子をともに `theta` で微分すると、分母は `1`, 分子は `cos theta` であり、`theta -> 0` のとき `cos theta -> 0 ` だから 分子は `1` に近づく。よって、ロピタルの定理より求める値は `1` である。ゆえに、証明された。

出題者の意図は、教科書に述べられている由緒正しい方法、すなわち三角形の面積から `sin theta` を上下から評価して、 はさみ打ちの定理で `theta -> 0` の極限を求める方法を記述することだ。

数式とグラフの記述

数式の記述には、ASCIIMathML を使っている。 なお、以前はASCIISVG を使ってグラフを表示させていたが、現在ではグラフを省いた。

文献

  1. 藤田 宏、今野 礼二:基礎解析 I 、岩波書店 (1994)
  2. 安田 亨:入試数学 伝説の良問 100 、講談社ブルーバックス (2003)
  3. 藤田 宏、今野 礼二:基礎解析 II 、岩波書店 (1995)
  4. 芳沢光男:出題者心理から見た入試数学、講談社ブルーバックス (2008)

リンク集


まりんきょ学問所数学の部屋 > 高校数学の飛び道具