紀元前7000年頃西アジアで栽培化され始めた小麦はシルクロードを通って中国へ伝わり、麺として中国の黄河流域からアジアの各地へ、そしてマルコ・ポーロによりイタリアへも伝播していってとされる。
中国の伝統的料理法による分類では小麦に水を加えて形作ったものを餅(餅と飩は同じもの)といい4種類(青木博士の分類、石毛直道著『文化麺類学ことはじめ』より)に分類される。
スープ料理の小麦粉食品であるうどんそばは湯餅の系統の麺條にはいる。
麺とは本来麦の砕けたものをいい原料であったが、いつの頃からか製品名になった。現在の世界の麺を製麺法で分類すると5種類(石毛氏の分類)になる。
空海(弘法大師)が唐からうどんの製法を持ち帰り、貧しい地元の民を救った。との伝説が讃岐にあるが元は奈良時代に発達した唐菓子の索餅、はくたく、こんとんがそのルーツとされる。
通説ではこんとんが温飩そして饂飩(うどん)になったとされるが、形態から索餅、はくたくにその祖を求める説もある。
現在の形のうどんは室町時代の半ば頃生まれ、元禄時代には江戸、京、大坂、そして琴平にうどん屋も出現している。
秋田の稲庭うどん、群馬の水沢うどん、埼玉県加須のうどん、山梨のほうとう、名古屋のきしめん、味噌煮込みうどん、三重の伊勢うどん、大阪のきつねうどん、福岡の丸天うどん、大分、熊本の団子汁、だご汁。