雨に濡れてびしょぬれの準
第67話:傘がない
 5時間目の授業中、準は外を見ています。
 梅雨に入ったとはいえ、毎日雨ばかりではありません。でも、今日は、朝は晴れ間ものぞいていたのに、先ほどからはげしく降り出しました。
 準は困った表情で、はあっとためいきをつきました。
 …どうしよう。傘がない。

 放課後です。雨はまだ降り続いています。
 …どうやって帰ろうかなあ。
 クラスメートは、次々に帰っていきます。準は、誰か「傘ないの?」って言ってくれないかなと、下駄箱の前でうろうろしていますが、みんなそんな準には気をとめていないみたいです。
 …声をかけてくれたら、いっしょに帰らない?、とか、傘2本持ってないよねえ?って聞いてみようかな。
 準がもたもたしているうちに、みんないなくなってしまって、昇降口には準だけが残されました。
 ふと傘立てを見ると、誰のかわからない傘が1本あります。でも、無断で拝借するようなことは、準にはできません。 
 …濡れるのやだなあ。
  でも、雨はますますはげしくなり、待っていても止みそうもありません。日が差さないため、まるで夕方のように薄暗いので、準は不安になってきました。
 準は、覚悟を決めると、手提げバッグを頭の上に載せて、雨の中に駈けだしていきました。
 雨は容赦なく降り注ぎます。準はたちまちびしょぬれになってしまいました。袖口から雨が入り、腋の下まで伝っていきます。服や下着がぴちゃっと肌に貼りついて、何とも気持ち悪いのですが、そんなことを言っている場合ではありません。靴に水がたまって走りにくく、水たまりに足を取られながらも、それでも準は走りに走って、ようやく家にたどり着きました。

 「ただいまぁ」
 「お帰り、遅かったのねえ…あらあら」
 お母さんは、頭からつま先までずぶぬれの準を見て、びっくりしています。
 「傘はどうしたの?。今朝、今日は降るから持って行きなさいって言ったでしょ」
 「…そうだっけ?」
 「もう。あなたはいつもぼんやりして人の話を聞いてないんだから。早く着替えなさい」
 「はぁい」
 準は返事をすると、靴と靴下をその場で脱いで、足跡をぺちゃぺちゃつけながら、洗濯機の前まで歩いていきました。

 「まるで服を着たまま泳いだみたいね」
 「だって…」
 準はお母さんにドライヤーで頭を乾かしてもらいながら、パンツまでぐっしょり濡れた服を全部脱いで、身体をタオルで拭きました。そして、出してもらった服に着替えると、ほっとため息をつきました。

 「準ちゃん、友だちいないの?」
 おやつの杏仁豆腐を食べている準に、お母さんが訊きました。
 「いるよ」
 「傘に入れてもらったらよかったのに」
 「でも、仲のいい子は帰る方向が違うんだもん」
 「うちでいっしょに遊ぼうとか、誘ったらいいでしょ」
 「通学路破りはいけないんだよ。寄り道もだめだし」
 準は、こういうところは律儀なのです。
 「だったら、友だちじゃなくても、同じ方向に帰る人に、お願いすればいいでしょ」
 「でも、迷惑だし…。もし、今度その子に何か頼まれたときに、できないことでも断れなくなるから、ぼく…」
 「ふうん、準ちゃんはそんなふうに考えるのね」
 お母さんは、それがいいとも悪いとも言いませんでした。
 「あなたのことだから、誰か声をかけてくれないかなって、もじもじしてずっと待ってたんでしょ?」
 「どうしてわかるの?」
 「準ちゃんの行動くらいお見通しよ。あなたは言われるまで待ってるタイプだから。でも、もっと積極的に自分から話しかけないと、誰とでも仲良しにはなれないわよ」
 「うん。わかってるんだけどなあ」
 「わかっていてもできないのが人間だけどね。でも、そこが準ちゃんらしいところね」
 「うん」
 準は、最後の杏仁豆腐をスプーンで追いかけながら、うなずきました。

 「準ちゃん、あなたまたおもらしをごまかそうとして、わざとびしょぬれになったんじゃないでしょうね」
 「ちっ、ちがうもん。今日は」
 「ふふふ、冗談よ」
 「もう」
 口をとがらせている準を、お母さんは笑いながら見ています。
 「雨でお洋服乾かないんだから、あまり洗濯物を増やさないで頂戴」
 「はーい」
 「それから、おやつ食べたら、先に宿題するのよ」
 「はぁい」
 準は椅子からぱっと飛び降りると、二階の自分の部屋に駈けていきました。 

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