5時間目の授業中、準は外を見ています。
梅雨に入ったとはいえ、毎日雨ばかりではありません。でも、今日は、朝は晴れ間ものぞいていたのに、先ほどからはげしく降り出しました。
準は困った表情で、はあっとためいきをつきました。
…どうしよう。傘がない。
放課後です。雨はまだ降り続いています。
…どうやって帰ろうかなあ。
クラスメートは、次々に帰っていきます。準は、誰か「傘ないの?」って言ってくれないかなと、下駄箱の前でうろうろしていますが、みんなそんな準には気をとめていないみたいです。
…声をかけてくれたら、いっしょに帰らない?、とか、傘2本持ってないよねえ?って聞いてみようかな。
準がもたもたしているうちに、みんないなくなってしまって、昇降口には準だけが残されました。
ふと傘立てを見ると、誰のかわからない傘が1本あります。でも、無断で拝借するようなことは、準にはできません。
…濡れるのやだなあ。
でも、雨はますますはげしくなり、待っていても止みそうもありません。日が差さないため、まるで夕方のように薄暗いので、準は不安になってきました。
準は、覚悟を決めると、手提げバッグを頭の上に載せて、雨の中に駈けだしていきました。
雨は容赦なく降り注ぎます。準はたちまちびしょぬれになってしまいました。袖口から雨が入り、腋の下まで伝っていきます。服や下着がぴちゃっと肌に貼りついて、何とも気持ち悪いのですが、そんなことを言っている場合ではありません。靴に水がたまって走りにくく、水たまりに足を取られながらも、それでも準は走りに走って、ようやく家にたどり着きました。
「ただいまぁ」
「お帰り、遅かったのねえ…あらあら」
お母さんは、頭からつま先までずぶぬれの準を見て、びっくりしています。
「傘はどうしたの?。今朝、今日は降るから持って行きなさいって言ったでしょ」
「…そうだっけ?」
「もう。あなたはいつもぼんやりして人の話を聞いてないんだから。早く着替えなさい」
「はぁい」
準は返事をすると、靴と靴下をその場で脱いで、足跡をぺちゃぺちゃつけながら、洗濯機の前まで歩いていきました。
「まるで服を着たまま泳いだみたいね」
「だって…」
準はお母さんにドライヤーで頭を乾かしてもらいながら、パンツまでぐっしょり濡れた服を全部脱いで、身体をタオルで拭きました。そして、出してもらった服に着替えると、ほっとため息をつきました。
「準ちゃん、友だちいないの?」
おやつの杏仁豆腐を食べている準に、お母さんが訊きました。
「いるよ」
「傘に入れてもらったらよかったのに」
「でも、仲のいい子は帰る方向が違うんだもん」
「うちでいっしょに遊ぼうとか、誘ったらいいでしょ」
「通学路破りはいけないんだよ。寄り道もだめだし」
準は、こういうところは律儀なのです。
「だったら、友だちじゃなくても、同じ方向に帰る人に、お願いすればいいでしょ」
「でも、迷惑だし…。もし、今度その子に何か頼まれたときに、できないことでも断れなくなるから、ぼく…」
「ふうん、準ちゃんはそんなふうに考えるのね」
お母さんは、それがいいとも悪いとも言いませんでした。
「あなたのことだから、誰か声をかけてくれないかなって、もじもじしてずっと待ってたんでしょ?」
「どうしてわかるの?」
「準ちゃんの行動くらいお見通しよ。あなたは言われるまで待ってるタイプだから。でも、もっと積極的に自分から話しかけないと、誰とでも仲良しにはなれないわよ」
「うん。わかってるんだけどなあ」
「わかっていてもできないのが人間だけどね。でも、そこが準ちゃんらしいところね」
「うん」
準は、最後の杏仁豆腐をスプーンで追いかけながら、うなずきました。
「準ちゃん、あなたまたおもらしをごまかそうとして、わざとびしょぬれになったんじゃないでしょうね」
「ちっ、ちがうもん。今日は」
「ふふふ、冗談よ」
「もう」
口をとがらせている準を、お母さんは笑いながら見ています。
「雨でお洋服乾かないんだから、あまり洗濯物を増やさないで頂戴」
「はーい」
「それから、おやつ食べたら、先に宿題するのよ」
「はぁい」
準は椅子からぱっと飛び降りると、二階の自分の部屋に駈けていきました。 |