「しまった!」
準は叫び声をあげました。
朝です。準はふとんの上にうつぶせで寝ていたのです。
左足で掛け布団をはねのけ、準は上体を少し起こしました。おへその下あたりで、ふとんがぐちゅっと音を立てます。パンツもズボンもシャツも濡れています…。準はわざわざ手で触ってみるまでもなく、はぁっとため息をつきました。
「あーあ、またやっちゃった」
準がばったりとふとんに倒れ込むと、そこにくまちゃんのぬいぐるみがありました。
「ぼくがおしっこしたそうだったら、起こしてくれなきゃだめでしょ」
準はそう言うと、くまちゃんの頭をぽかっとたたきました。
「お母さーん」
準は台所に行くと、お母さんの背中に声をかけました。
「おはよう…あら、まあっ」
お母さんが振り返ると、そこにびしょびしょの服を着た準が立っています。
「もう、どうしてあなたは着替えて寝ないの」
ずぼらな準は、時々パジャマに着替えないで寝ることがあります。ゆうべもよそ行きのまま寝てしまったのですが、よりによってこんな時におねしょをしてしまったのでした。
「寝る前にトイレに行かなかったでしょ。新学期が始まったんだから、きちんとした生活を送らないとだめよ。さあ、早く着替えなさい。学校遅れるわよ」
「はぁい。ごめんなさい…」
準は情けない声で言うと、脱衣所へ行って濡れた服を脱ぎ、体を拭いて学校の制服に着替えました。
昼休みです。準はひとりで学校の図書室に来ました。準はそんなに読書家ではないのですが、よく図書室は利用します。宇宙や星の図鑑を見たり、いろんな地方の地図を眺めたりして時間を過ごします。大好きなお話や物語は、同じ本を何度も読み返したりするのです。
でも、今日図書室に来たのは、特に目的があったわけではありません。今朝の大失敗がずっと心に引っかかって、友だちと遊ぶ気になれなかったのです。準は見るとはなしに、書架の背表紙を見て回りました。
「!」
準の目が、一冊の本に止まりました。その本のタイトルは『ねしょんべんものがたり』。準はそっとその本に手を伸ばすと、図書室の隅の方の机に座って、どきどきしながらページを開きました。
その本は、名だたる児童文学作家の先生方が、子どもの頃のおねしょの体験談を綴った本なのですが、準は今までそんな本があるなんて知らなかったのです。今朝だけでなく、身に覚えのいっぱいある準は、少し興奮しながら『ねしょんべんものがたり』を読みました。
とても昼休みだけでは読み切れないのですが、準は恥ずかしくてどうしても『ねしょんべんものがたり』を借りて帰ることができませんでした。翌日の昼休みも、準はこっそり図書室に来て、『ねしょんべんものがたり』を読みました。
そんな日が2、3日続いたある日、準が『ねしょんべんものがたり』を読みふけっていると、背後から声がしました。
「何読んでるの?」
どきっとして振り向くと、クラスメートが三人立っています。
「な、何でもないよ」
準はあわてて隠そうとしましたが、一人に取り上げられてしまいました。
「おまえ、まだねしょんべんやってるの?」
「そ、そんなことないよ…」
「ハハハハ。まあいいや。最近姿が見えないから、どうしたのかなと思っていたんだ。たまにはいっしょに遊ぼうぜ」
「うん…」
別におねしょをしていることがばれたわけじゃないし、何を読んでてもいいのですが、なぜか恥ずかしいところを見られた気がしました。準ははぁっとため息をつくと、『ねしょんべんものがたり』を書架に戻して、図書室をあとにしました。
その晩、準は夢を見ました。
(物語はこちらへ続く) |