King's Cafe 2号店
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タイトル「キーケロカーの冒険」
[第7章]

背筋の凍る一夜を過ごした三人の前に、暖かい温泉場が見えてきた。

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白い涙を流す岩

お日さまが顔をだして、ようやく三人は足を止めた。
「なんだかみちゃいけないものをみた心もちだカー」
 普段は強気のカーがしんみりという。草原はとうのむかしに背中の遥か向こうに去り、まわりは木もなく石ころだらけだった。なんとなく山は近くなったような気がするが、まだまだ高いところにそれはある。
 道の先に煙が立っている。風に硫黄のにおいがかすかに混じっていた。
「どうやら温泉があるんだケロ」
「温泉か。はいりてぇキー」
「わたしゃ行水でいいカー」
 暖かい湯を思いだして、三人ともこわばっていた体が少しほぐれたようだった。
 道はますますきつくなり、三人とも無口になってきた。
「腹減ったぁー。もう歩けないキー」
「埃で羽がバサバサになってきちゃったカー」
「おなかと背中がくっついちゃいそうだケロ」
「おい、ケロ。おまえクマからもらった黄色い球をだせキー。おいらたちが手に入れた球のなかじゃ、そいつがいちばん役に立ちそうだ」
「そうだなケロケロ。試してみるかケロ」
 取りだした黄色い球を石で砕いて、三人でわけて口に放りこんだ。
 ほのかにすっぱくて、ちょっと舌にぴりぴりとするけれど、おなかに収まるころには口いっぱいに甘さがひろがって、急に元気がでてきたみたいだ。
「クマのいってたことに嘘はないみたいだなケロ」
「あぁ、でけぇクマが一冬いきられるんだ、俺たちはあの山のてっぺんまで行くことができればいいんだから、三人でわけたところで大丈夫だろうキー」
「さぁ行くカー」
 ふたたび元気よく歩き始めた三人をよび止める声がした。
「ちょっと待ってください。わたしの子どもをみかけませんでしたか」
 このころになると三人とも奇怪なことには慣れていたので、声の主の姿がみえなくてもさほど驚きはしなかった。余裕をもってケロが「わるいけど、こっちにはあんたがどこにいるかみえないんだケロ。あんたはどんな姿をしているんだいケロケロ」
「ここです」
 三人の頭の上から声がした。見上げると、山道に覆い被さるようにして、ぽってりとした岩があった。
「その岩さん。あんたかい声を掛けたのはカー」
「はい。わたしの子どもがこの山に迷いこんで、帰ってこないのです。探しにきたわたしは、山の神のお怒りにふれて、こうして岩に変えられてしまいました。いまでは、自分で探しこともできません」
「まったく女を木に変えたり、石に変えたり、この山の神さんは変な趣味をもっているんだねぇカー」
「ところで、あんたの子どもがいなくなったのはいつのことだいキー」
「あれは、この国でいちばん高い山が火を噴いた年ですからいまから何年前になるのか。いずれにしてもだいぶむかしです」
「おい、カー、この国でいちばん高い山っていうと、俺たちがすむ森から遠くのほうにみえるあの山のことだとな。しかしあの山が火を噴いたなんて、婆ちゃんにも聞いたことがないぜキー。いったいいつのことやら見当もつかないキー」
「どうやらこの山に閉じこめられた人たちはみんな何百年もむかしからいるみたいだなケロ」
「なぁ岩のおばさん、このぶんじゃあんたのかわいい子どもも、石だか木だかに変えられてこの山のどこかにいるようだぜキー」
「なんだって山の神様は罪つくりなことをするんだろうねカー。親子をあわせてやるのが神様のなさることだろうにカー。そんなにこの山に女がはいるのがいやのかね」
「いや、それはちがうぜ。おおかた山の薬を独り占めしたい奴が、神さんの名前をかたって、山にはいるやつを片っ端から石や木に変えているんだキー」
「じゃぁ俺たちも気をつけなくちゃいけないねケロ」
「それはあんまり心配いらないんじゃないかとおもうんだキー。だって、俺たちはひとりも変な物に変えられちゃいない。しかも、俺たちが出会った石や木は、大むかしに変えられた奴ばかりだ。どうやら神さんの名前をかたっているやつは、もういないんだ、と思う。俺たちが気をつけなきゃいけないのは、もっと別なもんだキー」
「別な物ってなんだいケロ」
「いやそれは俺にもわかんないキー」
「あのーみなさん」
「なんだい岩のおばさん」
「わたしの子どもがこの山のどこかにいるのであれば、お願いです。どうか探して、いただけませんか」
「そういわれてもなケロ。いちいち石や木に声を掛けて回るわけにもいかないケロ。探したいのはやまやまだけど、俺たちも友だちのために行かなくちゃならないしケロ」
「そうだなカー。なんか目印はないのカー」
「いなくなってしまった子どもは、まだ、乳飲み子でした。これをもっていっていただければ、乳のにおいを思いだして、泣きだすかもしれません」
 岩のおばさんがころりと落としたのは白い球だった。ほのかにおっぱいの香りがした。
「わかったよ。約束はできないが、ずっとこの先この白い球をもってあるくぜキー」
「ありがとうございます」
 三人は岩のおばさんに手を振ってさようならをして、遠くにみえる温泉目指して歩き始めた。


(第7章完)
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