青島 広志:[新装版]究極の楽典 |
作成日: 2020-07-03 最終更新日: |
「まえがき」より引用する:この書物は、現在考えられる同種の出版物の中で、
最も知識量が多く、正確な情報を記載することに務めましたので、
受験生や研究者の仕様にも十分耐えられるでしょう。
もともとは雑誌の連載ということもあってか全体的に読みやすい。
と書いた矢先、p.9 に黒っぽい音符が蟻のように蝟集しているからだということがわかります。
とあるように、難しいことばが出てくるので注意しなければならない箇所もある。
さて、この本に時々出てくるイラストは誰が書いたのだろう。著者の青島広志氏によるものだろうか。
しかし、ときどきわからないことがある。
たとえば、第3課は「音の歴時の記譜法について」とある。この歴時ということばの定義が見当たらない。
索引を見ても、歴時の項はない。どうも音楽、それも音符の記譜法に限定して使われるようで、
https://www.nier.go.jp/guideline/s22ejo/chap4.htm
の第四章 第二 学習指導上注意すべき要点 二 3) の小学校第五学年で、
音符の種類の混合については制限しないが,あまりに歴時の短い音符,例えば三十二分音符以上のこまかい音符は避けるほうがよい。
という記述がある。このような用例から、歴時とは、「基準となる音価に対する時間の割合。相対的な時間。
特に音符や休符の長さについていう」と定義できそうだ。
p.116 では、それではここで、各種の調について一瞥することにしましょう。
とある。
私はあまり調性のもつ固有の性質というのは興味がない。
この調性ならばこんな性質をもつ、
と判断するのは、誰それの血液型はこうだから、性格はこうだと判断するようなものではないか、
と思っている。ただ、調でその曲の性格を判断するのは、
血液型よりはひょっとしたら意味があるのかもしれないとも思う。
著者が調による各種の性格を説明している例で付け加えてもらいたかったのは、
楽器による調性の向き不向きがあることである。
たとえば、鍵盤楽器では黒鍵が多い調(特に調号が5つから7つまでの調)が、
手の形から弾きやすいので鍵盤楽器の曲に向く、
弦楽器では開放弦がよく鳴るようにシャープ系の曲(ト長調、ニ長調、イ長調、ホ長調)が向く、
管楽器では楽器の性質からフラット系の曲が多いなどである。
もちろん、著者も一部は楽器との関連を述べている。たとえば、
ヘ長調ではホルンの音を想起させる
とか、
また変ロ長調では多少くすんだ音色を持つが、滑らかなパッセージに適するのは、
クラリネットからの連想であろうか
などと述べている。そのような管楽器への言及があるのにかかわらず、
弦楽器や鍵盤楽器への言及がないのは、チェロやピアノを弾いてきた私としては、ちょっと残念なことなのだ。
一応、本書には載っていない、私が思いつくなかでの鍵盤楽器の作品と弦楽器の作品を列挙する。 なお、第1候補からは24の前奏曲とか、24のフーガに相当するものを最初に除外したが、 それでも思いつかないものはこれらの前奏曲やフーガから挙げている。 また、シャープやフラットが7つある調号も列挙した。
調性 | 鍵盤楽器の作品 | 弦楽器の作品 |
---|---|---|
ハ長調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番 Op.53 | モーツァルト:弦楽四重奏曲 K.465 |
ト長調 | シューベルト:ピアノソナタ第18番 D 894 | ヘンデル:合奏協奏曲 Op.6-1 |
ニ長調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第15番 Op.28 | ヘンデル:合奏協奏曲 Op.6-5 |
イ長調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第28番 Op.101 | ヘンデル:合奏協奏曲 Op.6-11 |
ホ長調 | ショパン:スケルツォ第4番 Op.54 | バッハ:無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番 BWV1006 |
ロ長調 | ショパン:ノクターン第17番 Op.62-1 | ? |
嬰へ長調 | フォーレ:バラード Op.19 | ? |
嬰ハ長調 | バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番 BWV 848 | ? |
ヘ長調 | フォーレ:前奏曲第4番 | ヘンデル:合奏協奏曲 Op.6-2 |
変ロ長調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第29番 Op.106 | ヘンデル:合奏協奏曲 Op.6-7 |
変ホ長調 | フォーレ:舟歌第6番 | モーツァルト:協奏交響曲 K.364(注1) |
変イ長調 | ショパン:幻想ポロネーズ | ? |
変ニ長調 | フォーレ:夜想曲第6番 | ? |
変ト長調 | シューベルト:即興曲 Op.90-3 | ? |
変ハ長調 | ? | ? |
イ短調 | シューベルト:ピアノソナタ第14番 作品143 D 784 | バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番 BWV1041 |
ホ短調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第28番 作品90 | メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(注1) |
ロ短調 | フォーレ:夜想曲第13番 Op.109 | ヴィヴァルディ:調和の幻想 Op.3-10 RV580 |
嬰ヘ短調 | ドビュッシー:ベルガマスク組曲より「パスピエ」 | ? |
嬰ハ短調 | フォーレ:主題と変奏 Op.73 | ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 Op.131 |
嬰ト短調 | ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ | ? |
嬰ニ短調 | バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻第8番 | ? |
嬰イ短調 | ? | ? |
ニ短調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番 Op.31-2 | バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 |
ト短調 | バッハ:フーガ BWV578 | コレルリ:クリスマス協奏曲 |
ハ短調 | バッハ:トッカータ BWV911 | ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番 Op.110 |
ヘ短調 | ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番 | ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番 Op.95 |
変ロ短調 | ショパン:ピアノソナタ第2番 | バーバー:弦楽のためのアダージョ |
変ホ短調 | ヤナーチェク:ピアノソナタ | ? |
変イ短調 | アルベニス:ラ・ベーガ | ?(注2) |
列挙して自分で意外に思ったのが、私が弾かない後期古典派(モーツァルト、ベートーヴェン)や、 前期ロマン派(シューベルト、ショパン)がけっこう思い浮かんだということだった。 もちろん、ここに挙げなかったフォーレやスカルラッティや、その他私の守備範囲の曲もあったが、 その調性を目の前にするとある意味「負けて」しまうのだった。 また、弦楽器の曲はほとんど知らないのだった。特に、弦楽四重奏曲は知らないので、 思い出す曲が偏っている。
この[新装版]では、pp.262-263に[和音の補遺]がある。そこでは、
本書は和音の学習に、1960 年代から日本で用いられた音度記号(Ⅰ,Ⅴ など)を用いている。
とある。この、いわば日本式とは別にドイツ式やフランス式がある。著者はこの補遺で相互の関係を整理している。
最後に著者はこう主張している。
初心者は、まず日本式の音度記号で和声の機能と和声の連結を覚え、 その後に数字に向かうのが最良の学習方法と思われる。 従って、日本式を全面的に廃止することは性急かつ不可能である。
ここで数字に向かう、というのはドイツ式やフランス式のことをいうのであろう。 日本の音度記号はローマ数字が主体にアラビア数字を補助的に用いるが、 ドイツ式やフランス式の場合はアラビア数字のみである。
さて、WEB でこの日本式の音度記号を出すにはどうすればいいのだろうか。 ASCIIMath を使うことができるかという実験をしたが、 できなかった。その代わりに MathML を使うとそれらしい記号が表示できた。
基本形はローマ数字だ: Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ、これはそのまま表示できる。
第1展開形は右上に 1 を記せばよい。これはべき乗である。 MathML では <msup> を使う
第2展開形や第3展開形も同様である。
七の和音は右下に 7 を記せばよい。これは添字である。 MathML では <msub> を使う。
最初の難関は、V7 の根音省略形である。Ⅴにスラッシュを入れればいいのだが、 調べてみると可能なようだ。 <menclose notation="updiagonalstrike"> を使う。
次の難関は、借用和音である。まず、長調における同主調の借用和音を表せるか。 和音記号の前に小さな〇をつけるのだが、これができるか。これには、○ ∘という文字があるようだ。
短調における同主調の借用和音はどうか。 ドリアのIV、ピカルディ―の(長)3度は左側に + を置くだけでいい。
+Ⅳ、+Ⅰ
一番の難関はドッペルドミナントである。、 実際にはⅤの字は蓋がかぶせられていないといけないがそんなフォントがあっただろうか。 ごまかしてナブラ∇を使うことは考えられるが、その上に V を載せる技は思いつかない。 チェコ語などのハーチェクが似ているだろうが、実際には V そのものを載せたい。 ルビに V を使うという荒業も考えたが、結局下はナブラ∇を、上は V を <mover> で載せることにした。
この本ではときどき作曲家の名前が突然出てくる。 p.236 では、
弦楽器固有の記号を説明している箇所の末尾に、
その他、ペンデレツキのなどは次のような特殊奏法を指定している。
とある。
なぜペンデレツキなのかわからなかったが、
同じ日に借りてきた沼野雄司の「ファンダメンタルな楽曲分析入門」に、
そのペンデレツキの楽譜が載っていたので、理由がわかったような気がした。
誤植なのかもしれないし、誤植ではないのかもしれないが、気になったところを列挙する。
p.199 メトロノームの発明者がヨハン・ネムポク・メルツェルとなっているが、 ただしくはヨハン・ネポムク・メルツェルであろう。
p.204 譜② ショパン/即興曲第1番 op.29
rit. がある小節で、
C の2分音符、Des, D の4分音符にすべてトリルがあるはずだが、欠落している。
p.210 チャイコフスキー/≪くるみ割り人形≫ op.71 より 花のワルツ
2小節め左手が A-D-Fis-A となっているが、オーケストラでは A-Dis-Fis-A
(Dの音符に#がつくはず)である。これはピアノリダクションの楽譜が D のままだからかもしれない。
p.221 クレメンティ/ソナチネ op.36-4 より 2楽章の楽譜が 6/8 になっているが、 2/4 が正しい。IMSLP にあった RICORDI mugellini 版では 2/4 になっている。
p.236 〈弦の指定……sul G または sul IV 等で示す(G線=IV、~ E線=I)〉とあるが、 カッコ内の対応はヴァイオリンに限られる。ヴィオラやチェロでは、 C線=IV、~ A線=I となる。なお、sul G の表記はイタリア語であり、 フランスの作品では sur G のようなフランス語表記も見られることを付記する。
p. 237 〈Cuivre (仏)……ホルンに用いられる。fや>と共に記され、さらに音符の上に十字を記す。 手をアサガオの中に入れるので、柔らかさが失われる。弱い効果のためにも十字が用いられ、この場合は Bouché (仏)と呼ばれる〉 通常は Cuivre より Gestopft(独)を使うと思う。 また、「手をアサガオの中に入れるので、柔らかさが失われる。」というのも誤解を生みやすい表現で、 アサガオの中に手を入れたときの管のふさぎ具合で柔らかさが失われ「鋭く」なる場合もあれば、 柔らかさが増す場合もある。「弱い効果」というのは、おそらくは鋭くなる効果を減じる、 という意味ではなく、柔らかさを増す効果のことをいうのであろう。
書 名 | [新装版]究極の楽典 |
著 者 | 青島 広志 |
発行日 | 2019年12月15日(新装版第1版第1刷) |
発行元 | 全音楽譜出版社 |
定 価 | 2500円(本体) |
サイズ | A5判 |
ISBN | 978-4-11-810357-0 |
その他 | 越谷図書館南部図書室で借りて読む。 |
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