いつのまにか空には、びっちりと星がでていた。遥か向こうに、星明かりに山のてっぺんが輝いていた。
先をいそぐ三人は休むこともなくその山を目指して進んでいく。夜になって草原には風がでてきて、ビュービューと鳴いている。
「きょうはこのへんで休まないかキー」
三人は、風をよけることができる小さな石をみつけ、その影で朝を待つことにした。歩くのをやめると急に疲れがでてきて、三人ともすぐに寝てしまった。
その物音に最初に気づいたのは、キーだった。
いつのまに風はやみ、星の瞬きが聞こえるほどの静けさであった。そのなかでときおり「ぴちゃりぴちゃり」という音が聞こえてくる。キーは石の影から頭をそろりとだして、草原をみわたすが、ひろい草原で、音の主をさがすのはむずかしかった。
「ぴちゃりぴちゃり」
また音がした。キーは急に怖くなって、そばで「ガーガー」寝ているカー、「ゲロゲロ」寝ているケロを起こした。
「おい、なんか変な音がするキー」
「おまえのいびきじゃないのカー」
「それとも腹の虫でも鳴いたんじゃないのかケロケロ」
「バカいってんじゃねぇキー」
「ぴちゃりぴちゃり」
「ほら聞こえたろっ」
「カー」
「ケロ」
三人は石の影からでて、音のするほうへそろりそろりと近寄っていった。だんだんその怪しい音が大きくなってきた。
「カァーっ」
「なんだ。急に大きな声をだすんじゃないケロ」
カーが羽の先で示す方向に、手足がひょりと長くて、髪は長くてぼさぼさ、おなかだけが妙にでっぱった生き物がいた。
「人間にしちゃようすが変だキー」
その生き物は草原のなかの水たまりに、腰まで浸かって、一生懸命に何かを植えている。三人がすぐそばで呆然とみていることなどまったく気にしていないようだ。
「おい。あんたなにやってんだ。こんな真夜中に」と、キーが勇気を振り絞って、震える声で聞いた。
すると、その生き物が振り向いた。星明かりに照らされたその顔をみて、カーは羽が白くなる思いだったし、ケロは脂汗をながし、キーは牙をむきだしにした。その生き物は、角こそないが鬼のような顔をしていたのだ。だが、鬼のようなこわさはなく、どことなく寂しげで、その寂しげなところが、こちらをとてもいやな気もちにさせるのであった。
「なにやってんだ」と、キーがふたたび聞いた。
「なにって、みればわかるでしょう。おなかがすいたから、おコメをつくっているんですよ」
生き物はそういうと、またせっせと、苗を植え始めた。しかし、植えるそばからその苗は枯れていくのだ。生き物はそんなことには気づかずに、水たまりの端までいくと、振り返って、また苗を植え始めるのだ。
三人のみている前で、いつまでも繰り返している。でも、苗は一本も植えられていないのだ。
「おい、あんたがさっきから植えている苗は片っ端から消えていっているぜキー。それに、もし、苗を植えたって、こんな高い山んなかじゃ、寒くて育ちやしないキー」
キーがそう声を掛けても、その生き物は、黙々と水たまりのなかをいったりきたりしている。その姿は、キーケローカーの背骨を凍らせるほど寂しいものだった。
目をそらしたいのにそらせないまま、三人は立ちつくしていた。
気づくと、いつのまにか山の向こうが白くなり始めた。
「朝だケロ」
生まれてはじめて朝焼けみたようにケロがいうと、カーもキーもほっとしたようすだった。明るくなった草原をみると、あちらこちらの水たまりに、その生き物がいて、みなおなじようにイネを植えつづけているのだった。
もう、一瞬でもこんなところにいることはできなかった。三人は、下を向き、変な生き物が目に入れないように、ぎこちなく足を動かすと草原歩いていった。