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 森ノ宮医療学園附属診療所 院長 田中邦雄
喫煙について

 出産した患者さんが、出産時、出産に立ち会った男の産婦人科医に
「痛くない、痛くない」と言われ、「男のあんたにこの痛さが分かるか」と
非常に腹が立ったとおっしゃる。なるほど、出産は男は逆立ちしても
できないものであるから、男にはどんな痛さが経験しようがない。

産婦人科医であっても男が出産の痛みで苦しんでいる女性に向かって
「痛くない」というのは、確かに無責任な言葉だと思う。女医であっても
出産の経験のない医者は同様である。

そういえばルンバールという、脊髄に針を刺す検査を自分は患者には
さんざんしていて、不幸にも自分がルンバールをされる身になって
その痛みにびっくりし、以後、「あんな検査をする奴は人間ではない」と
まったくルンバールをしなくなった医者を知っているし、私自身、今までに
胃カメラ・注腸フアイバーを患者さんにはさんざんしたが、自分が
やられるとなると遠慮したい。

 人間は普通、自分の経験を何よりの判断基準にしてしまう。ある事柄に
対する判断は、どんな天才でも、自分の経験した範囲内でするしかない。
メーターで客観的に計れる事実以外の形而上学的な事柄を、本に書いてある
といくら力説しても経験がなければむなしいだけ・・・と思うが、最近この手の
人が多いように思う。

 そこで過去に喫煙していて、現在禁煙中の身として煙草について一言。

 煙草は安土桃山時代に南蛮人(今のスペイン、ポルトガル人)がもたらした
ものである。当時は人間が燃えていると錯覚して、喫煙中の人の頭に水を
かけたことがあったとい古書に記されている。

 このように歴史のある煙草だが、現代は煙草を吸う人間は非常に肩身の
狭い思いをする時代だ。では禁煙するかというと、なかなか実行できない。
政府もこの不景気のご時世、少しでもアガリが欲しいのか、何でも規制する
のが好きな官僚のいるわが国で禁煙法などを提案する気もないようである。

心理実験の後にうまそうに煙草をふかすチンパンジーをみると、猿でも
煙草が欲しいのだなと煙草のリラックス効果には感心してしまう。

 煙草は肺ガンの原因であるとされる。喫煙される方はそれを承知で吸って
いるのだから、肺ガンになっても自業自得である。もっとも犬などを解剖すると、
犬はもちろん煙草を吸わないのにその肺は自動車などの排ガスのタールで
真っ黒、肺ガンの起因物質としては煙草よりも排ガスに原因を求める方が
いいのではと思いたくなる。といって、車のない現在社会は考えられないし、
車の規制は日本の産業を崩壊させる可能性がある。
これは厚生省の口が裂けても通産省が言わせないだろう。

 私が煙草を吸いだしたのは大学に入った18歳からである。最初は一番
ニコチンの少ないのがよかろうと”ルナ”という煙草に手を出した。その後、
新生、チェリー、缶ピー、ゲルベゾルデなどを遍歴し、大学5年にヨーロッパへ
行ったときにパイプ煙草の味を覚え、以後は匂いのない煙草は吸った気が
しなくなり、主にパイプと葉巻を愛用、その結果、寿司屋で、ネタに香りが移る
からと追い出されたこともある。

 「禁煙など簡単だ。私は何回したかしれない」といったのは、イギリスの
バーナード・ショーだと記憶しているが、私も何回か禁煙を試み、現在の禁煙は
10年くらいになる。今回の禁煙は売上税の導入で、これ以上税金をとられて
たまるかという怨念がきっかけである。売上税が続いているためか、この
きっかけは効果的で、いまだに禁煙できている。

 禁煙中というのは煙草を死ぬまで吸わないと決心したわけではなく、
60歳になれば喫煙を解禁する予定である。この時点で吸いはじめても肺ガンに
なるには20年くらいかかるであろう。そうなれば80歳、もういいじゃないか。
白髪で、スッテキ片手にパイプ煙草をくゆらして散歩をしつつ思索する。
これはなかなかカッコいい!!。そんなわけで現在は、60歳の解禁を楽しみに
愛用のパイプを磨いている。

 現在は禁煙中だから当然煙草を吸わないので煙草の迷惑は身にしみる。
伏流という奴は不快の一言しかない。

 煙草を吸う人間を観察していると、その人の人間性がよく現れるように思う。
時には人間性を疑うような行動をする喫煙者もいる。喫煙者はもう少し自分が
周りに与える不快さを頭に置くべきではないか。

禁煙の場所で煙草を吸う奴、煙草を平然と道に捨てる奴、煙草を吸いながら
料理を食し、せっかくの料理人の味を台無しにしておいてこの店の味が落ちたと
文句を言う奴、食事中に煙草を吸うことで隣の人の料理を台無しにしていることを
気がつかない奴、食べ終わった食器を灰皿に使う奴、煙草の灰を白い
テーブルクロスにまき散らす奴、いずれも唯我独尊であまりお付き合いしたくない
輩である。


大阪鍼灸学校附属診療所院長 田中邦雄




 


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