あとがき

長かった奥の細道の旅が終わりました。総行程約1700Km(歩行実距離)、合計65日におよぶ旅でした。
3年前の2004年暮れごろから計画を練り始め、いろいろと準備をしたあと2005年の5月の連休に千住をスタートしました。当時、私はまだ会社勤めをしており、はじめのうちは休日を利用した日帰りの旅で、家からの距離が遠くなるにつれて連休や年休を利用した宿泊の旅になってゆきました。次の年の3月には会社を退職したので、自由に日程を組めるようになりました。このようにして、1年目(2005年)は千住から塩釜まで、2年目(2006年)は塩釜から新潟・弥彦神社まで、そして3年目の今年(2007年)は弥彦神社から大垣まで歩ききりました。
今振り返ってみるとよく歩いたものだと自分でも感心しますが、一日一日の積み重ねがこのような結果になっただけで、それほど大変なことでもないともいえます。とはいっても、やはり終わってみると大きなことをやり遂げたなあという満足感と爽快感はあります。

「奥の細道歩き旅」は今までの私の街道歩きとは異なり、芭蕉の歩いたあとをたどるというコンセプトで、常に芭蕉を意識しながらの旅でした。しかし、私の主な興味は、文学作品としての「おくのほそ道」の文章や俳句にあったとはいえません。作品に親しむうちにしだいに惹かれるようになりましたが、私の興味の中心はやはり、歩くこと、そして道中の風物、出来事にあったといえます。その意味では天才的な芭蕉よりも、むしろ実務的な能力を持った随行者、曾良のほうに親しみを感じました。

私が奥の細道を歩き始めて2年目の2006年6月に、たまたま渋谷区の主催で「日本の古典 松尾芭蕉『おくのほそ道』」という講座が開かれることを知りました。早速申し込んだところ、運よく受講することができました。講師は和洋女子大学の佐藤勝明先生で、6回にわたり文学作品としての「おくのほそ道」の解釈はもとより、芭蕉の人と作品、周辺の状況などをたくさんの資料プリントに基づき幅広く学ぶことができました。最後に「おくのほそ道」は、人それぞれに自分なりのテーマを持って楽しめばよいのだということを話されました。私の場合は、芭蕉の作品に導かれて実際に歩くという楽しみ方をしました。佐藤先生、本当にありがとうございました。

また、歩いている最中にはいろいろな人との出会いがありました。日が暮れた山道で途方にくれていた私を親切に車で宿屋まで送ってくれた岩出山真山のOさん、ありがとうございました。金沢で親切に道案内をしてくださった大西さん、ありがとうございました。大西さんからは、その後「歩いて旅した野ざらし紀行」、「歩いて旅した笈の小文」(関俊一著)という2冊の本をいただきました。書店や図書館などではなかなか見られない貴重な本で、私の次の旅はこの本を参考に芭蕉の「野ざらし紀行」を中心に奈良、近江周辺を歩いてみようかなと思っています。
そのほか新庄での宿の女将さん、弥彦神社での宿のご主人など宿泊した場所でのふれあいトークも思い出に残っています。また、道に迷ったとき、いろいろな人に親切に教えていただきました。それぞれに、ありがとうございました。親不知ではとんだハプニングに遭遇しましたが、その後どうなったでしょうか、ちょっと気になるところです。

最後に、私の「作品」としてのホームページについて書かせていただきます。この「あとがき」を書いたあと、全文を両面印刷でプリントアウトしました。記念としてきちんと製本して残しておこうと思ったのです。写真の割合が多いですが、全文で446ページにも及ぶ大部になりました。便宜上2分冊にして製本してから改めて丹念に読んでいったところ、前半を読み終わるのに丸2日かかりました。まあ、自分でもよくこれだけの量を作ったものだと感心してしまいました。まさに「ちりも積もれば」です。「継続は力」ともいいますが、この「力」は、時には自分にとって「圧力」に感じるときもありました。せっかくここまで続けたのだから品質を落とさずに、同じペースで続けたいという目に見えない圧力を感じたものです。
私の、このホームページの第一の主題は、旅のガイドブックとしての役割です。同じように歩きたいと思っている人に対して、できるだけわかりやすいコースガイドをしたいということです。「奥の細道」の場合、実際に芭蕉が歩いた道というのは正確には誰にもわからないわけで、これをガイドするのも無茶な話ですが、とにかくこのように歩けば「芭蕉と同じような道を通って」本文に書いてあるポイントまでは行けますよ、という程度のガイドです。
第二には、道中に出会う名所旧跡の説明です。最近、どこへ行ってもちょっとした場所には必ずといってよいほど親切な説明板が立てられています。実際に現地に行けばこの説明板を読めばことが足りるのですが、事前に知っておきたいこともあるし、実際には行かないで机上旅行を楽しむ人もいるでしょう。このためにできるだけ簡単に説明を加えることを心がけました。
第三には、「おくのほそ道」という作品に沿って歩く以上、作品自体の紹介、芭蕉や曾良の動向にも配意し、適宜それらを挿入したことです。「おくのほそ道」本文を読むだけではわからない、生きた旅のつらさ、楽しさなどがいくらかでも伝わったらうれしいなと思います。

芭蕉は、「おくのほそ道」が一応完成し、素龍に作品を清書させたあとも原本を旅に持ち歩き、元禄七年に大阪で客死したときにも携行していたといいます。芭蕉にとってそれだけ渾身の力をふりしぼった作品であったことは間違いないようです。このような作品とともに歩きとおした3年間を私は懐かしく思い出しています。旅について語りたいことはいろいろとありますが、この辺で終わりにしましょう。

長い道中、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。

なお、時折、地名の間違い、勘違いなどをメールでお知らせいただいております。もしお気づきの点がありましたらご連絡ください。また、何かご感想などもありましたらぜひメールをお寄せください。

                     2007年12月  尺取虫 記

奥の細道歩き旅 第2回


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