実生活では悪人であったが、残した音楽はあまりにも大きい。 あまたある古今の音楽世界のなかで独自の地位を築いたドビュッシーに対して、俺はどれだけ近づけるのか。
ピアノが面白くて仕方がなかったころ、友達から「全音ピアノ名曲集」なるアルバムを借りた。 面白いのも、難しいのもあった。その中で、ドビュッシーの「月の光」があった。 ハ長調で2ページの小品であり、面白い響きがしたので印象に残った。
それから数年、ワイセンベルク初来日、というのをテレビで見ていた。 ワイセンベルクがアンコールで弾いたのが「月の光」だった。 この「月の光」はハ長調ではなく、 むやみに黒鍵を使っていた。おまけに中間部が、楽譜に書いてあったより忙しく動くのだった。 子ども心に「こうやってアレンジするのはかっこいいなあ。 しかし、原典より音を増やして、 ええかっこしいだな」と思った。
さらにそれから数年、安川加寿子さん校訂の版を手に入れて愕然とした。 ワイセンベルクは、アレンジではなく、楽譜の通り弾いていたのだ。とすると、あの「ピアノ名曲集」が悪いのだ!
後に私は「ベルガマスク組曲」を人前で弾いた。これは、当時のクラスの知人が「ベルガマスク組曲はいいねえ」 と言ったのがきっかけである。当時は純情だった。その後十数年、ピアノの師匠である河合先生がやはり「ベルガマスク組曲」 を弾くのを何回か聴くことができた。私はもう老人だが、純情だった頃を思い出すのも悪くない。
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