国広 哲弥:新編 日本語誤用・慣用小事典

作成日:2010-03-19
最終更新日:

概要

著者が以前出版した「日本語誤用・慣用小事典」 「続 日本語誤用・慣用小事典」を統廃合し、さらに新しい解釈を加えた版である。

感想

すべからく

「須く」(すべからく)を「すべて」の意味で使う例は誤用であることは、 呉智英を初め、多くの学者や評論家が挙げていている。 たとえば、翻訳家の工藤幸雄などがいる。 著者は国語学者として冷静な目でみつめ、 このような用例が誤りとみなされないようになるだろう、とも述べている。

小谷野 敦の書評

小谷野敦は、 Amazon において本書の書評を星1つ (www.amazon.co.jp)とした。 たかが「命題」の誤用がないからというだけで星1つ扱いするのは大人げないと思う。

ちなみに、上記リンクで小谷野が しかし私以外の誰も、「命題」を「達成すべき目標」「設問」の意味で使う誤用を指摘しない。 というのは誤りで、少なくとも呉智英が過去に指摘している。また、論理学者や人工知能研究者も著書で注意を促している。 人工知能の研究者による注意は記号処理プログラミングの書評を見てもらうとして、 ここでは呉智英の「回るからこそ回路なのだ」(「言葉につける薬」所収、双葉文庫 1998年1月30日初版)の 26 ページから引用する。

(前略) 新聞の政治面の記事や政治家の演説などで「至上命題」という言葉が時々使われる。 「新内閣の至上命題は平行線をたどる日米協議の決着である」というような使い方だ。

正しくは、これは「新内閣の至上命令」である。何はさて措いてもまず実行しなければならない第一の命令、 ということだ。誤用した記者たちは、「命題」を「命令」と「課題」の合成語だとでも思い込んでいるのだろうが、 「至上命題」では意味を成さない。命題というのは、論理学の用語で、 判断を整理して記述した形式のことであり、英語でいえば「プロポジション proposition」(提案、陳述) である。典型的には「A は B である」という文章をいう。(後略)

ちなみに、私の語感では上記誤用の「至上命題」には「ミッション」という外来語があてはまる。 外来語を日本語に訳し直すと「使命」「任務」だからこれらを当ててもよいだろう。 ただし強調の意味で「至上」ということばをこれらの言葉の上にかぶせるのはこれも語感がよくないので、 「重要な使命」「第一の任務」ぐらいだろうか。

また、小谷野の指摘を受ければ「達成すべき目標」という語感が私にはぴったりくる。 これを現場風に言い換えれば「必達目標」となる。 「目標」自体に達成すべき、という意味があるので、重複表現という人もいるが、 ここでの目標という言葉は中立化しているとみられるので、私は必達目標でよいと思う。 重複表現については、 冗語法を考えるというページで自分の意見を述べているので、参考にしてもらいたい。

なお、小谷野と呉の関係について調べてみた。 小谷野は、「至上命題」が誤用日本語であることを少なくとも2002年から指摘している。 これはインターネット上の検索結果から知った。 この誤用日本語を指摘したWEBの論評において、 他の例である、「すべからく...すべし」の呼応がないことの誤用を指摘するとき、 小谷野はこの誤用について呉智英が指摘を行っていることを引き合いに出した。 だから、小谷野は呉の活動を知っている。ということは、 Amazon の書評で小谷野が次のように言っていることは矛盾している。

この種の本に決して出てこない「命題」の誤用。 多くの人が使っているから誤用ではなくなったというなら、そう説明すればよろしい。 しかし私以外の誰も、「命題」を「達成すべき目標」「設問」の意味で使う誤用を指摘しない。

敢えて小谷野が主張することを忖度して言えば、こうなるだろう。 《この種の本を書くのは国語学者であり、 そのような者であれば「至上命題」の誤用について気づいて当然であろう。 それを知ってか知らでか取り上げなかったのは国語学者の資格がない。 よって、星は1つとなる。》

しかし、私はそうは考えない。よい本だと思う。

書誌情報

書名新編 日本語誤用・慣用小事典
著者国広 哲弥
発行日2010年1月20日(初版)
発行元講談社現代新書
定価780円(本体)
サイズ新書判
ISBN978-4-06-288033-6
その他越谷市立図書館で借りて読む

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MARUYAMA Satosi