フォーレが幻想曲(ファンタジー)と名付けた曲は、いくつかある。
このページでは、ピアノとオーケストラのための幻想曲について記す。
ピアノとオーケストラのための幻想曲 Op.111 ( Fantaisie pour Piano et Orchestre, op.111 ) は、 幻想曲という名前にもかかわらずあまり幻想的ではない。ショパンの幻想曲と同様の関係である。 フォーレのこの曲については、一楽章でかつ三部形式の曲を作った結果、他に名前のつけようがないから仕方なく幻想曲という名前をあてはめたのではないか、 というのが私のうがった見方である。 なお、フォーレにはもう1曲、 ピアノとオーケストラのために書かれた作品として、 バラードがある。
さて、幻想曲である。この曲は三部形式の手法をとっている。三部形式は A - B - A' という形式をとるが、 ここでは A, B, … をテーマの識別に用いるので、三部形式の各部は単に第1部、第2部、第3部ということにする。 三部形式なので、第3部は第1部の変奏や展開といっていい。
第1部の冒頭はピアノ独奏で幕を開ける。この第1の主題 A は非常に立派であり、付点音符を伴っていることもありあまりフォーレらしくない。 ただ旋律がリディア旋法なので、やはりフォーレの工夫があるという驚きがある。下の譜例で、右手の Fis がリディア旋法の特徴を示している。
譜例1
そのうち新たな第2の主題 B が 29 小節からオーケストラに現れる。このオクターブ跳躍で始まる旋律は終始伸びやかだ。 ピアノはこの第2の主題を、幅広いアルペッジョや細かな音階で装飾する。
譜例2
これら2種類の主題がピアノとオーケストラで続く。ピアノはアルペジオを交えながらメロディーを奏でる個所もあり、かなり難しい。 そのうち、第1の主題が優越するが、付点音符が 1/2 の音価に短縮され、かつ短調への解決を目指す和声進行が提示される。 110 小節から111 小節のコード名でいえばは B7 であり、次に Em が来る準備がされる。112 小節はすべての楽器にフェルマータ付きの全休符が与えられている。
第2部を第1部と比べると、まず拍子が4拍子から3拍子へ、また長調主体から短調主体へ、という大きな違いがある。 その展開部はピアノの付点のリズムで始まり、かつ和声の解決が極度に少ない。後者に関していえば、 主音に対する3度が長3度なのか短3度なのか、という解決が先延ばしされ、かつ解決してもすぐ別の調に乗り移ってしまう。 そのためこの展開部は不安定さが支配している。まず 113 小節から 120 小節までの8小節を見てみよう。
譜例3
この切迫感はフォーレの他の曲には見られない。 次の121 小節から 124 小節までの 4 小節はピアノは休みでオーケストラのトゥッティとなる。 この Vn1、Va、Cl によって奏でられる主題を C と呼ぶ。
譜例4
第2ヴァイオリンが執拗な付点のリズムをつけ、周りの楽器が和声を彩っていることに注目されたい。 この付点音符が続いたあと、次の息の長い主題 D がピアノで奏でられる。音はすべてテヌートである。 このときも付点音符は伴奏で続いているが、連続的だった付点音符は間欠的になる。
譜例5
C と D による第2部はまだ続くが、付点が止むと同時に長3度をもとにしたヘミオラ音形が現れ、 それとともに微妙に和声が変化する。 その変化の中で、オーケストラにいつのまにか提示部の主題 B が忍び込んでいる。 この B と C による相克が続いたあと再度、 D が登場し、ヘミオラが再現するが当然色合いが異なる。その後 B の再登場についで C のかわりに A が重なり合い、 第3部への予感が強まる。そして期待通り音量が大きくなり、389 小節で第3部を迎える。ここで拍子も4拍子に戻り、短調から長調主体へと回帰する。
第3部の主題 A, B についてはより自由な扱いがなされている。ピアノは旋律とアルペジオがの融合の度合いが高まり、弾きにくさが高まる。 395 小節からはほとんど 16 分音符が続き、なおかつ 407 小節以降は 1拍に4つの 16 音符から1拍に6つの 16分音符(6連符)が主体となる。 そしてフォーレ得意の全音階進行を交えながらクライマックスが形作られ、ついに 480 小節以降フォルテシモを迎える。 これ以降、フォルテシモのままでピアノでオクターブの32分音符の連打にいたり、曲が締めくくられる。
珍しく曲の紹介を長々とかいてしまった。それだけこの曲への思いが強いのである。 この曲を2台ピアノでやろうと画策したことがある。1984 年のことだ。 相棒を巻き込み、 独奏部分を練習したまではよかったが、 事情があり練習を中断してしまった。 もうそれから長年たつが、 この曲を演奏してみたいという野望は相変わらずある。 せめて、どこかの楽団がやってくれないかなとも思う。
なお、ドビュッシーにも「 ピアノとオーケストラのための幻想曲 」がある。この作品には、 フォーレの影響(特にバラード)があるとも言われている。(2007-09-17)
譜例を加えるとともに、解説も増やした(2019-06-01)。
編成は次の通りである。
フルート2、オーボエ2、クラリネット(B管)2、ファゴット2、ホルン4、トランペット(C管)、 ティンパニ、ハープ、弦5部、ピアノ
約15分の曲、協奏曲というには小さいが、 せめて「パガニーニラプソディー」ぐらいに有名にはなってほしい。
ミニチュアスコアはペータースから出ている(Nr. 9569a)。 2台ピアノ版はデュランや春秋社から販売されている。 またスコアは Kalmus のものが、2台ピアノ版は Durand のものが、IMSLP でダウンロード可能である。
私が持っているペータースのミニチュアスコアは誤植が異様に多い。 一時期、通勤時間の退屈しのぎに誤植を見つけようとしていたら、1か月で 10 以上見つかったので驚いた。 これ以上探そうとすると目が疲れるのでやめている。 もっとも、私がわかる程度の誤植であれば罪が軽いともいえる。以下、見つけた誤植を記す。
Cl.I の譜表に # が1つあるが、正しくは3つ(ト長調の曲をB管で演奏しているため)。
Cor.I の譜表に # が3つあるが、正しくは # なし(このスコアではホルンに対する調号の記載はない)。
Cl.I 、Basson. I、Cor I 、に記されている 23 小節の譜面はすべて誤り。
正しくは追って用意する譜面参照。
Cor IV の3拍め F# は誤り。 F♮ が正しい。
piano の2拍め E は誤り。G が正しい。
piano の4拍め 16 分音符の E につけるべき ♭が脱落している。
Hatub I. の4拍裏 C につけるべき ♭が脱落している。
piano 右手 1拍 G は誤り、H が正しい。
Vn1, Vn2, Va(以上 101 小節)、Vc (102小節)の sourd. は誤り。 正しくは Otez la Sourdine (ミュートを外す)。
piano の 3拍裏の G は誤りで、A が正しい(オクターブ下がった4拍めを参照)。
Cb の sourd. を削除。 (コントラバスだけミュートはつけていない。他の弦セクションは練習記号 2 からつけている)
以下続く
ピアノにミスタッチがあり、やっつけ仕事で録音された様子がある。 オーケストラとのずれも、バラード以上に目立つ。あまり感心しない。
雄大さと華やかさで、立派な演奏である。 転びそうなところもあるが、雰囲気がよく伝わる演奏だ。
ピアニストの思いが余り、前にのめってしまっているところがある。 オーケストラとのずれもけっこうあるのだが、ヨハネッセンの演奏とは違い、憎めない。 ヨハネッセンは単調だが、ハイドシェックは大きなうねりを感じて弾いているからだろう。(2009-07-11)
ピアノは適度な揺れがあり、表現力が高い。グラント・ヨハネッセンの演奏との対極にある。 付点が鋭いことで緊張感が高まっている。(2009-10-02)
Youtube には上記ラローチャの音源がある。また次の音源もある。
その他、筆者が未聴の音源に下記のものがある。
譜面表示は abcjs を用いている。
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