キーは、あいかわらずのんびりと石と話していた。端からみれば、サルが「キィキキ」と、石に向かって独り言をいっているようにしかみえない。それはそれで、びっくりするようなことだが、話の内容は本当にびっくりするようなことだった。
石に変えられてしまったというその石は、もとはといえば、大坂という大きな街で、風呂屋の釜たきをやっていたという。まいにち朝早くから起きて、斧や鉈をふるって薪を割り、ついで、釜に火を入れて薪をポンポンと投げこんで湯を沸かす。それが一段落とすると、大八車を牽いて街へでていき、建て替えられる家の材木をもらってきたり、建築現場の木っ端を集めて回る。
かえってくると、終い湯まで、湯が冷めないように、熱い釜の前で火の当番。三度の飯も釜の前。寒い冬はまだしも、暑い夏はさながら釜ゆで地獄だそうだ。
あんまり仕事がつらいんで、その風呂屋を逃げだして、ぶらぶらと遊んでいたが、お金がなくなったので、生まれ故郷に帰ってきた。
ふるさとの家では、街の薬屋におろす薬草や石ころを山にはいって探してくる商売をしていた。むかし、爺ちゃんに聞いた話だと、ご先祖さまは、うんと遠くの北の国から山の道をとおってやってきたそうだ。
しばらくはおとなしく家の手伝いをしていたが、あるとき、じいちゃんから聞いた話を思いだした。それは、この山のてっぺんには、不老長寿の薬があるという話だった。男はそれを手に入れて、街へ行けば高い金で売れると思い、山にはいったが、道に迷ってしまい、うろうろしているときに、薬草探しの娘に出会った。その娘に爺ちゃんの薬の話をすると、わたしもいっしょにいくというので、手に手を取ってここまでやってきたら、石に替えられちまったんだそうだ。しかも、それが四〇〇年も前のことだというからびっくりするじゃないか。
話が終わると石は泣いているのかすこし色が替えっていた。
「なんだか、わかったようなわかんないような話だキー。要するに、薬を取りに行こうと山にはいってくるものは、石になっちまうということかいな。でも、それなら、おいらもそろそろ石になってもよさそうなもんキー」と、自分の手や足をみるが、かわりばえのしない手や足があるだけだ。
「ところで、あんたが山んなかであったという娘はどうなったんだい。まさか、おいらが座っているのがその娘ではあるまいキー」
「それがわからないんだよお猿さん。どうなっているんだか。心配なんだけどね」
「おおかた山姥かなんかにだまされたんじゃないのかキー。で、どうやったらあんたを助けられるんだキー」
「じいちゃんから聞いた話だと、この山をずっと登っていくと大きな池があるということです。その水をかけてもらえば元の姿にもどることができるかもしれないんです」
「まさか、そこまでおまえを担いでいけってんじゃないだろうね」
「そんなことはいいません。じいちゃんに教えてもらった秘密の薬をあげるから、もしあんたが、無事に山を登っていけたら、池の水をくんできてくれませんか」
「それならおやすいご用だ」と、キーが請あっと、その石がゴロリと動き、下から黒い球がでてきた。
「薬っていうから柔らかいのかと思ったら、石みたいに硬いキーこれは。つやつやしてきれなもんだ。で、これは、なにに効くんだ」
「じいちゃんがいっていたのは、絶体絶命のときに飲めっていうことです」
「石に替えられて絶体絶命のときにあるおまえがいうんじゃあてにならないけど、ま、いいや。おいらが無事に帰ってくるのを祈っていてくれキー」