父さんのノート「高次元化に関する考察」 − 高次元化への扉
「父さん。父さんが居なくなってどのくらい経ったかな?」
「そうだな・・・今の時間点でいえば13年くらいか・・・」
今朝、父さんとこんな話しをした。
たしかに、父さんは13年前に居なくなった。ぼくが4才の頃・・・。
初めのうち、母さんは泣いてばかりいたけれども、悲しみは時がやわらげてくれるらしい。
今では元気に暮らしている。
でも決して父さんのことを忘れたわけではない。
そのことを父さんに話したら、
「そうか、思い出させるとまた悲しみが戻ってくるから、別の時間点に移動しよう」
そう言って、またしばらく居なくなった・・・。
ぼくが小さいころは何も不思議に思わなかったけど、父さんは居なくなってからも時々「居た」。
そして、ぼくにいろいろな話をしてくれた。
時間のこと、空間のこと、次元のこと・・・。
小さかったぼくにはよく分からなかったけど。
小学校にあがったばかりだったから7才くらいだったろうか、ある時ぼくに、
「この間、お前が24才のときに話したことだけれども、あれは間違いだった」
そんなことを言っていた。
何のことか分からなかったけれども、居なくなった父さんはいつも居る、これからも居る、
ということだけは何となく分かった。
そのことを母さんに話しても小さく笑うだけだった。
父さんが居なくなる少し前は、ふと思いつめたように考え込んだり、
突然ノートに何か書きとめたりしていた。
朝いっしょに歯をみがいていると、
「鏡に映った自分の右目と右目が合った」
と言ったりして、母さんをすごく心配させていた。
何のことかその時のぼくには分からなかったけれど、今なら少し分かるような気がする。
父さんのノート「高次元化に関する考察」を読んだから・・・。
父さんのノート「高次元化に関する考察」
1993/10/16 1つ上の次元とは?
- 数学上の次元とは別に現実世界の上で考える。
- 数学上の次元とは、あくまで座標軸の数に基づくものである。
-
例えば、x軸のみの次元は1次元、x軸y軸で構成された次元は2次元、
これにz軸を加えると3次元。更にα軸を加え4次元、β軸を加え5次元・・・
これでは数学上は良しとしても現実世界の上で当てはめることが出来ない。 よって数学上の考えを捨てて考えて見る。
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例えば、x軸のみの次元は1次元、x軸y軸で構成された次元は2次元、
これにz軸を加えると3次元。更にα軸を加え4次元、β軸を加え5次元・・・
- 0次元とは「点」である。
- 純粋な点とは、長さも面積ももたない。ただ位置だけがある。言い換えれば、 何も無い存在、位置のみの存在、ということである。
- 1次元とは「線」である。
-
純粋な線とは、面積も体積ももたない。しかし長さがある。これは位置の異なる
点と点をつないだものといえる。即ち、0次元と0次元をつなげて1次元ができる。
そして、1次元の中には0次元が無数に存在する。
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純粋な線とは、面積も体積ももたない。しかし長さがある。これは位置の異なる
点と点をつないだものといえる。即ち、0次元と0次元をつなげて1次元ができる。
そして、1次元の中には0次元が無数に存在する。
- 2次元とは「面」である。
-
純粋な面とは、体積をもたない。しかし広さ(=面積)がある。面は線と線、
または線と点で作られ、その中には無数の点と線が存在する。
-
純粋な面とは、体積をもたない。しかし広さ(=面積)がある。面は線と線、
または線と点で作られ、その中には無数の点と線が存在する。
- 3次元とは「立体」である。
-
大きさは体積で表される。立体は面と面、または面と線、または面と点によって作られ、
無数の点、線、面を内包している。
-
大きさは体積で表される。立体は面と面、または面と線、または面と点によって作られ、
無数の点、線、面を内包している。
- 以上のことから、x次元体の最低構成要素は、(x-1)次元体と{(x-1)以下}次元体の 2つであることが分かる。ただし、xは1以上の整数でなければならない。 0次元体が除かれるのは、それが「何も無い存在」だからであり、このことから、 0次元体は、高次元体を構成するための最低単位ということができる。
- 上の規則では「2つの次元体を要素として」という条件つきであったが、
この条件を外した場合を考えてみる。
-
1次元体(線)・・・2つの0次元体(点)が最低必要
2次元体(面)・・・3つの0次元体(点)が最低必要(3角形)
3次元体(立体)・・・4つの0次元体(点)が最低必要(3角錐)
-
1次元体(線)・・・2つの0次元体(点)が最低必要
- これまでの2つの規則を使って、4次元体を定義すると、
- 3次元体(立体)と0次元体(点)
-
または、1次元体(線)
または、2次元体(面)
または、3次元体(立体)
-
または、1次元体(線)
- 5つの0次元体(点)が最低必要
- 3次元体(立体)と0次元体(点)
1993/10/17 0次元体(点)による高次元体のモデル(2次元体以上)
- 0次元体(点)の数は、x次元体の場合、(x+1)個。各点は等距離に置く
- 2次元体モデル
正三角形(2次元世界上)
- 3次元体モデル
正方形(2次元世界上)
三角錐(3次元世界上)
- 4次元体モデル
正5角形(2次元世界上)
5ぼう星(3次元世界上)
- 5次元体モデル
正6角形(2次元世界上)
6ぼう星(3次元世界上)
- 2次元体モデル
- 上の規則としては、各次元体モデルを表現するためには、
- 2次元平面上に表現するときは外周を線でつなぐ
- 3次元空間上に表現するときは全ての点を線でつなぐ
- このことから4次元体を定義すると
- 2次元平面上では、正5角形の形で表されるもの
- 3次元空間上では、(2次元的に見て)5ぼう星の形で表されるもの
- 古代文明から今に至るまで、しばしばシンボルなどに使われてきた、5ぼう星(五芒星)、 6ぼう星(六芒星)は、4次元体、5次元体のモデルであったといえるのではないか。 ペンタゴン・清明紋・ダビデの星・篭目・・・
1993/10/19 最高次元体・・・「円」
- n次元の2次元上モデルである、正(n+1)角形。 最高の高次元を表そうとすると、限りなく「円」に近い形になるだろう。
1993/12/13 最高次元体・・・「球」
- 完全なる「円」は、2次元的表現における最高次元を表しているのか・・・
- 同様に、完全「球」は3次元的表現(3次元世界上での表現)において最高次元なのではないか。
1993/11/15 移動または時間経過による高次元化
空間(宇宙)の膨張(爆発)が時間の発生を促した、とする現在最も有効とされる説を前提に、以下を考えてみる。- 仮定義(直感的定義)
- 次元は成長する。成長を促すのは移動(時間経過)である。
- 例
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→(時間経過の方向)
- 0次元は移動(時間経過)によって1次元に高次元化する。
- 1次元は時間経過によって2次元に高次元化する。
- 2次元は移動によって3次元に高次元化する。
- 3次元は時間経過により4次元に高次元化...
- 0次元は移動(時間経過)によって1次元に高次元化する。
- 以上の例は時間経過(過去→現在→未来)を時間を超越して見る、または感じることが できる視野または感覚を必要条件としている。簡単に言えば「過去の状態」と「現在の 状態」と「未来の状態」を同時に(瞬時に、または刹那に)見ることの出来る「目」を もっていれば、ある次元の成長、即ち高次元化の過程を見ることが出来る、ということ である。
- また、高次元化への「高さ」というものが重要である。
- 例
- 0次元→1次元 への必要な「高さ」
- 0次元の位置以外の全て(∞)の方向
- 1次元→2次元 への必要な「高さ」
- 1次元(線)の延長方向(2方向)以外(∞-2)の方向
- 2次元→3次元 への必要な「高さ」
- 2次元(面)の2次元方向(∞')以外(∞-∞')の方向
- 3次元→4次元 への必要な「高さ」
- 3次元(立体)の3次元方向(∞")以外(∞-∞")の方向
- 0次元→1次元 への必要な「高さ」
- 上記の例を無視した場合、高次元化は為らない。
- 例
- 0次元が同位置の「高さ」へ移動 → 0次元のまま
- 1次元(線)が延長線上に移動 → 1次元のまま
- 2次元(面)が2次元方向に移動 → 2次元のまま
- 3次元(立体)が3次元方向に移動 → 3次元のまま
- 0次元が同位置の「高さ」へ移動 → 0次元のまま
- つまり、3次元(3次元体)が、高次元である4次元(4次元体)になる=高次元化するには、 全く未知の「高さ」への移動が必要である、といえる。
- そして、現在しばしば言われる説「4次元とは "時間" である」。これ には誤りがある(ただし当考察の前提に基づく)。時間、即ち空間の膨張は、高次元化 への一要素でしかないからである。
1993/11/19 ある次元を1つ高い次元から見た場合
- 1次元(線)の視点で0次元(点)を見ることはできる。 しかし、見る対象の0次元(点)と同じ位置の視点で見てしまうと、 見えるはずの0次元(点)見えなくなってしまう。
- 面の視点で線を見ることはできる。
ただし、線の「始点・終点方向」(=1次元方向の位置)から見た場合、 線であるはずのものが、点にしか見えない。
- 3次元(立体)の視点で2次元(面)を見ることはできる。
しかし、2次元方向の位置から見てしまうと、1次元(線)にしか見えない。
- 4次元(?)の視点で3次元(立体)を見ることはできる。
しかし、3次元方向の位置から見てしまうと、2次元(面)にしか見えない。
- 人間は3次元体(立体)であり、物を2次元(平面)的にしか見ていない(瞬間的に)。
即ち、一刹那一刹那では、見たものは写真に撮ったような平面的な情報でしか
認識していない。ただし、時間経過(空間的移動)によって得た複数の情報を認識
によって総合的に立体化することができる。(簡単に言うと瞬間瞬間で見た写真
のようなイメージを連続的に見ると、平面を見ているにもかかわらず、あたかも
立体を見ているかのように感じることができる。)
- このことから、4次元体は、物を瞬間瞬間で3次元(立体)的に見ていると言える。
言い換えると、瞬間的に見た映像でも、(3次元体的に)見えないはずの裏側も
見える、ということである。そして、認識によって、その立体的情報を組み合わせ、
4次元的情報に置き換えている、といえる。
- x次元体の視点では、(x-1)次元的情報しか得られない。しかも(x-1)次元方向から
見てしまうと、(x-2)次元的にしか認識できない。(前項参照)
即ち、(x-1)次元方向から見てしまうと、存在するはずのものが、無となってしまう。 逆に、x次元方向から見れば、存在が存在として見える。
- 事物は、見方によって在るものでもあり、無いものでもある、という仏教的な考え方は、
この辺りに根ざしているのかもしれない。(色即是空、空即是色 合掌)
1993/11/29 無への転化
概念的に異常かもしれないが、無(0次元)への転化(収束)の過程は、高次元化への成長の 近道かもしれない。- 0次元(点=単なる位置=無)が、0次元へ向かっていく(時間的でも距離的でも可)
過程は、1次元(線)を表す。
- 1次元(線)が、0次元(無)へ向かっていく過程は、2次元(面)を表す。
- 2次元(面)が、0次元(無)へ向かっていく過程は、3次元(立体)を表す。
- そして、3次元(立体)が、0次元(無)へ収束する過程は、4次元を・・・
- 在るもの(n次元)が無(0次元)へと収束する過程を見ることができたら、それは 高次元化への成長を見るに等しい。
- 在るものが無となる、即ち、在ったものが無くなる、これ即ち、永劫の時の経過、 これは全ての次元の高化の為の必要十分条件といえるのではないか。
- "時間"は全ての次元に偏在し、全ての次元の高化の前提となる。
1993/12/07 鏡面について
鏡は高次元化への道具かもしれない。- 0次元(点=位置のみの存在)を0次元から離した鏡に映すと、2つの0次元ができる
(実在と虚像)。この2つの0次元を結ぶと、1次元(線)に成長する。
- 1次元(線)を線分上にない位置に置いた鏡に映すと、2つの1次元ができ、
この2つの1次元を結ぶと2次元(面)になる。
- 2次元(面)を2次元上にない鏡面に置いた鏡に映し、全ての点を繋ぐと3次元(立体)
となる。
- 3次元(=我々自身の存在)を鏡面に映したとき、高次元化への成長のヒントが 見えるのではないだろうか?しかし、実在と虚像を結ぶ、という点で、認識上 ですら無理があり、認識上の許容範囲を超えてしまう。
- しかし、宗教的な無根拠の概念をもとに考えてみると、
- 「実在は虚であり、かつ、虚は実である」
- (色不意空、空不意色) ((色即是空、空即是色 の裏の意))
- 「実在は虚であり、かつ、虚は実である」
- これまでみてきたように、
- 完全な0次元(点)とは、位置のみの存在であり、実状は無である。
(位置のみの存在とはありえない=位置とは概念である) - 完全な1次元(線)とは、長さのみの存在であり、実状は無である。
(長さのみの存在とはありえない=長さとは概念である)
- 完全な2次元(面)とは、広さのみの存在であり、実状は無である。
(広さのみの存在とはありえない=広さとは概念である)
- 完全な3次元(立体)とは、容量(=体積)のみの存在であり、
実際には「無」の存在である。
(容量のみの存在とはありえない=容量とは概念である)
3次元体である我々の存在は、完全を目指したとき、 容量のみの存在(=体積でのみ表される存在)でしかないのか・・・ - 完全な0次元(点)とは、位置のみの存在であり、実状は無である。
1993/12/07 合わせ鏡について
合わせ鏡は、高次元体の視覚を擬似的に体感できる手法かもしれない。- 前の項で記述したが、我々3次元体は、物を2次元(平面)的にしか見ていない。
- 一方、4次元体は、物を3次元(立体)的に見ている。即ち、4次元体は、 物を見たとき、3次元的には死角である「後ろ側」も同時に見ることができる。
- 通常、我々3次元体は、物の「後ろ側」を見ることができないが、 『合わせ鏡』をすると、「後ろ側」を見ることができる。
- 昔から、「合わせ鏡の中には魔物が潜んでいる」と言われているが、
これは実は、『合わせ鏡』によって、我々3次元体が4次元体の視覚を擬似的に
体感できることを、タブーとさせるために言われてきたのではないだろうか。
では、誰が・・・。
1993/12/13 4次元の定義
これまでの考察をまとめて、4次元を定義してみる。- 4次元体とは、3次元体(立体)と、0次元体(点)、
-
または、1次元体(線)
または、2次元体(面)
または、3次元体(立体)、のいずれか
-
または、1次元体(線)
- 4次元体の最低構成要素は、5つの0次元体(点)である。
各0次元(各点)を等距離に置いた場合、-
2次元平面上では「正5角形」で、
3次元空間上では「5ぼう星」で、
-
2次元平面上では「正5角形」で、
- 4次元体とは、3次元体(立体)の空間的(即ち時間的)移動の経過を、 非時間的な視野(認識)でみた結果である。
- 4次元体は、3次元体(立体)を瞬間的に、または、単一情報として認識できる。
- 4次元体とは、3次元体(立体)の実像と虚像を結んだものである。
即ち、我々3次元体が4次元体へと高次元化するためには・・・
変わらないもの
父さんのノートは時々読んでいた。
最初のうちはよくわからなかったけれども、歳を経るにつれ、
だんだん理解できるようになってきた。
でもまだ、完全な理解には到っていない。
何か、重要な何かに僕自身が気付いていないためだろう。
僕が24才になったばかりのある日、また突然父さんが現れた。
僕には聞きたいことがたくさんあった。
「高次元化は人の存在自体を別のものに変えてしまうの?」
「意識自体、変わってしまうの?」
「高次元化によって通常の物理現象の制約は変質してしまうの?」
「経年変化の速度は高化前とは異なるの?」
「一度変わってしまったら、元に戻れないの?」
父さんは眠っているような微笑みを浮かべながら黙って聞いていた。
そして一言こう言った。
「変わらないものなど無いのだよ」
兆し
普通の時間が流れ、僕も所帯を持ち、男の子が一人生まれた。
母さんは再婚もしなかったので、一人にするわけにもいかず一緒に住んでいる。
歳のせいなのか、ひとまわり小さくなったようだ。
最近は、自分の部屋で窓の外を見ながらボーッとしてることが多くなった。
でも、孫の世話をしている時だけは楽しそうにしている。
そういう普通の時間が流れる中で、僕は僕なりに父さんのノートを研究し続けた。
何度ノートを読み返したろう。
最近、何か答えに近づいてきているような気がする。
そんなある朝、幼い息子といっしょに歯をみがいていて、それに気付いた。
「鏡に映った自分の右目と右目が合った」
螺旋
そして今日、父さんが帰ってきた。
ちょっと疲れているように見えた。
父さんは僕をじっと見て言った。
「行くのか」
「うん」
僕を見つめたまま、何かを言おうかどうか迷っているようにみえた。
「変わらないものは・・・」
そこで言葉をのみ込んでしまった。
父さんは何を言おうとしたのか。
それは、これから僕が向かうところで、答えがきっと見つかるだろう。
父さんがそうだったように。
「母さんが待っているよ。ずっと待っていたんだ」
父さんを促して、母さんの部屋に行った。
母さんは、いつものようにじっと座って窓の外を見ていた。
父さんが部屋に入った物音に気付いたようだ。
ゆっくりと振り返った母さんは、30年前の母さんだった。
父さんが居なくなったころの母さんだった。
父さんはそれが当たり前のことだというように、微笑みながら小さくうなずいた。
母さんもうれしそうに微笑みながら、静かに立ち上がった。
「おかえりなさい」